君は自分で思っているよりずっと分かりやすい。そう言ったらきっと君は怒るだろうと、反論する時の頬の赤みまで鮮明に思い描けるほどに。
 君はどうしようもなく素直じゃなくて、でもそれを心の底から反省できてしまういい子だから、いつも僕に望まぬ態度を取って落ち込んでは、この世の終わりみたいな顔をする。そういうときに、僕がわざとからかってやると、ほっとしたようにして憎まれ口をきくのだ。
 ねえ、僕の大切な君。僕は君のことがかわいくてしょうがない。
 だからそろそろ、僕が思っていることを、君にも分かってもらいたくなってきた。

   ◇ ◇ ◇
 
 部活が終わって部室を出ると、君は律儀に待ち合わせの場所で待っていた。
 きゅっと唇を結んで、所在なさげになりそうなのを、自分を律して立っている。
 もう寒いんだから、どこか室内に入っていたってよかったのに。プリーツスカートと靴下の間の膝は、少し赤くなっていた。
「ごめん、おまたせ」
 駆け寄って声をかけると、君の唇がふわりと緩んで、「遅い」とかわいい返事が返ってきた。子犬みたいな瞳が、形だけはむすっとした雰囲気をまとって僕のことを見つめる。僕は微笑みたくなるのを我慢して、反省の意志を分かりやすく示すために、「そうだよね。ちょっと自主練に熱が入っちゃって」と眉を下げた。
「そんなことだろうと思ってましたけど……」
 君の視線が彷徨う。まばたきをひとつ。冷たい風になびいた髪が君の頬に寄り添って、君はそれを指先で引っ掛けるようにして耳のほうにやった。
「君を待たせるつもりじゃなかったんだ。もうしないから」
「別に言い訳が聞きたいわけじゃない……。先輩がテニスバカなのは知ってますから。約束も守れない人なんだって思っただけです」
 そう言った君の指先が、スカートのすそを探すようにぴくりと動いたのを見た。
「寒かったよね。指、冷たくなってる」
「……!」
 かすかに吐息を漏らして、でも君は抵抗しなかった。運動したばかりでまだ温い僕の体温が、細い指先に伝わって消えていく。僕が指を絡め始めたあたりで、ようやく君はまつげを震わせるようにゆっくりまばたきをして、それからやっと口が回り始めたように、「や、やめてください!」と言った。
「ダメだった?」
「あ……、ダメです、学校だし、嫌……」
 浅い呼吸でそう言い切って、君はため息に似た深呼吸をする。
 学校じゃなかったら嫌じゃないのかな。そう思いつつ、君のために何も言わないでおいてあげる。「そっか。ごめんね」と素直に手を離すと、君は視線を手のひらに落としかけて、それに気づいたようにはっと前を向いた。
「帰りましょう」
 うん、と返事をして、ラケットバッグを君のいない方に背負う。手が触れないギリギリの近さで歩き出すと、君は不本意そうな気配を漂わせつつも、黙ってついてきた。
「待っててくれてありがとう」
「……。一緒に帰るって話でしたから」
「それでも、寒い中待たせちゃったのに、ちゃんと居てくれたでしょう」
 まっすぐ前を見つめたままの横顔に、にっこりと微笑みかける。実際、すごく嬉しかったから。君は僕の視線に気づいたのか、目を深く瞑った後に、「私は先輩と違って約束を守れるので、勝手に帰ったりしません。そもそも、そんなに寒くなかったし」と呟いた。
「晴ちゃんがいい子でよかったな。クリスマスプレゼントは手袋にしようか?」
「クリスマスプレゼント……」君は思わずといったふうにこちらを向いた。瞳にきれいに光が入って、まぶたに遮られるたびにぱちぱちと点滅する。「私たち、プレゼントの交換をするんですか? クリスマスに? なんで?」
「君さえよければね。なんなら、もらってくれるだけでもいいんだよ。僕があげたいんだ」
「いや、それは……。じゃあ……。やってあげます」
 眉を寄せながらそう言う君が、少し納得のいっていないような表情なのは、多分、付き合っていないのにそんな大層なプレゼントを送ってくるつもりなの? ってことだろう。でも、君としても本心としては嬉しいし、僕が拒絶するきっかけをあげなかったから、了承してしまったのだ。僕がクスっと笑いをこぼして、「楽しみにしてるね。いい子の晴ちゃんからのプレゼント」と言うと、君は今度こそ本物のため息をついた。
「本当にそうだったら……」
 そうだったら、の続きも気になったけれど、その前に視界の端に見慣れた姿のあることが分かったので、僕は君から少し距離を取った。まだそれに気づいていない君は、無意識に僕のそばに近寄ろうとする。いじらしい姿にまた笑いがこぼれてしまって、それではっとしたように僕のことを悪者を見るような目で見てくるので、ますますかわいい。
「英二」
 英二はまだそれなりに遠くにいたけれど、君のために、わざと遠くを見て手を振った。君の動きがぴくりと止まり、僕の半歩後ろで隠れるようにしたまま固まる。
「おっ、不二じゃん。お疲れ〜」
「うん、英二もお疲れ。ところで、先に帰ったんじゃなかったの?」
「机の中に英語のノート忘れてたの! 俺だって早く帰りたいよ。今日、チョコレーツが歌番に出るのに……」
 他愛もない会話を交わす。さっさと切り上げてあげようかな、と思っていたけれど、その前に英二が「不二の彼女さん?」と、君の方に目を合わせるようにして声をかけた。僕より少し下の方にある丸い頭がぴくりと揺れ、小さな肩がすくむのが分かる。
「ううん、まだ違うよ」
 ちょっといじわるをしたくなってしまった。君は案の定、「そんなつもりは!」と、僕の斜め後ろに立ったまま勢いよく反論してくる。
「そうなの? 傷つくなあ」
