神楽のまにまに 第一章『生贄攫い』


▽登場人物
神楽(かぐら) ♀
半分人間、半分鬼(神)の少女。小さな鬼の角が生えているが、被り物で隠している。
生贄に捧げられた人間を攫いに来たようだが、彼女の本当の目的は…?

神無(かんな) ♂
狐神の青年。その正体はかつて村で祀られていた神様である。
神楽のお付きの人。何やら大きな恩があるようで、彼女に付き合っているようだ。

桜(さくら) ♀
生贄に捧げられた少女。村長の娘。
最初は生贄になることを受け入れてはいたが、
年若い彼女には、まだやりたいことが沢山あるようだ。

金華猫(きんかびょう) ♀
とある村の豊穣を司る猫の神。魔に侵され人々の信仰を無碍にし、
贄を寄越せと人を喰らおうとしている。

瑞樹(みずき) ♂
数百年前に桜の住む村の村長だった青年。
桜の古い先祖に当たる。
金華猫とは特別な関係であるようだが…。



所要時間目安/90〜分

配役比率(2:3:1)
神楽     ♀:
神無     ♂:
桜、瑞樹/幼 ♀:
金華猫    ♀:
瑞樹     ♂:
ナレ     不:


※必ず利用規約をご一読お願い致します。

瑞樹のみ幼少期のシーンが出てきますので、
キャラ名表記が「瑞樹/幼」と「瑞樹」の二種類あります。

 ・同じ「瑞樹」役の方に演じ分けて頂く。
 ・桜役の女性に「瑞樹/幼」を演じて頂く。

といった具合で配役を決めて頂ければと思います。


演じて頂くに当たって、参考程度にキャラクターの年齢、
軽いイメージなどを下記に記載しております。役選びの参考にどうぞ!
また、あくまで参考ですので、利用規約に反しない範囲で、
自由に演じて頂ければと思います。


 〇神楽
  長い時を生きる人ですが、見た目は10代前半程。
  基本的に気だるげ、アンニュイ、毒舌。
  冒頭の神無を助けるシーンはまだ幼い頃なので、
  少し幼めに演じて頂くと自然かと思います。


 〇神無 例1 例2
  20代前半程の好青年のような見た目。
  大雑把で荒々しく、ちょっぴり優しい。突っ込みセリフが多くあり。

 〇桜 例1 例2
  10代半ばの少女。元気で朗らか、快活。
  元気故に、大きく声を張るようなシーンがいくつかあり。

 〇金華猫 例1 例2
  20代半ば程に見える妖艶な美女。神々しく、優雅。
  また、本章のボス的な立ち位置。凄みのようなセリフあり。

 〇瑞樹
  幼少期はどこか抜けてそうなイメージ。
  後半現れる姿は20代半ば、落ち着きがあり、優しげ。



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ナレ  :これは、とある妖怪と人間の間に生まれた、少女の物語。
     少女は人間の女と、鬼である男の間に生まれ、
     人間からも、妖怪からも疎まれる存在でした。
     闇夜に輝く緋色の瞳を見て、人間は言います。

     「何て恐ろしい。今にも人間を襲うに決まってる」

     前髪の隙間から覗く小さな鬼の角を見て、妖怪は言います。

     「何て小さな角。それじゃ妖怪とはとても呼べないね。
      嗚呼…人間臭くて敵わない。ほら、さっさとあっちへお行き」

     少女を生んだ両親も幼い頃に死んでしまい、天涯孤独の身でした。

     しかしある日そんな彼女の前に、九つの尾を生やした青年が、
     傷だらけの姿で現れたのです。それが、運命の分かれ道でした。


神楽  :…ねえ狐さん。どうしてそんなに傷だらけなの。

神無  :へっ……今まで神様だと崇めていた人間から、
     役に立たない神なら殺してしまえ…って。言われちまったのさ。


ナレ  :人間からの信仰。それは神が神である為に必要不可欠のものです。
     傷だらけなのは、恐らく信仰者から受けた傷なのでしょう。
     今にも消えそうな狐の手に、少女は自分の手を重ねました。


神楽  :…よく、わかんないけど。狐さん、消えちゃうの?

神無  :……そう、だな。…あーあ、最後くらい、思いっきり好きな事やりたかったぜ…。

    間

神楽  :……、…まだ、生きたい?

神無  :あぁ…?

神楽  :消えたくないんでしょう?

神無  :……、何だお前、目が…光って…!?

神楽  :貴方が消えたくないというのなら、私の力を分けてあげる。

神無  :…お前みたいなガキに、俺が救えるだと…?

神楽  :狐さんが消えたいって言うんなら、私は何もしないよ。
     ……、どう?私に、助けてほしい?

神無  :…俺は…っ、!俺は!消えたくない!
     まだやりてぇ事だって山程残ってんだ、こんな所で消えてたまるかっ…!


ナレ  :必死に叫ぶ狐を見て、少女は怪しげな微笑を浮かべました。
     少女に命を分け与えられた狐は、少女の付き人として傍に仕える事となったのです。

     そんな出会いを果たしてから、数年後…。


 ***


神無  :なあ神楽様ぁ。これから何処に行こうってんだよ。

神楽  :神無。無駄口を叩く暇があったら早く歩いてくれるかい?

神無  :ンな事言ったってよぉ…目的地がわかんねぇってのに、素早く移動出来るかっての。

神楽  :はあ……、いちいち説明しないとわからない?

神無  :わかる訳ねぇだろ!!俺ぁ読心術が使える訳じゃねぇんだよ!!

神楽  :九尾の妖狐のくせに?

神無  :九尾の妖狐を便利屋か何かと思ってねぇか…?
     最強の妖怪だからって何でも出来ると思うなよ…。

神楽  :……、これから、さらいに行くんだよ。

神無  :…は?攫う?……誰をだよ?

神楽  :行けばわかるよ。

神無  :ンだよそれ…答えになってねぇっつの。


ナレ  :のどかな森の中の道を、少女を肩に乗せて狐は歩きます。

     一度命を救われてからというもの、狐は居場所がない彼女の傍に居続けたのでした。
     少女は最初、怪訝そうにしていたのですが、今ではすっかり狐をこき使っております。
     けれども鬼と人の間に生まれ、何処へ行っても煙たがられる少女にとって、
     普通に接してくれる狐の存在は、何処か特別なようでした。

     そして狐は確かに、命を救われた恩返しとして彼女の傍に仕えておりますが、
     理由はそれだけではないようです。自分の命をいとも簡単に救ったその少女の力の正体が、
     どうしても気になり、知りたかったのです。
     そしてそれは、いずれ人間にも妖にも大きな存在になるのでは、と考えたのでした。

     けれども数年一緒に時を過ごしても、少女、神楽のことは何も知る事が
     出来ませんでした。そして数年経った今、突然家を飛び出して人間界を
     訪れている現状に、困惑を隠せないでいました。


神無  :なぁ、神楽様よぉ。

神楽  :…なぁに。まだ何か?

神無  :なんでまた人間界になんか出向こうってんだい?
     自分の家からも進んで出やしないってぇのに。

神楽  :まるで人を引き篭もりか何かみたいに言うんだね?

神無  :間違っちゃいねぇだろうがよ。
     買い物だって毎度俺にやらせてんじゃねぇか。

神楽  :……、そうだねぇ……。(腕を組んで考える)
     …強いて言うならば、誰かの役に立とうと思った…かな。

神無  :はあ…?人間嫌いの神楽様がかぁ…?

神楽  :私は何も、『人間の』役に立とうだなんて一言も言っていないだろう。

神無  :かといって、妖怪とかが好きな訳でもねぇんだろ?

神楽  :よくわかってるじゃないか。

神無  :ンじゃ、誰の役に立とうってんだよ?

神楽  :何でそんな事まで君に教えてやらなきゃいけないんだい?

神無  :……おいおいおいおいおい。そこまで話しておいて教えてくんねぇのか?

