腕を掴まれ無言で壁際まで追いやられて今まで然程目も合わせず会話していた相手にこんな距離で迫られたら言葉も出なくなる。

「な、に…?」

一向に喋り出す気配のない跡部に自分から話しかけるしかなかった。ただ、明らかな距離の近さに今まで感じたことがないドキドキ感があるのは確かだった。私より睫毛長いんじゃないのこいつ。

「お前…辞めたのか?」
「はい?…何をですか」
「何を、じゃねぇよ分かんだろ」
「…あー、はい、分かりました」
「何でだよ」

何で?いやいや、それこそあんたが一番分かってるだろうよ、それとも何?まさかそんな事も分からないような自己中坊ちゃんなのかコイツは。

「何でも何も…嫌だから」
「…は?」
「あんたの元で働くのが嫌になった、それだけ」

曖昧にはぐらかすよりかはもう包み隠さず正直に言った方が伝わるだろうし、なんか嘘を言っても逆に面倒なことになりそうなのでありのままの正直な理由を言ってやった。
壁に抑えられていた腕は知らないうちに解放されていて、跡部はなんとも言えない表情で私を見ていた。

「どういう事だ」
「まだ分かんないんですか…あのさぁ、私結構貴方に酷いことされてると思うんだよね。大袈裟とか被害妄想とか言われたらそれまでだけど…」
「………」

え、待って。なんでそんなよく分からないみたいな顔出来るの?ねぇ、この人本当に意味わかってないの?嘘でしょ。

「…もういいですよ、多分貴方と分かり合えないんだと思います。誰にでも絶対合わない人間はいますから。そうだったんだと思いますよ私達。だから貴方の元で働きたくないと思ったから辞めた、そういう事です。あの、そろそろ帰っていいですか?」

これ以上話しても無駄だと悟った私は半ば開き直りと嫌味も含めながら未だ理解できてない跡部に説明を呈した。

「まだ話は終わってねぇ」
「これ以上何を話すんですか!そもそも、別に辞めても良くないですか?貴方にしてみれば気に入らない奴がいなくなっただけなんだから」
「気に入らないって…、」

いい加減に解放してもらいたくて跡部の肩を押し退ける。何かを言いかける跡部に僅かながら耳を傾けてしまいそうだった時だ。

「何してるん、お二人さん」

跡部と2人して顔を横に向ける。この軽快な喋り方と声は、

「忍足、さん」
「お姉さん、久しぶりやなぁ」

にこにこ話しかけてくる忍足さんとは対照に表情が変わらないままの跡部。

「何や言い合いしとる思って、声聞こえた方覗いたら…まあ見覚えあるお二人さん」
「言い合いというか…」

苦笑いで忍足さんに反応する私とジッと忍足さんのことを見つめたままの跡部。

「あの、帰ります」
「……」

先程までは何かと引き止めてきた跡部だったが忍足さんが来たからかすんなりと解放してくれた。

「あれ、お姉さん行っちゃうん?」
「私、立ち寄っただけなんで」
「なんや跡部の夕飯作りに来たんとちゃうんやな」
「あー…その辺諸々は跡部さんに聞いてください、じゃあ」

スルリと跡部の横を抜けて忍足さんにも軽く会釈をして帰ろうとしたら、

「あ、お姉さん待って。なぁ、連絡先教えて」
「…へ?」
「ええから、ほら丁度スマホ持っとるしパパッと、な?」

アホみたいな声出してる私の手にしているスマホをさっさと操作して番号入れといたで、勝手に友達追加されるやろ?とかにっこり言うもんだから。断る時間もなく。その間も跡部は私と忍足さんをずっと見つめていた。

「すまんなぁ、引き止めて」
「いえ…」

忍足さんはそのまま跡部さんに、面白いDVD借りて来たから一緒に見よう、なんて言いながらマンションに跡部さんを引き連れて行った。それを呆然と見つめながらしばらくその場に立っていた。



_______



それからまた何日か経ったある日。知らない間に友達追加されていたようで忍足さんからトークが届いていた。下の名前侑士って言うんだ。

「え…まじか」

思わず口から声が漏れてしまい、編み物をしていた奥様からどうしたの?と心配されてしまった。

トークには忍足さんから今度ご飯行かへん?とメッセージが可愛いスタンプと共に。
別に忍足さんが嫌いという訳ではないが、どこか裏がありそうなあの飄々とした雰囲気が苦手な所は少しある。あと単純に男性と2人でご飯とか久しく行ってないから普通に困る。
待てよ、2人と決まったわけでは。「跡部さんも一緒ですか?」と返事をすればすぐに既読が付き、「そんなわけないやん(笑)」と。

確かに跡部よりも忍足さんの方が話していた記憶はある。雇い主よりも、雇い主の友達と親しくなるってどういう事だ、とも思いつつ断る理由もそこまでないのでとりあえずはオッケーしよう。

「名前ちゃん、何かあったの?」
「ちょっとご飯に誘われて…」
「あら、そうなの?楽しみね」

楽しそうに笑う奥様に複雑な感情を抱きつつ忍足さんには了承の返事を返した。



20181130

勝ち気なエリオット