 会話の応酬に、英二がただでさえ大きい目をさらに丸くした。君はといえば、「別にこんな人、なんとも思ってないですけど」と反射でいつものようなセリフを吐いてしまって、それが英二の前であるということを今更思い出したらしく、顔を青ざめさせている。
「ふーん、そうなんだ? ごめんね、お似合いだなーって思っちゃったからさ。許して!」
 英二がつとめて明るく、君に気を遣わせないような声のトーンでそう言って、「じゃ、またね、不二!」と手を振って去っていく。僕はそれに頷いて見送って、君の方に向き直った。さっきのからかいがどのくらい効いているか気になったのもあったし、君が英二に怯えているようだったから、早く僕との会話に引き戻してあげたかったのだ。
「先輩って……、私と付き合いたいんですか」
 英二の去って行った方を見送ってから、震える声で、いかにも深刻そうに君がそう言うので、僕は思わず笑ってしまった。笑いの理由を君が勘違いする前に、「そうだよ」と言う。
 そろそろいいだろう、と、思ったから。
 「な」とか、「は」とか、一文字だけの言葉を途切れ途切れに言うだけになってしまった君は、照れや喜びなんかじゃなく、本当に絶望に似た気持ちでここに立っているのだろう。
 だから、とどめを刺してあげる。硬い鎧で守られた君の心の、どうしようもなく柔い本質を、僕に曝け出させてあげる。うわべの君が一番望んでいなかった結末を迎えてなお、僕に怒れなくて、悲しめなくて、もう逃げられないのに、それでも絶望できなくて絶望すればいい。そうなった君は、きっと、すごくかわいいから。
「なんで……」
「君のことが好きだからだよ」
 君の続くセリフを無視した。
「君がかわいくて、いい子で、僕のことが好きだから、僕も君のことが好きだよ。付き合いたいし、クリスマスにプレゼントを贈りたいし、手を繋ぎたいし、キスもしたい」
「あ……頭おかしいんじゃないですか、あなた」
 君が安心なんかできないことを分かっているから、安心させるように柔らかい眼差しで君の瞳を見る。それに耐えかねたように、君は「好きだからってこんなの許せるわけないじゃん……、」と、小さな声で早口に言う。
「なんで……、なんで先輩みたいなきれいな人が、私に構ってるんですか。わ、わたし、……本気にしちゃうから、最悪だから、優しくされるのがいやなんです、ほんとうにやめてほしいです、私がいやなんです、私なんかに優しくする先輩がいや!」
 語気は強いのに、声も瞳も震えている。
「私はどうしたってあなたに対して素直になれないし、素直になれない私のことをあなたが選ぶわけない! 私が一番いやなの、だからやめてください、きらいです、先輩なんか……!」
 素直になれないというだけで、ここまで真剣に苦しむことがあるのか。僕は、君がどうして素直になれないのかは分からないにしても、その怒ったような顔の奥で、僕のことをどう思っているかについては分かっていた。だから、どうしてもこの言動をやめられないのに、僕のことを傷つけてしまうことを何より恐れている君が、かわいくてたまらない。
「でも、君から離れてはくれないんだね」
 晴ちゃんはびくりと肩を揺らした。一番言って欲しくない言葉だって分かって言ったから、僕は平静だった。
「僕が君のことを好きでいるのは耐えられないのに、自分で僕から離れるのはもっと難しかったんだ?」
「あ……、う、ち、ちがいます、別に、じゃあ明日から話しかけない……、」
 言い終わらないうちに、君は目を開けたまま、顔をゆがめて泣いた。だから、その泣き顔に向かって、一番優しい声で「嘘つき」と言ってやる。君は追い詰められて、いつもの虚勢も張れなくて、心の奥のところでしか話せない。心の奥では、僕から離れたくないと思っていることを、僕はとっくに知っている。
「……、そう、です、わたし、嘘つきだから。だから、ダメなんです」
「そうだね。君みたいに嘘ばっかりつく子は初めてだよ。でも、僕は君が嘘つきでも、最悪でも、ダメな子でも大好きだよ。そもそも、君はそうじゃないけどね」
 怪訝な目つきがかわいくて、「君ってすごく分かりやすいから。気づいてた?」と笑う。
「君が、僕から離れていかなくていいようにしたいんだ。君が僕のこと好きになってくれてるのは、結構前から気づいてたけど。僕がそれをつついていじわるしたら、君はそれを言い訳にして逃げちゃうでしょう。だから、今まで待ってた」
「は、しゅ、趣味悪……」
 君はさっきまでの勢いが嘘みたいに、僕の目の前で立ち尽くしていた。涙が赤い頬を伝っているのが、薄闇の中の反射で分かる。僕が微笑んで、指先で君の頬の涙を拭っても、君は新しくぬるい涙を生み出すだけで、目も閉じず、何も言わず、僕のことを呆然と見つめている。
「こんなこと言う彼女なんか、いやでしょ? 先輩も……。なのに……、なのにどうして、そんなふうに笑うんですか」
 そう少し掠れた声で言う君のことが、やっぱり愛おしくてたまらない。君が本当はそうしてほしいことを分かっていたから、震える唇に唇を合わせた。やわらかい唇は冷えていたから、さっき指先でそうしたように、ちょっと長めに温めてあげる。そうして顔を離すと、君は「最低ですよ……」と、下を向いて言った。頬から、また滴が落ちる。
「そうだね。僕のこと、嫌いになった?」
 「……最初から嫌いです」とか、そんなことを言いそうになるのをこらえたのだろう。
 君は肩にぎゅっと力を入れて、ぶんぶんと首を横に振って、それから声を上げて泣いた。





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