神楽  :何だ、私の事を隅から隅まで知りたいのか?
     ……、薄々勘付いてはいたけど、気持ち悪い奴だね君は。

神無  :今からその用事に巻き込まれそうになってんのに気にならねぇ訳ねーだろ!!
     …〜〜っ、だーっ!!もういいっての、教えてくんねぇならそれで!!

神楽  :そうそう、最初から黙って歩いてりゃいいのさ。

神無  :……いちいち腹立つ奴だぜ全く…。(ぼそぼそ)


ナレ  :そんな会話を続けながら、二人は陽の当たる道を進んで行きます。
     しばらく歩いて行くと、森を抜けた先には村が。
     しかし村には活気がなく、日中だというにも関わらず、
     人の姿はなく、不気味な静けさが村を包み込んでいました。


神無  :…なんだァ?やけに静かな村だな。

神楽  :うむ、ここで間違いないようだ。

神無  :え、こんなとこに用事あんのかよ?

神楽  :こんなとこだから用事があるんだよ。

神無  :あぁ?


ナレ  :少女は狐の肩から下りると、人気のない村へと歩いて行きます。
     誰もいない村に、一人ポツンと立つ年端も行かない少女。
     何とも奇妙な風景に、狐はごくりと唾を飲み込みました。
     迷うことなく先へ進んで行く少女の後を、狐は慌てて追いかけます。


神無  :お、おい。何処行くんだよ。

神楽  :何処って、言っただろう。さらいに行くと。

神無  :だから誰を攫いに行くんだよ?つーか、そもそも人いねーだろこの村。

神楽  :いるよ。今は忙しいから、その辺りにはいないんだろう。

神無  :忙しいっつったって…こんな静まり返るレベルは有り得ねぇだろ…。


ナレ  :確かに狐の言う通り、村には人っ子一人の姿も見えません。
     市場であろう場所を通っても、民家であろう場所を通っても、
     人の気配すら感じられないのです。

     規模的には結構大きな村が、静まり返っている様はこんなにも
     不気味なものか、と、狐はぶるりと身を震わせました。
     しかし少女は異様な光景に一切臆する事無く、先へ先へと進みます。

     黙って着いて行ってみると、徐々に人のざわつく声のようなものが聞こえてきました。


神無  :なんだ、ちゃんと人がいるんじゃねぇか。

神楽  :しっ。さっさと隠れる。

神無  :はあ?って、っおい!!尻尾引っ張んじゃねぇ!!


ナレ  :九尾の妖狐の象徴、証であるとも言えるふさふさの尾を、
     神楽は乱雑に引っ掴み、神無を茂みへと引きずり込みます。
     掴まれ引っ張られ、いつも手入れを欠かさず行っている
     神無からしてみれば、それはもう嫌がらせ以外の何者でもなかったでしょう。

     恨みがましく彼女を睨み付けてみても、全く気にする様子すらありません。
     少女は茂みの先、何やら村人がわらわらと集まっている様子をじっ、と見つめていました。


神無  :…なあ、何の騒ぎなんだよこりゃあよぉ。

神楽  :その狐耳は飾りかい?耳を澄まして聞いてごらん。

神無  :あぁ…?


ナレ  :言われて、狐は両の耳をピン、と立てて村人の会話に耳を澄ませます。
     同時に人の群れの中心部を見やれば、
     一人の少女が色鮮やかな装束に身を包み、凛とそこに座っていました。

     そこに村長と思われる男性が、声高々にその少女を生贄として
     猫神ねこがみに捧げる、と告げていたのでした。


神無  :生贄か…穏やかじゃねぇな。

神楽  :そう。この村は長い間不作に悩んでいてね。
     今にも憐れな人の子が、贄へと送り出されそうなのさ。

神無  :…おい神楽様よぉ…攫うってぇのは、まさか…。

神楽  :静かに。

神無  :ぶっっ!!


ナレ  :言いかけた狐へと、着物の袖をべちん、と顔面にぶつけ
     何とも乱暴な方法で少女は黙らせます。
     言う通りに口を閉じれば、すぐ近くを沢山の人間が通り、
     わらわらと群がっていた人だかりはすっかり解散したようでした。

     代わりに、人だかりのあった場所に、立派なやしろと、
     煌びやかな装束を纏った少女が、社の前にきっちりと座っているのが見えます。


神無  :あのガキが生贄になるって様子だなァ…。
     ……、っておいおいおい神楽様!?


ナレ  :隣にいたはずの彼女はいつの間にか、
     茂みを飛び出して少女へと近付いておりました。


神楽  :そこの君。

桜   :……?なんですか?

神楽  :君はそんな所で、そんな格好で。
     一体何をしているんだい?

神無  :丁寧に着てるんだか気崩しているんだか、
     訳も分からない着こなしをしている神楽様には言われたくねぇだろうよ。

桜   :誰、ですか、あなた達……って、耳と尻尾が生えてる…!?

神楽  :嗚呼、気にするな。これはこいつの趣味だ。

神無  :人を変態みたいに言うんじゃねぇ!!

桜   :まさか…よ、妖怪…!?

神楽  :そんなモノだと思ってくれたまえ。
     それで?質問に答えてもらってもいいかい?

桜   :……、村の人じゃないあなた達には関係ないでしょう…。

神楽  :いいや、全くの無関係とは言えない。
     私はこの村の神様に用事があって、遠方から遥々やってきたのだから。

桜   :え…?……あなた、巫女様か何かなの?

神楽  :…まあそういう事にしておこうかな。

神無  :神楽様が巫女だァ??……っぷ、…あっはっはっは!
     やべぇ似合わないにも程がある…いってぇ!!(袖でぶたれている)

神楽  :君はちょっと五月蠅うるさいから黙っててくれないか。

桜   :……見ればわかるでしょう。
     あたしはこれから、猫神ねこがみ様の生贄になるんです。

神楽  :それまたどうして?

桜   :っ……村の作物が不作だからです!
     あまつさえ、疫病だって流行りだしてるの!
     このままじゃ村が滅んでしまうの!

神楽  :ふぅん。その猫神様とやらが、人を食えば全て解決なのかい?

桜   :…そうよ。猫神様は生贄を欲してる。
     だから、村長の娘であるあたしが選ばれたの。

神楽  :よくわからないな。
     神様は村人からの信仰心さえあれば、力が衰える事なんてないのに。

桜   :…それは、わからないけど…。
     あたし達村人の信仰心が足りなかったから…。
     猫神様を大事にしなかったから、きっとお怒りなんだ…。

神楽  :だからって贄を欲するのかい?
     その様子からするに、今回が初めての人身御供ひとみごくうだろう?
     何かがおかしいとは思わないのかい?

桜   :おかしいって言われても…。
     あたしが直接猫神様の御声を聞いた訳でもないし…。
     ただ、村長……あたしのお父さんが…、
     猫神様が、人を贄として寄越しなさいって仰ってたって言うから…。

神楽  :……なるほど。(考え込んで)
     自分の娘を喜んで差し出すくらいには、この村の飢饉と疫病はなかなかに厄介な様子だね。

神無  :…でもよぉ、生贄にしてはこう、何か……。
     ……、あんまり美味そうには見えねぇなぁ?

桜   :なっ…!!

神楽  :ぷっ…くく、言うじゃないか。(思わず吹き出して)

桜   :村の人でもないくせに、何なんですかあなた達!
     これから捧げられる人間が、そんなに面白いの!!

神楽  :……。

神無  :ンだよキャンキャンうるっせぇな…。
     そんなにその猫神様とやらに捧げられるのが名誉な事なのかよ。

桜   :あ、当たり前でしょう!

神無  :へぇー…の割りには、暗い顔してんだな。

桜   :それは……。

神無  :名誉な事だと思うんなら、もっと堂々としてりゃいいだろ。
     …本当は嫌なんじゃねぇのか?

桜   :…村の為なの…仕方ないことなのよ。

神無  :…へぇ?「仕方ない」で自分の命捨てられんのか。
     よっぽどシケた人生歩んで来たんだなぁ。まだ若ぇのに。

桜   :っ……!!

