
呆然と立つ私の目の前には大きな家が一軒。本当に此処で良いのかと疑問を持ちつつもスマホのメモ機能に記された住所とマップアプリのピンの位置は一致してる。
右手にはスマホ左手にはスーツケース。何度もインターホンも門の奥の家を見てはため息しか出ない。
「押した方がいいよね」
勿論インターホンの事だ。かれこれ迷いながら10分くらいは経過しているが、約束の時間にはまだ十分なのでさっきから門の前でうーんと唸っている。そう、人様の門の前で。
私の仕事は所謂家事手伝い。叔母が雇い主である会社に短大卒業後そのまま雇ってもらった。元々は事務として数年働いていたが寿退社やら育児休暇やらで同じ時期に急に人がいなくなるもんだから、叔母が「花嫁修行も兼ねて、ね?」って。いつの時代だ、と思いつつも給料も少し優遇すると言われ半分は流されるまま。
初めの頃の派遣先は殆ど短期で、それも叔母が仕事の要領と練習がてらと言う事で決めてくれていたようだったが。
つい先日急に言い渡されたのが私が今目の前にしている家の手伝いらしいのだけれど。
こんな見るからに良いところのお家に私のようなハタチそこそこの小娘がお手伝いさんとして来るのは如何なものか。
そろそろ大きな門の前で右往左往してるのも通行人に怪しい目で見られかねない、仕方なしにインターホンのボタンを押した。
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インターホンを押したそれからはあっという間、あれよあれよと客間?まで通されてソファに座りお茶まで出されている。
此処まで案内してくれたのが既にこの家に勤めているお手伝いさんなんだろうけど……。
なら何故私が派遣されたのか。そこが更に疑問である。2人もお手伝いさんているの?…お金持ちの考える事は到底理解できないな、そんな風に頭を傾げている時だ。
「あら、景吾さん。今起きられたのですか?…もう正午を回ってますよ」
「…今日は講義がない」
客間の扉が開いておりそこを横切った影にお手伝いさんが声をかける。えらく見目が整った男の人がいた。気だるそうに抑揚がない声は寝起きそのもので。
「荷造りは終わりました?」
「あぁ、昨日のうちにな」
欠伸を噛み締めながらそのまま何処かへ消えてしまったが…荷造り…何処かへ出掛けるのだろうか。
彼はこの家の住人であるだろうからこれから私が仕える1人でもあるのだろう。
「ごめんなさいね、彼はこの家跡部家の息子さんで景吾さん。20歳の大学生よ」
「だ、いがくせい…」
思わず年下かよ、っと言いたくなるのを抑えて口を噤んだ。確かに講義がなんたら…って。明らかに大人びているその風貌に、態度も達観してるなぁ、と思いつつお茶をすすった。
「私の自己紹介まだでしたね…ここで働いてます田中です」
「あ、よろしくお願いします。私は苗字名前です…」
「よろしくお願いしますね。…それでね、早速本題なんだけど…」
心なしか申し訳なさそうな表情をした田中さん。
「苗字さんが働くのはこの家じゃないの」
「……?」
「単刀直入に言うとね、景吾さんの一人暮らし先なんです」
ああ、…なるほど。
「常々景吾さんが一人暮らしをしたいと言っていたのを旦那様がつい最近承諾してね。それでも心配だから、ってお手伝いさんを雇うって話になって」
「それで…私が、ですか」
「そうなの…この家は私がいるから。あ、勿論泊まり込みとかじゃないわよ、あなたの家から通ってもらって構わないから。景吾さんが大学に行ってる間に家の事やってもらうだけ」
とんでもない親バカだな、なんて口が裂けても言えず…。一応働かせてもらってる身だし。大学生の男の子の家に世話係1人付けるってこと?やっぱりお金持ちの考えてる事は到底理解できない。「年が近い方が何かと便利じゃない?」なんて気遣うように言った田中さんに、いやむしろやりづらさしかないですよ、と思わず心の声が漏れそうになったけどなんとか堪えた。
「早速だけど、これ。景吾さんが一人暮らしするマンションの住所だから…ある程度の部屋の準備は整ってるみたい。景吾さん本人は明日から部屋に住むみたいだから今日はあなたが先に色々用意してあげて?」
「…わかりました」
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困ったら連絡してね、と跡部家、田中さん諸々の連絡先をもらい教えてもらったマンションに向かっている。
こうなる事を事前に教えてくれなかった叔母を恨む。あの後すぐに叔母に連絡したら「あんた断りそうだから」と一蹴。仕事な以上断れないことも絶対わかってたはずなのに。だったら最初から教えてほしい。
マンションまではタクシーを手配してもらった。降り立つと割と街中で若者も多かった。近くにある大学の学生達なんだろう。きっと景吾さん?もそこの大学に通っていそうだ。
「ありがとうございましたー」
タクシーをマンションの目の前まで着けてもらった。降りてから改めた見るけど高層マンションて言うやつで、普通の学生が1人で住むような場所ではない。予め預かったカードキーを手にしエントランスに向かう。
「これ持ってていいもん?」
予備キーを他人の私が持つなんていくら仕事とは言え気が引けるし、相手もプライバシーのへったくれもないでしょ。
いろんな事に気乗りがしないまま目的の部屋の前まで着いてしまい、結局そのカードキーで扉を開ける事になった。
「お邪魔します…」
一応人の家だ。
入れば物は殆ど無いがある程度の家具は整備され電気も水も通っていた。キッチンは最新のIHだし勿論トイレ風呂別の3LDKで家賃30万は余裕でしそう。当たり前だけど住む世界が違いすぎて苦笑いしかでない。
「で、何したらいいの」
準備も何も必要最低限しか物が置かれてない状況では何もする事がない。と、思っていたら田中さんから連絡が来ていて、
「食材の買い出し…」
私の仕事は朝晩の食事の準備と洗濯掃除。まあ、普通の家事だね。言っても部屋は広いからそれなりの労働になるわけだけど。
大学生の男の子って何食べるの?いまいちピンと来ないまま買い物に出かけようとした時だった。
ドアの開く音がして、
「……え、あ」
「誰だあんた」
「あの、…今日から働かせていただきます、苗字名前です…」
誰ってさっき家で私の事気付かなかったの?そんな事を思ってる頭に反して口から出た声は酷く小さかった。
「あー、親父が言ってた奴か」
「明日からじゃ…」
「別にいつ来たっていいだろ、俺の家なんだから」
あーはいそうですね。話して数秒で理解した性格の悪さ。しかし仮にも私は使用人でこの人は主人なわけだから嫌でも笑顔を取り繕った。
「失礼しました…えっと、田中さんから食事の準備を仰せつかってるので、買い物に行ってよろしいでしょうか?」
貼り付けた笑顔でそう言えば、
「あ?勝手にしろ」
興味なさげに、私の方を見向きもせずに言い放って颯爽とリビングから消えてった。
「では、行って来ますね」
持っていたカードキーを折りそうになりながらとびっきりの笑顔を作って家を出た。
「くっっっっそ腹立つ!!!」
外を歩く通行人に振り向かれたけど全く気にしなかった。
170608 (title:さよならの惑星)
勝ち気なエリオット