幸せの温度
幸せの温度

 理由なんて必要ない。
 ただ、理由がないのが理由だった。

 白立つ波が一定間隔で素足に襲いかかる。貝殻の破片の詰め込まれた砂のチクチクとむず痒いのが足裏から伝わる。
「手は繋いだままでいいかな」
 普段は少し手先が触れただけで顔を真っ赤にするなまえの、こんな時ばかりずるい言葉にドミナは頷くだけで答えた。
全く違う歩幅でゆっくりと沖へと歩を進める。
ドミナより頭一つ小さななまえの身体が先に沈む。少しだけ、少年に助けを求めるような視線が向けられた気がしたが、全て波間に消えていった。
その先には、今まで歩いてきた地面らしいものはなかった。
急激に水中に身体が落ちる。
空気の代わりに体を満たす液体に思わず、生命体のような動きをする水面越しの太陽に手を伸ばす。
そんなドミナを諌めるように、なまえがその体を抱きしめたなまえはもがき苦しむこともなく、肺に入り込む青をゆるりと受け入れていた。赤子をあやす手つきにドミナの苦しみも、じんわりと緩和していった。
ぬるかった体温がゆっくりと冷たくなっていく。
ふわふわと柔らかかった他人の感触が水に馴染んでいくとともに肉塊に成り果てる。
やっと同じになれるんだ。
幸せの温度は、36.5度じゃない。
きっと二人を包むこの水と同じ、突き放すような冷たさだ。
そんな安堵に包まれながら少年も意識を手放した。



ざあざあと、雨とは違う水が脈動する音に瞼が開いた。
肺に溜まった苦しさを吐き出す。透明の水が砂の上に広がり色を変える。
嗚咽は波間にかき消される。それ以外は、空気を読まない鳥の鳴き声が虚しく響くだけだった。
「ダメだったのか」
事実だけが体に染み込んでいく。失敗した。なまえと同じにはなれなかったのだ。
まぁ、もう一度同じことをすればいい。起きあがろうとしたドミナは違和感に気づく。右腕が重たい。なまえだ。硬く繋がれた手は、振り解こうとしても全く動かない。
まるで人ではない、無機物がまとわりついているようだ。
「おい、起きなよ…」
濡れた肩を揺さぶる。ごろんと放り投げられた四肢が緩く左右に動くだけだ。反応はない。
寝ているのか、と一瞬頭によぎったが、そうではない。
繋がれたままの、砂に塗れた手の温度から理解はしていた。
人としての反応が全て停止していた。呼吸。心音。生理的な反応。その全てが過去のものとなり、それこそなまえは、なまえだったものに成り果てていた。
一人だけ。ドミナを置いて。一人っきりで。
「なんだよ、なんで、お前まで僕を置いて行くのか……!」
体に染み込んだ海水を排出するかのように、ボロボロと大粒の涙が溢れ出てくる。
「   」
誰かに名前を呼ばれた気がした。振り返れば、砂浜に濃い影を落としていた太陽がまばゆく襲いかかる。チカチカと光る海面に蜃気楼。
けれど、それもやはり、波間に消えていった。

ドミナの濡れた体を労るように、父なる太陽は温めた。