神楽  :神無。

神無  :何だよ神楽様?俺ぁ別に間違ったことは、(遮られる)

神楽  :静かに。


ナレ  :紅色くれないいろに彩られた爪先をそっと口元に立てて、神楽は神無の言葉を遮ります。
     その声は決して大きくはないはずなのに、凛と澄み渡り、まるで心に響くようでした。


金華猫 :何じゃ何じゃ、騒がしいのぅ。
     気持ち良く昼寝していたと言うに…。


ナレ  :ざわざわと周りの木々が騒めき始め、豪奢な社から不思議な光が溢れます。
     まるで夕陽のような光は赤く、どこか不気味な色合いで、神無は尾を逆立てました。
     すると派手に音を立てて社の扉が勢い良く開き、
     中からは妖艶な着物を纏った美女が姿を現したのです。
     頭部には鈴飾りに囲まれた猫の耳、そして背後には二つに裂けた尾が見えます。


神楽  :この村の守り神様だね?

金華猫 :いかにも。この村の豊穣を約束した、猫神『金華猫きんかびょう』とは、わらわのことじゃ。

桜   :あ…っ、あなた様が猫神様…!

金華猫 :うん?その特殊な髪色は……。嗚呼、この村の長の血を引く者じゃな?
     くっくっく…何とまあ太っ腹な!良い贄を寄越してくれたのぅ、あのハゲ親父殿は!


ナレ  :贄の少女を見るなり、猫はカラカラと愉快そうに笑ってみせます。
     少女は神を目の当たりにし、その圧倒的な存在感、
     気迫に怯え、こうべを垂れることしか出来ませんでした。


桜   :…さ、作物が、満足に収穫出来ないのです。
     加えて近頃村中に疫病が蔓延しています。
     どうか…どうか猫神様の御力で村を助けてほしいのです!お願いします…。

金華猫 :ふぅむ、なるほどな。そんなに大変な事が起こっているとは知らなんだ。
     勿論、お主の願いの通り、この村を助けてやっても良いが…。
     ―――…見返りは望めるんじゃろうな?

桜   :もっ…勿論でございます。
     …その為に、私がここにいるのですから…。


ナレ  :神と呼ばれる猫に飢えた目でジロリと睨まれては、
     まるで生きた心地がしなかったでしょう。
     贄の少女の声は震え、今にも泣き出してしまいそうでした。
     けれども腹を空かせた猫にはそんなことは関係ないのです。


金華猫 :くくく…そんなに怯えずとも、しばらくは食わずに妾の傍に置いてやろうぞ。
     たっぷり可愛がってから、余す所無く食ろうてやろう。

桜   :……っ!!


ナレ  :少女の喉が恐怖で引き攣った時。
     傍らで見守っていた神楽が、庇うように少女の前へと立ちはだかり、
     被り物越しに猫を見据えました。


金華猫 :…騒いでいたのはお主らか。この神聖な我が社の前で。

神楽  :猫神よ。
     君は元々人を食らう神ではないはずだ。
     それが何故今になって、人間の贄を欲する?

金華猫 :…何故、じゃと…?


ナレ  :再び、周囲の木が風に揺れ、騒めき始めます。
     生暖かい風が、ざらついた猫の舌でねぶるかのように、頬を、体を撫でていきました。


神楽  :人間の贄を求めたのは、今回が初めてだろう?
     きっかけは何だったんだい?

金華猫 :黙れ。

神楽  :君がそれ程までに、飢えている理由は何なんだい?

金華猫 :黙れ!!


ナレ  :猫が吠えた瞬間、突如真っ黒な霧が猫の体から溢れ、
     神楽に向かって一直線に襲い掛かりました。


桜   :あっ…!


ナレ  :神楽の後ろで蹲っていた少女は思わず声を上げ、恐怖に怯えて目を瞑りました。
     しかし予想していた痛みや苦しみは一切訪れず、恐る恐る目を開けます。
     確かにその霧は神楽の小さな体を、少女もろとも飲み込もうとしていましたが、
     どういう訳か薄い壁のようなものに遮られ、二人には何の影響もなかったのです。


金華猫 :…!?お主何故、瘴気を防げる…!?

神楽  :…質問には、答えてくれないんだね。


ナレ  :狼狽うろたえる猫を他所に、神楽はどこまでも冷静でした。
     得体の知れない力を持つ少女を前に、猫の目つきが更に鋭く、
     そしてどこか狂気を帯びていきました。
     けれども神楽は全く臆することなく、
     カラン、と下駄を鳴らして猫へと歩み寄るのです。


神楽  :こんな話を知ってるかい?とある神様のお話だ。
     昔村を守っていた神は、ある日悲劇に襲われて、村を守るために人を食ってしまう。
     するとどういう訳だろう、見る間に神である象徴は消え、
     突然頭部から角が生え、人を食らったせいで村人からの信仰は消え失せた。

     ―――…そう、その神様は鬼≠ヨと変わったんだよ。

金華猫 :貴様…っ!さては人の子ではないな!?

神楽  :…私のことは良いだろう。
     それより、先程の質問には答えてくれないのかな、猫神様?

金華猫 :……それに答えた所で、何になると言うのだ。

神楽  :別に何にも。ただ今の段階で言えるのは……、
     残念だけど、この娘は君には渡す事は出来ない、ってとこかな。

金華猫 :ほう…?

桜   :ちょっ…何勝手な事言ってるの!?

神無  :まじかよ神楽様…。
     ……、嗚呼、攫うってこの事か…。

金華猫 :妾の村にずかずかと入って来ておいて、ましてや勝手に贄を奪うじゃと…?
     そんな事をしてタダで済むと思っておるのか?

神楽  :いいや?そんなに飢えている君が、
     ただ黙って贄を奪われるつもりがないくらい、予想はしていたよ。


ナレ  :どんどん空気は淀んでいき、張り詰めるように緊迫していくのがわかります。
     神楽と猫は互いに瞳を真っ直ぐ見つめ、相手の出方を伺っていました。


金華猫 :その娘は、村の者が妾へと捧げてくれた有難い供物なのじゃ。
     お主の言う通り、みすみす奪われるつもりは毛頭ないぞ。

神楽  :そう。だが私の意思はさっき言った通りだ。君にこの娘は渡さない。

金華猫 :小娘が粋がりおって……。
     …いいから、早く…その贄を寄越せっ!!


ナレ  :黒い霧…瘴気は先程より濃度を増し、まるで泥のように猫の体から溢れていきます。
     戦闘態勢に入った猫を見て、慌てふためく神無と贄の子とは対照に、
     神楽は静かに、じっと猫を見つめていました。


神無  :なんだこれ…こんなドス黒い瘴気、見た事ねぇぞ…!!

神楽  :嗚呼、君は知らないのか。神様が穢れを溜め込みすぎると、ああなるんだ。

神無  :知る訳ねぇだろ!俺ぁ他の神サマの知り合いなんざいねぇんだからよ!

桜   :あなた達、なんて事してくれたの…!!このままじゃ村が、(遮られる)

神楽  :君は静かに。あと、口は閉じておく事をおすすめするよ。
     瘴気は人間の体には毒だからね。

金華猫 :どいつもこいつも妾の感情を掻き乱す……もう良い。
     贄を奪うと言うのなら、盗人は懲らしめねばならぬのぅ!!


ナレ  :猫の爪が鋭く伸びたかと思えば、それは神楽の喉元目掛けて
     一直線に飛びかかってきます。けれどやはり神楽は先程と同様に、
     その場から動かず、避けようともしないのです。


金華猫 :…っ!!なん、じゃ、これは…っ!!


ナレ  :あと少しで神楽の真っ白な喉元に爪が届きそうになった時、
     先程瘴気を防いだ時と同じように、見えない障壁がそこにあるかのように、
     猫の爪は届かなかったのです。己の攻撃をいとも簡単に、
     そして何度も防がれている事に、猫は目の前の光景を信じられないようでした。


神楽  :君では私に勝てないよ。


ナレ  :神楽の瞳が鬼火のようにゆらりと光ったかと思えば、
     猫の体ははじかれたように、後方へと吹き飛びました。
     けれども猫は自慢のしなやかな体を活かして受け身を取ってみせます。


金華猫 :ぐっ…!!お主…一体何者じゃ!?


