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 朝からざあざあと降り続いている雨は、放課後になった今も止む気配を見せなかった。これは屋外で活動する部活は今日は筋トレだろうな……。そう思いながら私は音楽室に続く廊下を歩く。

 晴れの日は心地いい窓からの光も、今日は雲のせいでどんよりとした空気を助長させる要素にしかなっていない。まばらにいる生徒を避けつつ音楽室について、楽器置き場から自分の楽器を持っていく。中学の頃から一緒のトロンボーンは、今日も蛍光灯の光を受けて金色に輝いている。そのことがなんだか嬉しくて、すこし微笑んでしまう。

 壁に貼ってある出席簿にチェックをつけて、さあ今日の予定は何かな、と連絡用のホワイトボードを見ると、今日は各自自主練!という大きな文字が書いてあった。雨のせいかなんとなく気合いが入らないと思っていたから、まあちょうどいいか。その下に書いてある練習に使える教室を確認して、私はいつものように楽器や譜面などを抱えて階段を登った。

 教室にたどり着いて、いつもの窓際の席に荷物を置く。部活が始まるまでまだ間があるせいか、部員の姿はまばらだ。叶うことならせめて部活の始まる時間まではこのままぼーっとしていたいところだけど、そうもいかないか……とチューニングをして、譜面を広げたところでぱたりと手が止まってしまう。

 ……やる気が出ない。どうして梅雨というのはこう気分がめいるのだろうか。

 はぁ、とひとつため息をついた。この間文化祭で演奏する曲の楽譜が配られたばかりだから、しばらく全体での合奏はないだろうが、パートでの練習までにはそこそこ吹けるようにならなくてはいけない。とりあえず通しでやるだけやる、というのを今日の目標にしよう。机に置いたペットボトルの水をごくりと飲んで、私は床に横たえた金色の相棒を手に取った。

 40分くらい……といっても曲を吹き始めるまでの基礎練もあるから曲の練習になったのはそこまで長い時間ではないけれど、とりあえず吹ききった。偉いぞ私、と軽く伸びをして、気分を変えようと窓の外に視線を向ける。
相変わらず外は雨で視界も白く曇っていて、すぐそこにある体育館まで少し霞んで見えた。

 今日は雨だから扉は閉められているが、晴れの日だと開いた扉からバレーボール部が練習するのが見られる。結構息抜きになるので、こういう風にやる気が出なかったり詰まったりした時は窓の外を見るのが習慣になっているのだ。

(……あれ、)

 突然体育館の大きな両開きの扉が片方だけずずっ、と開いて、誰か出てきた。ゼッケンを付けているからバレーボール部の部員だろう。雨粒が吹き込まないようにすぐ扉を閉めて、体育館の軒下で少し伸びをして……こちらを見た。

「あっ」

 思わず声が出てしまった。楽器の音でおそらく誰にも聞こえてはいないだろうが、あわてて口をふさぐ。

 それにしてもここまでばっちり目があってしまうと下手に逸らすのも変な気がする。どうしようかと私がおろおろしていると、窓の向こう側の彼はにっこり笑ってこちらにひらひらと手を振った。それに私がぽかんとしていると、彼は今度はおかしそうに笑ってじゃあね、というように手を振って、軒下を通って何処かへ行ってしまった。

(び、びっくりした……)

 本当に驚いた。この習慣がついてから一度もこんなことなかったのに。相手が私のように戸惑わなかったのが唯一の救いだろうか。

 動揺を隠すようにまた水を一口飲んで、口を拭う。

 どうかあの先輩がさっきのことをすぐ忘れてくれますように、とばかなことを祈りながらトロンボーンを構えて、くちびるを冷たいマウスピースにつけた。