「…あ」
「『あ』?」

「いや、なんでもねぇ」

「あ」
「あ?」

目の前に移動してきた女子がこちらを見下ろしながら

「岩泉だ」
「あー…なんとなく。同じクラスだった」
「そうそう」

自分の名前の由来について親に聞いてくるという宿題が出た。

「『はじめ』って名前、良いよね」





縦も横も男女交互に座る。


茹だるように暑い夏。
この時期はみんな薄着になって、女子がワイシャツ一枚になれば男子は密やかに浮き足立つ。
盛り上がる男子たちを馬鹿だなと眺めつつも、まぁ分からなくもないと思う俺も大概馬鹿で健全な男子高校生の一人だ。
朝練を終えて席に着き、朝礼を行う。
そしてすぐに一限目が始まるのだが、いつもとどこか違う光景に首を傾げた。この違和感はなんだろう。
そう不思議に思っていれば、目の前に座る女子が前からプリント後ろに回してきた。
「…あ」
「え?」
「いや、なんでもない」
思わず漏れた声に彼女が反応する。なんでもないと言えば、不思議そうな顔をしながら前に向き直した。
回ってきたプリントを後ろに渡し、再び前を見て、先ほどの違和感はこれだったのかと合点する。
髪を結んでいるんだ。
いつもは隠されていた白い首筋が露わになっていて、思わずごくりと喉を鳴らした。なんだ、俺は変態か。
前の女子とは、そんなに話さない。
世間話をするほど口数は多くない方だし、俺は隣の女子と話すことが多かった。
だから彼女のことなんてほとんど知らないけど、後ろにいて気付いたことは二つ。
一つは、うなじに二つ連なったホクロがあるということ。
そしてもう一つは、ワイシャツから見えるか見えないかの位置に、たまに赤い痕がつけられていたということ。それに気付いたとき俺は、目の前に座る同学年の女子が、途端に大人で、遠い存在のように思えた。

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