ナレ  :神楽の更に後方、神無と贄の子は切迫した空気に、思わず息を呑みます。
     彼女はそっと片手で被り物を取って見せ、猫へと向き直りました。


桜   :…鬼、の…角…?


ナレ  :一瞬見えた光景に、贄の子は目を大きく見開きました。
     神楽の頭には、大きくはないですが二本の角が、髪の間から覗いていたのです。
     すると神楽の動きに呼応するかのように、
     彼女の周りには篝火かがりびが灯り、飛び交い始めました。


金華猫 :鬼の子……いや、お主…人の血が混じって…?


ナレ  :すっかり狼狽ろうばいしている猫をよそに、やはり神楽の無表情は変わりません。
     周囲の篝火はどんどん彼女の周りを包み出し、揺らめいていきます。


神楽  :この娘は私が貰い受ける。
     君はもう少し自分の感情と、その飢えに向き合ってみると良い。


ナレ  :次の瞬間、眩しい程の篝火が神楽達を包み込み、
     火が消え去った後には、誰も残ってはいませんでした。


金華猫 :っ…!!何故!!妾の邪魔をする!!
     妾はただ、この渇きを癒したいと言うだけなのに…!!


ナレ  :残された猫は苦しそうに蹲り、泣き声を小さく漏らします。
     その姿はまるで、捨てられた猫のように、寂しさが木霊こだましていました。



 ***



桜   :離して!!あたし、猫神ねこがみ様の所へ行かないと…!

神無  :暴れるなってぇの!お前、自分から食われに行くなんて頭おかしいんじゃねぇのか!

桜   :頭から耳とか角とか生えてるヤツよりはまともよ!!

神無  :ンだとてめぇ!!喧嘩売ってんのか!!

神楽  :五月蝿うるさいよ。

神無  :うぉあっちぃ!!!ああぁぁ、俺の尻尾がぁぁ!!
     尻尾に火ぃ点けんのやめろって言ったじゃねぇか、神楽様よォ!!

神楽  :お前が勝手にそう言ってきただけで、私は約束した覚えはないよ。
     …さて、そこのお嬢さん。名前は何と言うんだい?

桜   :…さ、桜よ…。

神楽  :桜、か。亡き母上が名付けてくれたんだね。うん、良い名前だ。

桜   :へっ…!?な、なんでそんなこと知って…!?

神楽  :私は神楽。そっちの狐は神無だ。よろしく。

神無  :ふん…。

桜   :え、あ、えぇ…よろしく…。
     …って挨拶してる場合じゃないのよ!!
     あぁもうどうしてくれるの…猫神様、途轍もなく怒ってたじゃない…!!

神楽  :あぁ、途轍もなく怒っていたねぇ。

桜   :他人事みたいに言って…!あなた達のせいでしょ!

神楽  :そうだね。私達が邪魔をしなかったら、
     今頃君はあの猫神に大変可愛がられている頃だろうね。

桜   :……っ!!

神楽  :…時に桜。君は鬼≠ニいう存在を知っているかい?

桜   :え…?
     …あぁ、さっき話してた、鬼≠フ事?

神楽  :そう。君の中で鬼≠ニいうのは、どういう認識なのだろう?

桜   :えぇと…あの、桃太郎に退治される…。

神無  :発想がガキすぎんだろ。

桜   :うるさいわね!!普通鬼≠チて言われたらそこが出てくるもんでしょ!!

神楽  :そう、あの桃太郎に出てくる悪しき存在、鬼=B
     前提知識としては悪くないね。

神無  :まじかよ、そこから話広げる?


ナレ  :言いつつ、神無と桜は神楽の頭部に生えている角をチラリと見やります。
     長い付き合いであった神無も、神楽が鬼であった事は知らされていなかったのです。
     けれど今まで疑問に思っていた、その強力な力の源について、
     ようやく納得が行ったようでした。


神楽  :私は、鬼と人間の混血なんだ。

桜   :混血…?は、ハーフってこと?

神楽  :今時はそう呼ぶのだね…。
     私の母は霊力の高い巫女、そして父は、先程話した鬼へと堕ちた神様でね。

桜   :人を守る為に、人を食べた…って言ってた…。

神楽  :…その話は良いだろう。
     嗚呼因みに、私に人を食べる趣味はないから安心しておくれ。

桜   :は、はぁ…それで、その鬼が何なのよ?

神楽  :この村の猫神様は、人の贄を欲していただろう?
     先程の話を思い出してごらん。

桜   :…つまり、猫神様が、このままあたしを食べると、鬼になっちゃう…ってこと?

神楽  :その通り。鬼になった神様がどうなるか、想像出来るかい?

桜   :わ、わかんないわよ、そんなの。

神楽  :一度人を食った神様、鬼は、その後人を絶えず食い続けてしまうんだ。
     そして鬼は、人を食べれば食べただけ、その力は強力になっていく…。
     これがどういう意味か、わかるかい?

桜   :ええと…私が大人しく猫神様に食べられて、村に平和が訪れても…、
     猫神様は更なる生贄を求めて、村の人達は皆食べられちゃう…ってこと?

神楽  :その通り。賢い子は嫌いじゃないよ。

桜   :あなたに好かれても嬉しくないわよ…。
     …あたしが生贄になっても意味がないんじゃ、一体どうしたらいいのよ…。

神無  :…その為にこの村に来たんだろ?神楽様。

桜   :え…?

神楽  :そうだね。私達は、あの猫神が鬼へと変貌するのを防ぐ為にやってきた。

桜   :…そう、なんだ…。
     …じゃあ、神楽…さん、達は猫神様を助けに来てくれたのね。

神楽  :……。

神無  :……。

桜   :……、えっ!?違うの!?

神無  :俺、神楽様について来ただけだし…。

神楽  :助け……、まぁ、助けに来たと言っても過言ではない…のかな…。

桜   :そんな釈然としない感じで、猫神様の邪魔したって言うの…?
     結構おっかなかったってのに…。

神無  :まぁいいじゃん。お前、食われずに済むんだから。

桜   :え……、何でそうなるのよ。

神無  :はぁ?お前神楽様の話聞いてなかったのかよ。
     生贄、つまり人を食うと鬼になっちまうんだろうが。
     そうなると困るからお前を食わせない為に、
     神楽様はあの化け猫にメンチ切ったんだろ。

桜   :あ……そっか…。

神楽  :死ぬ心構えが出来ていたのなら謝るよ。すまなかった。
     けれどあの猫神に君を食わせる訳にはいかないんだ。わかってくれるね?

    間

桜   :……、あたし、まだ、恋もしたことなかったの。

神無  :…は?

桜   :まだ、村の外にも出たことない。おばあちゃんから聞いた海だって、見たことない。
     まだ…まだやりたい事、沢山あるの…。(だんだん涙声になりながら)

神楽  :…うん。

桜   :村長…お父さんに生贄の話をされた時は、頭が真っ白になった。
     でも、でもそれで、村が平和になるのなら…、
     皆が幸せになるのなら、きっと良い事だと思ったの。
     …だけど、いざ猫神様の、あの飢えた瞳を見た時…、
     ただの食べ物としか見られなかった時。

     すごく、怖かった。改めてあの時、ああ、あたし死ぬんだな…って、思って…。
     その場から逃げ出したくなった。怖くてちっとも動けなかったけど…。

神楽  :君はあの場から逃げず、己の役目を全うしようとしていた。
     村の為にと自らを差し出すその献身的な行いは、とても素晴らしい事だ。

桜   :…そ、そんな事ない。あたし、本当に怖くて動けなかっただけだし…。
     今こうして生贄にならずに済むって聞いてほっとしてる時点で、
     大した奴じゃないってわかるでしょう。

神楽  :…けれど、君が村の為だと思ったその気持ちは、嘘偽りはない事だ。
     そんなに卑屈にならなくていい。死にたくないと思うのは当たり前の事だよ。
     …君はよく頑張った。もっと胸を張って良いんだよ。


ナレ  :桜は、自分よりずっと幼く見える神楽が、自分の心の傷に、罪悪感に、
     言葉で寄り添ってくれている感覚が、とても不思議に感じているようでした。
     暖かいその声音をずっと聞いていたい。
     そう思うぐらいに、神楽の言葉は彼女の心に響いておりました。


桜   :…あたし、もう、食べられないんだよね?
     生贄にならなくて良いんだよね?もっとやりたい事、やって良いんだよね…?

