※文体がめちゃ軽いです


「なんで!!!??!?」

 叫びそうになった、とかじゃなくて、本気で叫んだ。ついでに言えば、本気で膝から崩れ落ちそうになって、思わず3年6組の教室のドアに手をついた。がたん。ドアがそれなりの音を立てて揺れる。明らかに不審者そのものの行動だったけど、崩れ落ちたおかけで、逆に教室の中からは見えなくなったのが不幸中の幸いかもしれない。
 いや、でも、叫びたくもなると思う。私はただ、今日は先輩の部活が休みの日だったから、一緒に帰ろうと思って3年6組に行っただけで……。帰りのSHRがちょっと早く終わったから、先輩のクラスはあとどれくらいで終わりそうかなって、ドアの窓から様子をチラ見しただけで……。そうなると無意識に先輩の席のあたりを見てしまうのが乙女心というもので……。あの、だから、……なんで私がふざけてやった女児ヘアアクセもりもりの髪の毛のままなんですか、先輩!?
 一気に満身創痍になった私は、現実逃避に昼休みのことを思い返すことにした。



 上級生の教室に入るのはいつになってもちょっとだけ緊張するけど、先輩とご飯を食べるという大義名分があるのと、クラスの性質なのか優しくて明るい人が多くて、最近はそれなりにずかずか上がりこめるようになった。先輩はテニスガチ勢だから、放課後は部活が休みの日(かつ、先輩が自主練しない日)くらいしか一緒にいられない。必然的に、じゃあお昼を一緒に食べましょう!という話になるのだ。

 そんなわけで、ご飯を食べ終わった先輩の机。に、今日はカラフルなヘアアクセサリーが広がっている。それも、ピンク色のくまさんが先っぽに付いたピンとか、チェック柄のリボンの周りにフリルがついたヘアゴムとか、そういう小さな女の子が好きそうなやつだ。私はそれを1個1個つまんでは、先輩の髪の毛につけていっていた。
 先輩の髪の毛は少し長めだから、編み込みとかも結構それっぽくできる。サイドの毛を取って細い三つ編みを作って、スーパーボールみたいなきらきらの玉が2つも付いたゴムで留めると、くすくす笑う先輩の頭の動きに合わせて玉同士ががかちりと鳴った。視線を上げると、「楽しい?」と、笑いを堪えたような声音で聞かれる。
 「めちゃくちゃ楽しいです」好き勝手しすぎて、カラフルを通り越して普通にごちゃごちゃになっている先輩の頭を見つめながら頷いた。「ならよかった」先輩は特に気分を害した様子もなく、「普段前髪あげないから、おでこがスースーする」と、ポンパドールにした前髪の辺りを崩さないように手でほわほわ触ってはにかんだ。もちろんポンパドールの先っぽには、シフォンの生地にパステルカラーのビーズが入ったリボンが付いている。
 ……最高だ。かわいいにかわいいが重なって最高。いや、先輩はもちろんかっこいいんだけど、でもかわいさも持ってるっていうか……。っぱ最強なのかもな……。
 意味のわからないことを考えつつ、私はスマホを取り出して先輩をぱしゃぱしゃと激写する。ぱしゃぱしゃぱしゃ。連写モードと見まごう勢いで鳴り響くシャッター音に耐えきれなくなったらしく、先輩は「ふふふ……!」と笑い声をあげながら体勢を崩して机に手をついた。
「その写真、あとでちょうだい」「え、別に今でもいいのに」「もうチャイムが鳴るから。早めに教室に戻った方がいいよ」「あっやば!ほんとだ!失礼します!!」「うん、またね」
 余裕そうに笑ってひらひらと手を振る先輩……の、ファンシーごちゃごちゃかわいい頭。かわいい!サイコーー!!私は脳裏にその光景を焼き付けた後に、急いで教室を後にした。



 ……うん。いや、まあ、外してくださいねとは言わなかったけど!でもさすがに言わなくても恥ずかしくて外すでしょって思うじゃん!先輩だって中三男子なんだから!
 もう顔が赤くなっているのか青くなっているのか分からなくなりながら、恐る恐る再び3年6組の様子を伺う。やっぱり先輩は私が昼休みにやったごちゃごちゃかわいい髪のままだ。
 こ、この状態で5、6限受けたの?どうなってるの……?先輩の羞恥心……。
 めちゃくちゃ失礼だけど正直そうとしか思えない。これ、私は悪くないと思う。斜め後ろから見る先輩は至って平常運転で、長引いている担任の先生の注意事項もまじめに聞いているようだった。ま、まじめに聞くな!そんなふざけた頭で……!!
 私の信じられないものを見るような目に気づいたのか、最初から気づいていてスルーしてくれていたのか。多分後者だとは思うけど、とにかく先輩はするりと視線をこちらにやった。目がばっちり合う。私が固まっていると、先輩はなにごとかを言うように唇を動かし、髪の毛を指差して笑う。多分だけど、『いいでしょ、これ』とか、そういうことを言ってると思う。
『……いや、良くないですけど!!???』今度は叫ばずに済んだ。理性が働いたというか、普通にもはや声すら出なかったから。その代わりに全力でぱくぱくと口を動かす。
 そんな私を見て、先輩は机に肘をつき、腕で顔を隠すようにしてサイレント爆笑していた。



「先輩!!!!」
「どうしたの?」「どうしたもこうしたもないですけど!!何!!なんで取ってないの!!」「え?キミにかわいくしてもらえて嬉しかったから……」「しれっと言えば許されるとでも思ったんですか!」「先生にも好評だったよ」「ギャーー!!」「今日はこのまま帰ろうかな。あ、それとも寄り道してアイス食べる?この間気になるって言ってたやつ」「バカ!!!!!」「あはははっ!」

 結局先輩は本当にヘアゴムを取ってくれないまま堂々と私とアイスを食べて帰ったので、私はもう絶対に学校でこういうことはしないでおこうと固く誓った。





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