最近仕事が続いている帰宅途中の彼に久しぶりに会った。自転車ではないのが珍しい。そういえば、パンクしたとか言っていた気がする。忙しい彼は、まだ歌劇の仕事が残っているらしい。その後には別の撮影が始まるらしく、以前よりもアイドルらしく、というよりかは芸能人らしくなったなと勝手に実感をする。自分だけ彼の次の仕事の内容を知ってしまうのは、申し訳ない気持ちになってしまうので、あまり話はしないのだが何だか少し彼の話が聞きたくなってしまい、つい仕事について聞いてしまった。

「今の歌劇って、硬派な役なんでしょ?」
「そうっすよ! オレにしては珍しい感じだったりするっすよね!」
「普段の性格から言ったら、硬派じゃないもんね」
「あ、バカって言いたいんすか〜?」
「違う! 違う!」

不貞腐れて、わざとらしく頬を膨らます彼が面白くて笑ってしまう。それを見て彼がまた「馬鹿にしてんでしょー!」と笑った。

「その後の仕事、ってどんな役なの?」
「御曹司? みたいなスゲーかっこいい役っすよ」
「全然分からないんだけど」

御曹司という聞き慣れない言葉。彼女も理解はしていないものの、彼の方が理解出来ていない気がする。御曹司と聞くと、とある漫画やドラマが出てくるのだがそんな雰囲気の撮影なのだろうか。歌劇の役といい、彼は意外と演技力が高いのかもしれない。彼のことをよく知っているつもりで、何も知らないのかと思うとじわじわと込み上げてくる何かがある。きゅうっと中心が締め付けられる感覚がした。

「四季くんって演技上手なんだね」
「うーん、自分じゃ分からないんすけど……」

どうやら彼は感覚で動くタイプの人間らしい。そんな感じなのは何となく分かってはいた。
突然彼は「あっ」と何かいいことを思いついたのか、豆電球に光がつくかのような絵が見えた。何を思いついたのか全く想像のつかない彼女は、彼の横顔を不思議そうに見ることしか出来ない。彼は、右手で彼女の腰を引き寄せた。

「そんな顔しちゃって、オレに惚れちゃった?」

普段の可愛らしい笑顔とは違い、どこかこちらを小馬鹿にしているかのような笑み。声のトーンも落ちていて、別人のようである。彼女は、何も言うことが出来ずただ彼を見つめることしか出来なかった。徐々に赤みを帯びていく顔を自覚しながら。

「ドキドキした?」

なんて目線を合わせるように、彼女に問いかける。これは役なのか、彼自身の素なのか分からない。

「……し、心臓に悪い」
「なーーんでーー!? こういうオレもメガイケてないすか?!」

彼女が耐えきれなくなり、ぐいっと彼を押しやり一言告げるとコロッと態度が変わり、普段の彼に戻った。熱を帯びた顔を隠すのに必死で、彼の顔を見ることが出来ない。人生で三本の指に入るくらい心臓がうるさく音を立てている。

「撮影始まったら、衣装の写真見せてあげる!」
「……うん、待ってるね」

愛らしい笑顔を浮かべる彼とは反対に、彼女は引き攣った笑顔を見せることしか出来なかった。

(……いきなりは、ダメでしょう)
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