神楽  :…嗚呼、勿論…―――


金華猫 :そう簡単に逃してしまっては、面白くないのぅ?


ナレ  :どこからともなく、響き渡るその声は、猫神金華猫きんかびょうのものです。
     涙する桜に手を伸ばしたはずが、神楽の腕は宙を舞い、地へと落ちました。
     数秒遅れて、まるで花開くかのように鮮血が飛び散ります。


神無  :神楽様!!

桜   :ひっ、あっ…!!手っ…腕が…!!


ナレ  :千切れた断面から血が、神楽の足元に血溜まりとなり、滴っていきます。
     けれどもどういう訳か、神楽の表情は苦痛に歪む事もなく、ただただ無表情のままでした。


金華猫 :何じゃ、腕を食い千切られたショックで動けんのか?

神楽  :……。

金華猫 :…まぁ良い。これに懲りたら、二度とわらわの邪魔はせぬ事じゃな。


ナレ  :動かない神楽を嘲笑うように猫はそう告げると、
     突然その華奢な腕で桜を乱暴に担ぎました。


桜   :きゃっ…ちょ、ちょっと、あの…!!

金華猫 :では行くぞ、贄の娘よ。

桜   :えっ、ま、待っ…!!


ナレ  :言い終える前に、真っ黒な瘴気に包まれて、猫と桜の姿は消えてしまいます。
     とっさの出来事に動けずにいた神無は、珍しく放心しているように見える神楽を、
     静かにじっと見つめていました。


神無  :……、お、オイ、神楽様?
     腕取れちまってっけど…大丈夫か…?

神楽  :……。

神無  :無視しないでほしいんだけど……って、うわあぁ!?
     オイ神楽様!!腕!!腕勝手に動いてっぞ!?

神楽  :五月蝿うるさい。

神無  :ぶへっ!!
     …その袖で殴るの、やめてくんねぇか…。


ナレ  :神無を一蹴した神楽は、指の力だけで這っている千切れた腕を拾い上げ、
     そのまま断面同士をくっ付けました。


神無  :…オイ、何して…―――


ナレ  :神無の呼び掛けを気にも留めず、神楽は些か乱暴に、
     己の腕をぐいぐいと千切れた部分に押し付けます。
     すると、断面の隙間から、金色の糸のようなものが現れ、
     たちまち腕と腕を縫い合わせるように動き出しました。


神無  :うっわ、何それチートかよ…。

神楽  :……。

神無  :…痛くねぇの?

神楽  :生憎、痛みは感じない体でね。


ナレ  :相変わらず無表情を貫く神楽のその姿は、何だか不気味で、
     けれどもいたたまれない、そんな感情が、神無の中には湧いてきていました。


神楽  :…あぁ、折角攫ったのに奪われてしまったね。

神無  :あ?…あー、さっきのガキか。

神楽  :九尾の妖狐の癖に、娘一人も守れないのかい、君は。

神無  :あっ、俺のせい?

神楽  :当たり前だろう。

神無  :えぇ…俺より神楽様のがつえーじゃん…。

神楽  :…はぁ…、君は本当、頼り甲斐というものがないな…。

神無  :そんなくっそ冷めた目で見てくんのやめてくんない!?
     奪われたんなら、もっかい攫いに行きゃ良いだろ!!


ナレ  :すっかり繋がった腕を動かしながら、神楽は再び社がある方角へと向き直りました。


神楽  :そうだね。どうやらもう、話し合いで解決するのは難しいようだから…。
     ―――…次は、少々手荒に行っても問題ないかな。


ナレ  :ぼう、と鬼火が灯り、同じように揺らめき光る神楽の瞳を見て、
     神無はゾワリと尾を逆立てるのでした。



 ***



金華猫 :…ここまで来れば、もう邪魔は入らぬじゃろう。


ナレ  :桜を捕らえ、再び贄として己の手中に収めた猫神ねこがみは、神楽達から大きく距離を取り、
     村々を取り囲むように建てられている祠の前へ、桜を乱暴に放りました。


金華猫 :…さて、どうしてくれようか。

桜   :っ……!!

金華猫 :「贄になるのが嫌」、か。
     先程は随分な我儘を豪語しておったのぅ?

桜   :我儘って、そんな…!

金華猫 :我儘であろう?仮にお主が生き延び、
     家族の所に戻ったとして、温かく迎え入れてもらえると思っておるのか?

桜   :…それは……。

金華猫 :仰々しく豪華に見送って、
     村の為に身を捧げたはずの娘が、のうのうと生きて帰って来た。
     父親としてはそれはそれは喜ばしいことであろうが、
     村長としての面子は丸潰れではないのか?

桜   :……。

金華猫 :そうなれば最悪、家族全員村八分、という事も有り得るのぅ?
     この村周辺は大層な田舎、外部の町や村へ移動する事自体がまず難しい。
     そんな中、家族全員で大移動など可能なのかえ?
     お主の所は確か、もう体も不自由になりつつある老婆がおったはずじゃが…。
     老体を引き連れて遠い遠い町まで移動し生きていけるのか、わらわはとっても心配じゃ…。

桜   :…っ……。(息を呑む)

金華猫 :ありゃま、泣かせてしもうたか?まだ年端もいかない娘をいじめすぎたかのぅ…。
     …くくく…どれ、可愛い泣き顔を見せてくれぬか?

桜   :……いわよ…、

金華猫 :…何?

桜   :ふざけんじゃないわよ!!


ナレ  :俯いて肩を震わせていた桜ですが、顔を上げたかと思いきや、
     突然猫へ向かって声を張り上げたのです。
     大人しかった桜が豹変した事に猫は驚き、思わず尾を逆立てました。


桜   :さっきから黙って聞いてれば、人を馬鹿にして…!!
     今までこんな神様を信仰していたなんて、信じられない!!
     あたしが家に戻れば家族に迷惑をかける事なんて、そんなの端からわかってるわよ!!

金華猫 :…何じゃ。わかりきった事を言われて頭に来たのか?

桜   :それもあるわようるさいわね!!…そうなる事くらい、簡単に想像出来る。
     …なら、あたしが贄になったと見せかけて、この村を出るだけだわ。

金華猫 :……は?


ナレ  :あまりに突拍子もない桜の発言に、猫は思わず気の抜けた声を上げてしまいました。


桜   :こんな村出てってやるって言ってるの!
     人を食いたがる神様に守られている村に住み続けるなんて、御免だわ!
     そもそもあたし、大人になったらこの村を出ようと考えてたんだから、
     それがちょっと早まったってだけよ!

金華猫 :…お、お主、村長の一人娘じゃろう。そんな事許される訳、(遮られる)

桜   :その一人娘をこうして猫に食わせようとしてるんなら、
     もうあたしには関係ないことだわ!!


ナレ  :先程まで怯え切っていた少女はどこへやら、
     啖呵を切って叫ぶ桜を前に、猫はただただ困惑するばかり。
     威厳のある猫神を演じていたはずなのに、その象徴である猫耳は感情を表して、
     後ろへと垂れてしまっていました。


桜   :あたしはあんたに食われる訳にいかないの。
     神様だか何だか知らないけど、あたしにはこの先楽しい事が沢山待ってるの!
     あんたの思い通りになんて、なってやらないから!!

金華猫 :……、はっ…ただの人間の小娘風情が生意気な…。
     生き延びれると思っているのなら、さっさと逃げるが良い。
     この妾の爪と牙から逃げられるのならなぁ!!


ナレ  :地を蹴り、猫が鋭い爪を、牙を桜へと伸ばします。
     思わず目を瞑った桜ですが、その瞬間、頭上から声が降ってきました。


神無  :あっはっは!!
     何だよさっきまでビビッて縮こまってた癖に、意外と度胸あんじゃねぇか!!


