※本につけてたおまけの再録


 朝ご飯を食べる前に何か飲みたいな、という話になって、二人でベッドからもぞもぞと抜け出した。僕は以前とほとんど配置が変わっていなかったキッチンに立ち、コーヒーを淹れている。
 そして晴ちゃんは、僕がコーヒーを淹れているのをじっと見ている。
 キッチンに来るまでも、僕に引っ付いて離れなかった(というのは冗談で、ついて回っていた、くらいが妥当な表現だと思うけど)晴ちゃんはまだ寝ぼけ眼で、どうやら頭もあまり回っていない様子だ。
 そんな彼女の姿を見て、ふと僕の頭にある思いつきがよぎる。……実はずっと言っていいものか迷っていたことだけど、晴ちゃんの反応が気になる気持ちが勝ってしまった。それとなく話を振ってみる。
「晴ちゃんってさ」
「はい?」
 とろんとした声。とどまることを知らない愛らしさに僕はいっそう笑顔を深くして、本題に入った。
「僕のいない間、僕の服、着てた?」
「? ……!? なっ……、あっ……」
 ふふ、分かりやすい。顔がりんごみたいに真っ赤になって、口を開いたまま固まっている。目はしっかり覚めたようだ。やっぱりこういう時の晴ちゃんはいっとうかわいいなと思いながら、上機嫌な声色を隠さずにフォローを入れた。
「いや、いいんだよ。嬉しいなと思って」
「……な、何でわかったんですか?」
 ようやくひねり出したセリフがこれだったらしい。にこにこと微笑む僕に、晴ちゃんはもはや縋るような視線を向けた。「なんとなく、かな」と返してあげると、へにょりと眉を下げる。
 この顔は……(この人、なんでこんなに勘が鋭いんだ……?)って思ってそうだな。怪訝な目で僕を見つめる晴ちゃんに、僕はくすくす笑いを堪えながら「コーヒー入ったよ」と言った。

 晴ちゃん、離れている間、僕たちたくさんビデオ通話をしたよね。その時、晴ちゃんってば何度か僕の服を着たまま映ってたんだよ。だから何でも何も、かなり前からバレバレなんだよね。
 でも、ネタばらしはまた次の機会に取っておいてあげる。
 画面の向こうの晴ちゃんが、カーディガンとか、セーターとか、僕の置いていった服の中でもあったかそうなやつばっかり着てたのは、多分、冬の寒さのせいだけじゃないだろうから。まずは君の言った通り、責任を取るところから始めないとね。

 そんなわけで僕は手始めに、テーブルに向かう晴ちゃんの横顔に、ちゅっと一つキスを落とした。





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