一枚の紙

時は巻き戻ること一時間前。
朝日が昇るより前、まだ空が白み山が霞んでいる頃、私は広場に立っていた。

ーねむい

毎朝変わらない点呼と伝令を告げる声に眉をしかめた。
なぜ朝からそんなに声を張り上げるのか。勘弁してほしい、と思っている合間も声が頭に響いてくる。紺の隊服と腰に軍刀をひっさげる男たちで見えない声の主に私はため息をついた。

やっと伝令が終わった。今日の見回り範囲と組分けが告げられ、解散の合図が発せられる。それぞれに散らばる男たちとともに私もと足を向けた私の前に男二人が立ちはだかった。

「おいお前まだいたのかよ」
「ちっせえし細いし力もない。一人だけ軍刀を渡されなかった"未熟者"が」

目の前から罵る声にまたかとため息をつきそうになる。

「"ここ"にお前に居場所はねえんだよ」

蔑みの目で声を荒げ、わざとぶつかり、笑いながら歩いていく彼らの背中に私は睨み付けることしかできなかった。胸に沸いてくる怒りを抑え、ぶつけられた肩を撫でる。

あんな奴らを気にしたら負けだ
さあ行こうと前を向くと隊長がいた。

「!何かご用ですか?」

不機嫌さを咄嗟にしまいこみ敬礼をする。まあどうせろくでもないことだろうと目の前の男のにやついた顔から思った。

「よお、最近調子はどうだ?」
「良好であります」
「そうかそうか、それは良かった。それはそうとお前、今日は本部へ行け」
「‥‥本部ですか。ですが見回りが」
「よいよい、お前のかわりに他のやつを行かすから」

自分などいなくても問題ない。いないも同然の存在だと宣告させられたかのような感覚に見舞われた。
わなわなと震える私に小さな紙が押し付けられる。

「ある人がお前をご所望だとよ」

お前女みたいだからな、せいぜい腰を痛めないようにしろよと下卑た笑いをあげ遠ざかる背中に、舌打ちを打ちそうになるがぐっとくちびるを噛み締めた。
ただ一人私だけが広場に取り残された。


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