ナレ  :思わず桜が空を見上げた時。ふさふさの尾が見え、目の前へ神無が華麗に着地し、
     どこからともなく現れた刀で猫の爪を弾き、猫は後方へと後退りました。


神無  :威勢の良い女は、嫌いじゃねぇなぁ?

桜   :あっ…えっと、キツネの人!!

神無  :変な呼び方すんじゃねぇ!!俺の名前は神無だ、か・ん・な!!

神楽  :人の顔の近くでギャアギャア騒ぐんじゃないよ。

神無  :いててててて、耳を引っ張るな耳を!!


ナレ  :肩に乗っていた神楽に耳を引っ張られ悶絶している姿に、桜は思わず笑みが零れました。
     この二人ならきっと力になってくれる。
     その予感と信頼が桜の心に火を灯し、勇気づけてくれているようです。


金華猫 :……何なのじゃ…突然現れたかと思えば、妾の邪魔ばかりしおって……。


ナレ  :一方、神無に弾き飛ばされた猫は怒りに震え、
     先程より濃度を増した瘴気を体から吐き出すようにしています。


神無  :…神楽様よぉ、ありゃあ…。

神楽  :嗚呼。……もう随分、穢れが溜まってしまっているね。

金華猫 :人の子はいつもそうじゃ!!勝手に妾の心を乱し、ぐちゃぐちゃにする!!
     妾は神だ…神だというのに……何故、どうして…こんなに苦しくて堪らないのじゃ…?


ナレ  :地面に蹲り、苦し気な声を漏らした瞬間。
     瘴気は猫の体を覆い隠してしまいそうになる程、密度と量を増していきました。
     すると神楽は神無の肩から降り、ゆったりとした足取りで猫の傍へと近寄ります。


神楽  :猫神よ。あなたをそうまで苦しめる原因は、一体何なんだ?

金華猫 :……。

神楽  :君の体と心は、もう限界だろう。どうかその心の内を、明かしてはくれないか。

金華猫 :…っ……!!


ナレ  :神楽の優しい声色に、猫は先程と打って変わって、怯えるように俯きました。
     そしてポツリ、ポツリと、呟くように言葉を紡ぎます。


金華猫 :……数百年前の、話じゃ…―――



 ***



金華猫 :なんじゃお主、迷子か?


金華猫M :数百年前の、確か、夏頃の事。今でも記憶は鮮明に思い出せる。
     もうすぐ陽が落ち、暗くなろうという時に、どこからかすすり泣く声が聞こえた。
     村の外れの森深くに、泣きじゃくっている男児がおった。
     どこかで落としたのか、草履は脱げ、衣服も泥塗れじゃった。


瑞樹/幼:ぐすっ…ひっく…お姉ちゃん、だぁれ…?

金華猫 :わらわ金華猫きんかびょうという。
     この森の近くに住んでいる者だ。

瑞樹/幼:…き、きん、か…?

金華猫 :きんかびょう。金色の華の猫、じゃ。

瑞樹/幼:こんじきの、はな…。

金華猫 :うむ。

瑞樹/幼:じゃあ、ハナ姉ちゃん…?

金華猫 :おや、随分略してくれたのぅ。まぁそれで良い。
     して、お主はどうしてこんな所で泣いておるのだ?

瑞樹/幼:…お父さんと喧嘩して…家を飛び出してきたの。
     それで森の奥まで来たんだけど…道に、迷っちゃって…。(どんどん涙声になり)

金華猫 :嗚呼これ、それ以上泣くでない。
     安心せい、この妾が直々に村まで送ってやろうではないか。

瑞樹/幼:ほ、ほんとう?

金華猫 :うむ。じゃから、泣くのは終わりじゃ。歩けるかえ?

瑞樹/幼:うん…ありがとう、ハナ姉ちゃん!


金華猫M :それが、少年…瑞樹との出会いであった。
     泣いていた少年を村まで送り届けたのは、村の守り神としての責務を全うしただけ。
     その行動自体に特別な感情などなかった。
     けれども出会いはきっかけとなり、無情にも悲劇の幕は上がってしもうた。

     瑞樹を送り届けたその翌日。懲りもせずまた彼奴あやつは森までやってきおった。


瑞樹/幼:おーーーい!!ハナ姉ちゃーーーん!!

金華猫 :…何じゃ、昨日の鼻垂れ小僧。性懲りもせずまた迷子かえ?

瑞樹/幼:ちっ、違うよ!今日はお礼を言いに来たの!

金華猫 :そりゃあ嬉しいことじゃが…また迷われても敵わぬのぅ。

瑞樹/幼:森の奥まで行かなかったら迷わないよ!!
     …もう!折角持ってきたお礼あげないからね!

金華猫 :む、それは聞き捨てならんな。どれ、何を持ってきたんじゃ?

瑞樹/幼:ぐえっ!!い、いきなり襟引っ張らないでぇ!!
     ……ほら、これだよ。

金華猫 :ほほぅ、魚か。

瑞樹/幼:僕のお父さん、村長さんなんだ。
     村の人達からよく食べ物もらってて、家にも沢山あるから…。
     ハナ姉ちゃん、猫さんなんでしょう?だったら、魚あげたら喜ぶかな、って…。

金華猫 :…ふふ、何じゃ、随分妾の事を考えて選んでくれたのじゃな。

瑞樹/幼:だって、お姉ちゃん助けてくれたから…!
     あの時本当に怖くて、ボクに声をかけてくれたお姉ちゃんは、神様みたいだったんだ…。

金華猫 :…は?

瑞樹/幼:え?

金華猫 :……気付いておらんのか、この小僧。

瑞樹/幼:な、何?ボク、変な事言った?

金華猫 :…いいや、こっちの話じゃ。
     それはさておき、お主名は何と言うのじゃ?

瑞樹/幼:み、みずき!

金華猫 :では、瑞樹。この供物は有り難く頂くとしよう。
     じゃが、この社へはもう来るな。また迷っても、妾は助けてやらんからの。

瑞樹/幼:こんな森の入り口じゃ迷わないってば!

金華猫 :それでも。ここはこの村の守り神をたてまつる大切な場所じゃ。
     そう易々と来る所ではない。ほれ、帰った帰った。

瑞樹/幼:うわっ、きゅ、急に風が…!!
     ……ってアレ…ここ、社に続く階段……。
     ボク、さっきまで社の目の前にいたのに…。


金華猫M :妾の力で勝手に移動したとは露知らず、其奴そやつはポカンとした阿呆面で、
     しばらく立ち尽くしておった。そこから大人しく帰路についたのを見て、妾も社へ戻った。

     …しかし、瑞樹の馬鹿さ加減は、この後から片鱗を見せ始めたのじゃ。


瑞樹/幼:ハナ姉ちゃん!

金華猫 :……。

瑞樹/幼:こんにちは!今日はね、海の魚を持って来たよ!
     お姉ちゃんは海って見た事ある?なんでもすっごく大きな水溜まりで、(遮られる)

金華猫 :お主。

瑞樹/幼:もう、ボクの名前は瑞樹だって。

金華猫 :馬鹿なのか?

瑞樹/幼:えぇ〜?あはは、割とまぁ…言われるかも?

金華猫 :何を照れ臭そうにしておる。褒めておらんぞ?
     …ここへ来るなと言ったであろう?

瑞樹/幼:うん、言ってた。

金華猫 :ならば何故、また来たのだ?

瑞樹/幼:だって、ハナ姉ちゃん、寂しそうな目してた。

金華猫 :…ほう、この妾がかえ?

瑞樹/幼:うん。
     …お姉ちゃん、ずっとここに一人でいるの?

金華猫 :そうじゃの。もうずっと、一人じゃ。

瑞樹/幼:寂しく、ない?

金華猫 :……、寂しい、という感情がいまいちピンと来ぬ。
     人は寂しいとどうなるのじゃ?

