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 授業の終わりを知らせる鐘が鳴り、いつものように練習に励もうとした私だが、練習場所の教室の机に荷物を置いたところであることに気がついた。

(そうだ、お茶飲みきっちゃってたんだった……)

 かばんに入れていた水筒の中身は空っぽだ。そういえば、と思い返すと、今日の5限は体育だったからそこで飲み切ってしまっていたのだった。

 気は重いが、まさか部活中何も飲まずに過ごすわけにもいかないだろう。仕方が無いのでペットボトルを買いに行くことにする。

 最近は梅雨が明けて晴れの日が多いせいか、水分の摂取量が増えている気がする。これからはもう少し大きい水筒にするべきだろうか……。結局こうやって水を買う羽目になるくらいなら、好きな味のお茶がたくさん飲めた方が良いし。などと考えながら先生に怒られない程度に早歩きして、練習場所から一番近い、体育館脇にある自動販売機にたどり着く。

 財布から100円玉を取り出そうとして、もはや見慣れてきた顔がこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。
バレーボール部のジャージ姿の及川先輩だ。目があったので軽く会釈をすると向こうも私だと気がついたようだ。小走りでこちらに向かってくる。

「やっほー満谷ちゃん。飲み物買いに来たの?」
「はい。持ってきた水筒の中身を飲みきってしまったので……」
「あ〜、最近あっついもんね〜」

 そうなんですよ……と頷きながら取り出した100円玉を自動販売機に入れて、水のボタンを押す。一連の流れを及川先輩はぼーっとした様子で見ていたが、私が下の取り出し口からペットボトルを取って脇に抱えたあたりで、やがて素朴な疑問なんだけどさ、と口を開いた。

「満谷ちゃんっていっつも水飲んでない?ジュースとか買わないの?」
「え……?まあ、そうですね」

 予想外の質問で少し戸惑ったが、少し考えて、そういえば及川先輩は知らないよな、と説明をする。

「まあ私、吹奏楽部ですからね。楽器が汚れないように、甘いもの飲まないっていう部員は多いですよ」

 そうなのだ。甘いものを飲んだ口で管楽器を吹くと、中の管にべたべたした汚れが残ってしまう……らしい。だから楽器を吹くときは水、そうでなくても甘くないお茶。中学生の頃に当時の先輩から聞いてから、一応心がけていることだ。
吹奏楽部の部員は大半が管楽器担当なので、私のように誰かから教えてもらったりして、実践している者が多い。

「えっそうなの!?俺この間普通に甘いもの押し付けちゃったけど大丈夫だった?」
「別に普段から飲んでないってわけじゃないですよ。この間及川先輩から頂いたレモネードもちゃんと家に帰って飲みました」

 そういうと及川先輩はよかった、と息をついたが、「いや、それはいいんだけどなんかさ……やっぱり満谷ちゃんってちょくちょく無防備だよね………?」と訝しげな表情だ。もしかして私がホイホイ人からもらったものを飲む人間だと思っているのだろうか。だとしたら心外である。

「な……いや、私だってそんな……知らない人からとか、開封済みとかだったら飲みませんよ」
「いやそれはそうでしょ。逆にそうじゃなかったらヤバいって。そうじゃなくて……」

 先輩は髪の毛をくしゃっとかき回してうーんとうなる。

「ああ〜ダメだうまく言えない!とにかく俺以外の野郎からもらった飲み物は飲まないこと!」
「!?」

 先輩は私の何なんだ!?父親か何かか!?と叫びかけて流石にやめた。しかし完全に顔に出ていたらしく、「今何か失礼なこと考えたでしょ!」と詰め寄られる。

「す、すみません。今度から飲みません!」
「分かればいいんだよ分かれば!」

 まったくもう……と首を振る先輩。心なしか耳が赤い……?ような気がする。それを私がじっと見ているのに気が付いたのか、ぱっといつもの顔に戻って、「ともかく、今度満谷ちゃんに飲み物あげる時は、部活終わった後にするね」と笑う。

「えっ」
「いいじゃん。リベンジさせてよ」

 及川先輩は約束だからね、と微笑んだ。そのまま部活に向かう先輩を見送って、水滴がたくさんついてしまったペットボトルを握りながら教室に戻る。
 その途中ぼんやりと廊下から外を見ていて、ふとそういえば私がこの先輩と会うのはいつも部活中だな、と気がついた。