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ホームルームが少し早く終わったある日。
私がいつものように部室のホワイトボードを確認すると、普段とは違う教室を使うように指示されていた。珍しいな、と思いながら楽器を持って移動する。
両手が塞がっているので行儀は悪いが足でがらりと扉を開くと、中には最近見知ったばかりの顔があった。
「あれ、満谷ちゃん」
「及川先輩……」
及川先輩は1人で教室の後ろの方の席に座っている。そういえばここは3年生の教室だった。ということはあそこが及川先輩の席なのだろうか。
「あの、私部活でここ使うんですが……大丈夫ですか?」
「あ〜大丈夫、俺友達戻ってくるの待ってただけだから!」
及川先輩は慌ててがたがたと立ち上がろうとする。
「あ、でもしばらくは多分誰も来ないので!お友達がすぐ戻ってこられるようでしたら、ここで待ってても大丈夫だと思います」
私はちらりと時計を見やる。いつもより早く来ているし、あと15分くらいは部員が集まり始めるまでに余裕があるだろう。私がそう伝えると、及川先輩は少しほっとしたような顔をして、「ほんと?助かる〜」と椅子に座り直す。
「満谷ちゃん、いつもこんな早く来てるの?」
「いえ、今日はホームルームが早く終わったので……いつもはこれより10分くらいは遅いです」
「それでも結構早いよ!?いや〜偉いなあ満谷ちゃんは……」
この間も1人なのにちゃんと真面目に練習してたもんね……と及川先輩は腕を組んでしみじみと頷く。
そういえばこの前聞いた話によるとこの先輩、どうやらバレー部の主将らしい。苦労してるんだな……。
私は若干の同情を覚えながら、性懲りもなく窓際の席に陣取った。ペットボトルと楽譜やらが入ったバッグを机の上に、楽器は丁寧に床に。荷物を置き終えて及川先輩の方を見ると、どうやらあちらも私の方を見ていたらしく、ばっちりと目が合ってしまう。
「な……なんで見てたんですか?」
「え?いや、ヒマだったから……?」
及川先輩は……私の勘違いでなければ、少し焦ったように見えた。それを隠すように「なんかよく目が合うね」と笑う。
「……いや、今のは違くないですか、前のとは……」
「まあ、そんなことある!?度は段違いだよね」
「ウッ……あの、やっぱり気にされているのでは……?」
思わず聞くと「気にしてはないよ。面白かったな〜とは思ってるけど」とわりと意地悪な返事が返ってきた。初めて合った時は窓越しだったから分からなかったが、この先輩は中々に良い性格をしている……。
黙ってしまった私に先輩は「ごめんごめん」と謝ってくるが、表情でまだ面白がっているのが丸わかりだ。
「あ、そうだ、これあげる。からかったお詫び兼、頑張りやの満谷ちゃんへの差し入れ!ということで」
ふてくされた私を見て何か思いついたらしい及川先輩が唐突にこちらに向かって紙パックを差し出してきた。
「え?あ、ありがとうございます……?」
「飲むかな〜と思って買ったけど飲まなかったんだよね。ちょうどいいからあげる」
「はあ……」
受け取ってパッケージを見るにどうやらレモン系のジュースらしい。まだ未開封だから、家に持って帰って冷やして飲もう。
「まあ、せっかくですから頂きます」
「ほんと?自分で渡しといてなんだけど、嫌だったらいいんだよ?」
「まあ……未開封ですし、別に気にしないですよ」
先輩はいまいち納得できないといった表情で「それはなんか……どうなの?」と首をひねっている。
それをスルーして荷物を置いた机に紙パックを置いたところで、がらりと教室のドアが勢いよく開かれた。
「悪い、待たせた及川!」
「あっ、岩ちゃん!」
及川先輩の反応からして待っていた人が戻ってきたのだろう。「じゃ、満谷ちゃん、練習頑張ってね!」と言い残して先輩はさっさと教室を出ていってしまった。
相変わらずというか、台風のような人だ……。
1人取り残された私はカバンにもらった紙パックのジュースをそっと入れて、時計を見る。さっき時計を見た時からまだ5分しか経っていなかった。