瑞樹/幼:うーんと…胸の辺りが、きゅーって切なくなる…かな。

金華猫 :…なるほど、胸の辺りが…。

瑞樹/幼:…ボクね、本当はお姉ちゃんがいたの。とっても優しくて、ボク、大好きだった。
     …でもお姉ちゃん、去年病気で死んじゃった。

金華猫 :…それは、辛いな。

瑞樹/幼:うん…それからずっと、胸の辺りが苦しいの。
     こんなんじゃ、お姉ちゃんに笑われちゃうのにね。

金華猫 :仕方あるまい。人の子は、あまりに脆い。

瑞樹/幼:…?ハナ姉ちゃんは、人間じゃないの?

金華猫 :今更何を言っとるんじゃお主は。

瑞樹/幼:…えぇ!?その耳とか尻尾はシュミでつけてる作り物じゃないの!?

金華猫 :そんな変態趣味ある訳なかろう!!

瑞樹/幼:いでっ!!ゲンコツすることないじゃんー!!


金華猫M :文句を言いながらも楽しそうに笑う瑞樹を見て、
     不思議とどこか、胸が暖かくなる感覚があった。
     元々神に感情というものは、個体差はあるだろうが必要最低限にしか存在しない。
     けれども妾のように、人と関わり合う事で、変化が生じる者も少なくはないようじゃった。

     それから、瑞樹との交流は絶える事なく続いた。
     どこかに寂しさを抱えていた妾と、姉を亡くした痛みを忘れられない瑞樹。
     互いに互いを拠り所にして、傷を舐め合うかのような、そんな関係じゃった。
     共に魚を釣り、共に村人へ悪戯を仕掛け、共にじゃれ合う。
     特別な事をしている訳ではないのに、そんな時間がとても楽しく、幸せだった。

     数年が経ち、瑞樹は小さかった背もいつの間にか妾より高くなり、随分男前へと成長した。
     全く容姿が変わらぬ妾を見て、瑞樹は改めて妾が人でないと認識していたようじゃった。
     …ただ、人でないことは知っていても、この村の守り神である事は明かせていなかった。


瑞樹  :ハナー!!

金華猫 :何じゃ、また来たのか…暇さえあれば足繁あししげく来おって…。
     いい加減、この年寄りと話すのは飽きぬかえ?

瑞樹  :全然?ていうか、ハナこそ若者の相手疲れない?

金華猫 :はっ、お主なんぞ、妾から見ればまだ赤子のようなものじゃ。
     赤子なんぞの扱いは慣れておるよ。

瑞樹  :へぇぇ……って、誰が赤ん坊だ!そろそろ子供扱いはやめてくれって。

金華猫 :ふん、もうあと数十年経ってからじゃの。

瑞樹  :…本当に赤ん坊の扱い、得意なのか?

金華猫 :ん?あぁ、そもそも普通、村人に妾の姿は見えぬからの。
     赤子や子供なんかは見えるようだから、
     過去に何度か相手をした事がある、というだけよ。

瑞樹  :ふーん…あのハナが、子守りねぇ…。

金華猫 :何寝惚けた事を言うておる、お主も出会った頃は子供だったじゃろう。

瑞樹  :あ、そっか。あはは!

金華猫 :全く…おつむも赤子では手に負えぬぞ…。
     ……時に、先程から何を隠しておるのじゃ?

瑞樹  :えっ!?あ、あー、うん…えーっと…。

金華猫 :何をもじもじしておるのだ。
     ……まさか、その年になってまだ寝小便の証拠隠滅を手伝え、などと申さぬよな…?

瑞樹  :んな訳ないだろ!!
     …ほ、ほら!!これやる!!

金華猫 :む…これは、薔薇そうびかの…?

瑞樹  :バラだよ、バラ。ハナ、見た事ないだろ?
     都会の花屋なんかでは定番らしくて、花屋の子が教えてくれたんだ。
     何となく、ハナに似てるな…って思って。

金華猫 :ほぉ……む、これは棘があるのだな。

瑞樹  :え!花屋の子から棘は処理してもらったはずなんだけど…!
     ああ、そこだけ残ってたのか…ごめん。

金華猫 :お主が謝る事ではない。…なるほど、棘を持つ花、か。

瑞樹  :…ほ、ほら、綺麗な物には棘がある…って言うでしょ?

金華猫 :っ…!!言うようになったではないか。


金華猫M :傍から見れば、それは恋人同士のやり取りにも見えなくはなかったであろう。
     しかし互いに恋愛に疎く、幼過ぎた妾達は、
     そこから先へ進む事もなく、ぬるい関係が続いていった。

     けれど、立ち止まり続ける事は許されなかった。
     どういった結果になろうと、先へ進まねばならぬ日が来たのだ。
     それはあまりに突然、訪れた。


瑞樹  :…ハナ。今日は、大事な話があるんだ。

金華猫 :どうした?また母上殿に怒られたのか?

瑞樹  :いつまでその話してるんだよ…そうじゃなくて、(遮られる)

金華猫 :確かに、お主はいつまで経っても村長らしくならぬからのぅ…。
     このままでは父上殿も、安心して次期村長を任せ、(遮られる)

瑞樹  :真面目に聞いてくれよ!

金華猫 :!!
     ……すまぬ。茶化し過ぎたな。

瑞樹  :っ……。

金華猫 :…そんな泣きそうな顔をするでない。お主、男じゃろう?

瑞樹  :…見合いの話が、来たんだ。

金華猫 :……、それで?

瑞樹  :俺は、次期村長だ。俺もまた、次の世代へと村の道標を、残さなくちゃならない。
     …意味はわかるだろ?

金華猫 :嗚呼、わかるぞ。
     …じゃが、お主は何故そんなにも苦しそうにしておるのだ?
     嫁が決まり、家庭を持つ。それは幸せな事ではないのか?

瑞樹  :…俺が!!何でこの数年ハナの傍にいたと思う!?
     どうしてこうまでして、ハナの所へ通い続けてたと思うんだよ!?

金華猫 :っ!!

瑞樹  :…俺はずっと、ハナの事、(遮られる)

金華猫 :やめよ。

瑞樹  :っ…ハナ、

金華猫 :言うでない!!

瑞樹  :……。

金華猫 :…言うな。言えばきっと、余計に辛くなる。

瑞樹  :…俺、どうしたら良いんだ…。

金華猫 :……、瑞樹自身は、どうしたいのじゃ。

瑞樹  :好きでもない奴と、結婚なんてしたくない!
     でも、俺は次期村長だ…こんな我儘は言ってられない…。
     見合いの話が出た以上、すぐに話は進む…。

金華猫 :ならもう、答えは出ているではないか。

瑞樹  :…ハナは、平気なのかよ。

金華猫 :…妾は…。

瑞樹  :……。

金華猫 :…妾は、人ではないからな。

瑞樹  :……じゃあ、そんな悲しそうに笑うなよ。

金華猫 :……。

瑞樹  :…ごめん。そんな顔させてんのは、俺のせいだよな。

金華猫 :謝る事ではない、仕方のないことじゃ。

瑞樹  :…ハナ、今からでも遅くない。俺と一緒に村を出よう。

金華猫 :瑞樹…?

瑞樹  :村を出て、一緒に暮らすんだ。
     ハナが人間じゃなくても関係ない、二人で一緒にいればきっと上手く行く。
     この辺りは田舎中の田舎だけど、遠くまで行けば町だってある。そこで、俺と暮らそう。

金華猫 :…無理じゃ。

瑞樹  :っ…俺が頼りないからか?確かに情けない所ばっかりだけど、俺…!
     ハナへの気持ちは、(遮られる)

金華猫 :瑞樹には、ずっと言っておらぬ事があるのじゃ。

瑞樹  :え…?

金華猫 :妾が人でない事は、もうずっと前から知っておろう。
     しかし、どういう存在かという点については、ずっと言っておらんかったはずじゃ。

瑞樹  :え…あ、あぁ…確かにそれは、ずっと知らないままだった。
     だけど、それは今関係ない話だろ?

