この春から社会人になって毎日忙しい日々を送っていた。景気も中々上がらなくて就職難と言われているご時世。厳しい就職活動を経てなんとか希望の商社に受かることができたのは本当に嬉しかった。受かったからには全力で仕事に取り組みたかったし、今まで学習してきたことをどれだけ実践に生かせるのかも楽しみで仕方なかった。

しかし、社会に出たてである私には、それはもう中学の部活に入ったばかりや高校に進学した初めの一ヶ月と似て非なるようなせわしさと焦燥感と倦怠感に襲われて、かなり体力的にも精神的にも参ってきている。

そんな私を癒してくれるのは、私が社会人になる前から飼っている黒猫。この子が家に来たのは2、3年くらい前になると思う。友達が猫を飼っていたのだけどその猫が子供を産んで友達の家は子猫だらけになってしまったらしい。元々動物好きの友人宅では犬もいれば金魚もいてウサギもいた。それでいて子猫がたくさん産まれたものだから手一杯になってしまったらしくて私が引き取った。

子猫といっても一つの命をもった生き物だから生半可な気持ちで引き取れない。でもペットOKのこのマンションに一人暮らしを始めたのも元々は一人暮らしをする上でなにかと寂しいかなと思ってペットを飼う予定ではいた。それについての覚悟はあったし責任も持つつもりでいた。

そんな時に友達からの子猫を譲りうけて欲しいとの話があった。マンションに住んでからはまだ何を飼おうかとかは特に決めてなかったので一年くらいは何も飼っていなかった。友達が引き取って欲しいと言ったのは真っ黒な子猫だった。物凄く毛並みがツヤツヤでスッとした目をしていて一目惚れしてしまった。この子猫をすぐさま気に入った私は友達のお願いにすぐにイエスと返事をした。

この子と出会ってから気付けば数年経っていて、子猫だった体は普通の猫くらいに成長していた。すぐになついてくれたので本当に仲が良くて毎日一人でも全然寂しくなかった。私が就活している時にはなかなか構ってあげられなくて、社会人になった今でも昔ほど遊んでやれてはないけど、それでも休みの日には一緒に遊んであげてる。仕事から帰って疲れた私を癒してくれる本当に可愛い存在だ。










今日の朝までは。











意味が分からないと言うか、何が起きているか分からない、っと言った方が正しいのだろうか。目の前の現状を受け入れられないでいる。




「え…っ」
「おかえり、名前さん」






びっくりしすぎて叫ぶ声すら出ない。いつも通り仕事から帰ってきてマンションのエレベーターを使い自分の部屋がある階まで来た。そして自分の部屋の前まで行き、鍵を開けドアを開いた。そうしたらこれだ。目の前に知らない男が立っているではないか。一瞬部屋を間違えたのかとも思ったが、他人の部屋がこの鍵で開くわけがない。

とりあえず警察呼ぶ?お隣さんに助けを求める?頭の中にいくつかの選択肢が浮かぶがなかなか実行できないでいる。




「だ…れ…?」




やっと口から発した言葉も掠れて聞こえないに等しい。そんな小さな音でも目の前の彼の耳には拾えたようで。





「俺のことほんまに分からないんですか?」
「……」
「…光なんやけど」





何言ってるんだろう、この人は。光?光と言えば私の飼ってる黒猫の名前だ。




「まだ理解できへんの?」
「うわっ…」




目の前の男が急に近づいてきたかと思えばとんでもない事を口にしたのだ。




「光って言うてるやん。あんたの飼ってるねーこ、黒猫や」
「………は?」




目が点になった。猫?光?待って。ウソでしょ。ひ、光…なんで人間?なんかのドッキリでしょ?

そう思わざるを得なかった。




「信じてへんちゅー顔してますね」
「信じれるわけない」




信じられる訳ないじゃないか。でも彼をよく見てみると猫の光の毛並みとそっくりな漆黒の髪の毛に涼しげな目元…。似てなくもないと思えてきてしまった。それに何故か関西弁。ここに疑問をもったが光を譲ってくれた友人は大阪から引っ越してきていたのだ。




「ほ、本当に光…なの?」
「だからさっきから言うてますやん」
「証拠は…」
「あんたしか知らん事とか言ったらええの?」
「………」
「俺の母親、あんたのスズカさんちんとこの猫や」
「え…」




スズカとは光を譲ってくれた友達の名前である。この事は私とスズカしか知らない。別に隠してるわけではないが別に公にして言う事でもないしスズカもいちいちそんな事を誰かに言う事とかないと思う。

ここまで来たら信じるしかないと思った。





130611
勝ち気なエリオット