「田中さん、本当にすみません。働かせて頂いてる身でこんなこと言うのは本当申し訳ないんですが、数日…彼の家で働きましたが…なんかもう限界です」

最近の若者は堪え性がないなんて言われるかもしれないけど…その人にはその人のキャパってもんがある。と言うかそもそも今が限界と言うかこれからこの先もアイツの元でやって行ける気がしないのが本当のところ。

「えっと…何かあったの?」

聞きにくそうに問いかけてくる田中さんにこちらも罪悪感満載になりながらもここ何日かであったことを話した。

「私だっていい大人です…我儘言うつもりはありませんが、正直今のままこの先もやっていける気がしなくて…というか正直な話やっていきたくないです」

まあ、こういう事を我儘と言うんだろうけど。失礼を承知してずばり言わせてもらった。

「そうね…景吾さんももう子供じゃないんだから、と私も思ってしまう時もあるのよ。でもね、どこか放って置けないのも確かなの…あ、擁護するつもりは全くないんだけど…小学生の頃から彼を見てるから…少し心配してしまうのよ」
「……でも、私は知りません。昔の彼を」
「それは御尤もね…」

跡部の事を何も知らないのは事実だった。だからと言って今自分が感じてる感情をどうこうできる訳でもないし。依然申し訳なさそうにする田中さんにそれ以上は言えなかった。

「少し…少しだけ時間を貰えないかしら?私から叔母様の方にはお願いしておくから…しばらくの間は別の所で働いてみて?それでまた此処に戻って来てもらえる?」
「えっ、と…」

これはどう言う事なんだろうか。結局跡部の元では働きたくない、って言うのが現状なんだけど。逆に田中さんの方から色々お願いをされてしまった。

「景吾さんには私から伝えておくから…彼にも考える事が必要なのよ。ごめんなさいね、苗字さん…」



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結局、跡部家の派遣は一時保留になりしばらくは別の派遣先を充てがわれることとなった。最後に言っていた田中さんの言葉が妙に意味深で。それ以上はあえて触れずに流されるまま承諾した。とりあえず今は跡部と距離を置けと言う事だろう。当分会いたくないんだけどね、私としては。

翌日から任された派遣先は上品な老夫婦のお宅で日中の殆どをご夫婦の家で過ごす事になった。家事が全く出来ない訳ではないけど、広い家に2人で居るのが時折寂しいのだ、と可愛い奥様が笑う姿に心を癒される。
朝から家に伺って、夕飯支度までしてから帰る。土日以外はそんな毎日が続いた。
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跡部の家に行くのをやめてから2週間くらい経ったある日の夕暮れ。久しぶりにあのマンション近くを通る事があった。奥様の編み物材料の買い出しに足を運んだ為だった。

「相変わらず此処に住んでるのかな?」

ずっと見上げていれば首が痛くなりそうな高層マンション。改めて普通の家庭の子ではないなと実感をする。苦笑いしつつ立ち止まった足を動かそうとした時に軽快なメロディーがなり慌てて電話に出る。

「もしもし、苗字です」
《名前ちゃん?ごめんなさいね、お買い物頼んじゃって》
「大丈夫ですよ、どうかされました?」
《あのねぇ、主人のお友達にご飯お呼ばれしちゃって…今から出ないといけないのよ…名前ちゃん手荷物持って行ったみたいだから…もしあれなら今日はそのままお家に帰れる?》
「あ、そうなんですね!私は大丈夫ですよ、気を付けて行ってらっしゃいませ。買ったものは明日持って行きますね」
《もう、本当ごめんなさいねぇ…ありがとう…では、失礼するわねぇ》
「はーい、失礼します」

幸い貴重品諸々は持ち出して買い物に来ていたのでそのまま自分の家に帰る事となった。食事会とか楽しそうでいいなぁ、なんてニコニコ笑っているであろう奥様を想像して自分も少し笑顔になってしまった。そんな時、

「おい…何してんだ」
「っ…!」

いきなりかけられた声に思わずびくりと肩が震えてしまい、そしてその声にもちゃんと聞き覚えがあってギギギと音がなりそうなテンポで首を動かした。

「………」
「……こんにちは」

振り向けば相変わらずの不機嫌そうな顔をした跡部がそこに立っていた。黙ったまま見つめられ何も言わずにはいられず吐いて出たのはありきたりな挨拶だった。

「お前、なんで此処にいる」
「…たまたま通りかかっただけです」

嘘は言ってない。その答えに訝しげに眉をひそめ何か探るような目線を私に寄越した。それでいて全く動かない跡部に妙に怖さを感じてじゃあ、と足を出そうとした時だった。

「こっちこい」
「は?…って、ちょっと!」

スマホを握りしめたままの腕を無理矢理掴まれ有無を言わせない力で強引にマンションのエントランスまで引っ張られた。突然のことに抵抗する間も無くされるがままだった。

「っ…なんですか?」
「………」

引っ張られた腕はそのまま握られエントランスに入るなり突然立ち止まった跡部に声をかけるも無言。すると、

「おい」
「な、なに…」

思いっきり腕を引っ張られた壁際に追いやれる。


初めての距離に心臓が止まった。



181116

勝ち気なエリオット