金華猫 :…お主、次期村長なのじゃろう?この村に纏わる神話を、聞いた事はないのかえ。

瑞樹  :神話……って、
     あの、この村を守ってるっていう猫神ねこがみ様の…、……!!(何かに気付いたように息を呑む)

金華猫 :…そう。妾こそ、この村の守り神じゃ。
     守り神である以上、この村からは出られぬのじゃ。

瑞樹  :そん、な……。

金華猫 :…今まで黙っていて、悪かった。

瑞樹  :っ…守り神なんて、辞めてしまえばいいじゃないか!!

金華猫 :勿論、そうする事は容易だ。…けれど、見捨てた瞬間この村の平和は終わる。
     他の村や町から隔離された場所では、
     疫病や飢饉が舞い込めば一瞬で混沌に包まれるじゃろう。
     …そんな終わり方をして、お主は本当に良いのか?

瑞樹  :…そ、それは…。

金華猫 :…いつも悪態をついておるが、母上殿の事も、父上殿の事も。
     お主は大切に思っているはずじゃ。そんな別れ方は嫌じゃろう?

瑞樹  :……っ…。

金華猫 :……。

    間

金華猫 :…瑞樹。顔を見せてくれぬか。

瑞樹  :……、ハナ…!

金華猫 :…辛いのは、お主だけではない。

瑞樹  :わかってる……ハナはきっと、俺以上に辛い…。

金華猫 :…大丈夫じゃ。お主は、前に進める。

瑞樹  :…ハナ…?

金華猫 :最初は違和感があるだろうが、じきに慣れるはずじゃ。

瑞樹  :ハナ、何の話をしてるんだ。

金華猫 :…瑞樹。お主は幸せになるのだぞ。

瑞樹  :何だ、これ…視界が、揺らいで…!!
     っ…嫌だ!!ハナ!!


金華猫M :妾が施したのは、瑞樹の記憶の改変。
     妾に関する記憶を根こそぎ奪い、耳飾りにある鈴の一つに封じ込めた。


金華猫 :…さようなら、瑞樹。


金華猫M :それが、瑞樹との思い出の、一番最後の記憶。

     それからは陰から瑞樹を見守る日々であった。
     予想していた通り最初は記憶の欠落に戸惑っていたようじゃったが、
     時が流れるにつれ、違和感はなくなったようじゃった。

     瑞樹が幸せに暮らしている。それは、何よりも嬉しい事であった。
     しかし瑞樹は人間。妾の生きる時間の中で、ほんのひと時の寿命しか持たない。
     また瑞樹は、妾からもっと遠くへ……天へと召されていった。

     それを知ってからは、心にぽっかりと穴が開いたようじゃった。
     その虚無感は痛みへと変わり、日に日に痛みは増すばかり。


金華猫 :…何故、妾は神なのじゃ?どうして人として産まれなかった?
     人の幸せを願い、その力を振るうのが神の役目だ。
     …しかし、幸せを願った神自身は、幸せになれるのか?

     ……乾きが、癒えぬ…。何を食うても、飲もうとも、満たされぬ…。
     …あれから何十年、何百年経った…?
     まだ、痛みは消えぬのか…?妾はいつまで、この痛みに耐えれば良い…?


金華猫M :社に引き篭もり、塞ぎ込んでいた時じゃった。
     『人間なぞ、食ろうてしまえ』と、声がしたのは。
     溜まった穢れは、まるでもう一人の妾であるかのように語り掛けて来た。

     …それから後の事は、良く覚えておらぬ。
     ただ聞こえた声に従い、己の欲望のまま動いていた。
     …そうしている間は、何故か気分が良かった事だけ、覚えている…。



 ***



神楽  :…なるほど。そういう経緯があった訳だね。

金華猫 :……。

神楽  :長い時の中で苦しみ続けた結果、君は自らが生み出した瘴気に呑まれてしまった、と…。
     人を食わなければ鬼にはならないが、今のままでは君は神の座から降ろされ、
     ただの妖怪に成り下がるだろう。

桜   :え…?どういうこと?
     人を食べなければ大丈夫なんじゃ…。

神楽  :残念だけど、それだけでは問題解決にはならない。
     金華猫自身が、己の気持ちに折り合いをつける必要がある。
     尚且つ、この瘴気を祓う事も不可欠だ。

金華猫 :…もう良いのじゃ…。この感情全てを抱えて、わらわがこの村から立ち去る。
     それも解決方法のひとつであろう。

神楽  :勿論そうだけど…。
     …けれどそうすると、この村はきっともう持たないよ。

金華猫 :……。

神楽  :元々この村は金華猫の加護があったから、今まで成り立って来た。
     その金華猫が村から去れば、今以上の災厄が訪れて、たちまち村は滅ぶだろう。

桜   :そんな…!!

神楽  :…金華猫、それは君も望んでないはずだ。

金華猫 :…ではどうしろと?このまま村にいた所で、妾はまた贄を欲するだろう。
     ここの村人全員を食らい尽くしてしまう前に、さっさと立ち去るべきであろう。


ナレ  :どう動く事が一番最善となるのか、それぞれの意見を述べますが、
     いずれも誰かが何かを抱えてしまう。
     互いに譲らない状態に、金華猫は溜め息を漏らしました。
     その猫耳に飾られている大きな鈴が揺れ、綺麗な音が響きます。

     それを見た神楽は、何かに気付いたようにその真紅の瞳を見開きました。


神楽  :…そうだ、その手があった。

神無  :あ?どうしたんだよ、神楽様。

神楽  :金華猫、君が話してくれた中に、瑞樹とやらの記憶を封じたとあったが…、
     その記憶を封じた鈴はまだあるのかい?

金華猫 :…ある、が…それがどうかしたのかえ?

神楽  :その鈴、私に譲ってもらえないか。
     悪いようにはしないと約束しよう。

金華猫 :……、良いだろう。


ナレ  :金華猫はそっと組紐を解き、飾られていたきらきらと輝く大きな鈴を、神楽に渡しました。


神楽  :これを触媒にすれば、きっと……あとは…。(桜へと視線を移す)

桜   :…!?な、何!?あたし?

神楽  :そう。君にも頼みがある。
     女の子にこんなことをお願いするのは、あんまり気が進まないんだけれど…。

桜   :…何するのかわかんないけど…でも、やるよあたし!!
     神楽さんはあたしを助けてくれたもの。あたしに出来る事なら、力になりたい!

神楽  :…ふふ、ありがとう。では、お願いの内容だけど…、
     君の血を、私に少し分けてくれないか?

桜   :あたしの、血?

神楽  :ほんの少しで良いんだ。人体に影響が出る程は必要じゃない。

桜   :そ、そう…それなら、全然いいよ、分けても。

神楽  :感謝するよ。


ナレ  :にこりと笑う神楽は、そのまま桜へ手を伸ばしたかと思うと、
     自身の瞳にまた、鬼火を灯しました。
     訳もわからずただぼう、と見ていた桜の周囲に、突然赤い液体が宙を漂い始め、
     それはやがて集まり一つになっていきます。


桜   :な、何これ…!?

神楽  :君の血だよ。傷が残ったりしてはいけないから、
     私の力で体に傷を付けずに、血だけを貰ってる。

桜   :へ、ぇぇ…便利…?な力ね…?


ナレ  :一つへ集まった血はそのままふわふわと浮遊し、神楽の手の中へ漂います。
     神楽がその血を握り締めた瞬間、
     体から光が溢れ、今度は周囲に光の粒子が輝き始めました。


桜   :…綺麗…。


ナレ  :幻想的な景色を前に、思わず桜はそう呟いていました。
     金華猫と神無は、そんな二人の様子をじっ、と見つめ、
     神楽の行動をただ見守っていました。


神楽  :『―――ことわりよ。我が声に身を委ね、従い、形となれ。
     望むは封じられし記憶の持ち主、古き時間の中に取り残された者。
     我が神楽の名をもって命ず。輪廻の赤い糸を手繰り、今ここに顕現せよ』


ナレ  :神楽が声高らかに言葉を紡いだ瞬間。
     辺りは一層眩い光に包まれ、全員の視界は真っ白になりました。
     …光が収まり、再び目を開けた時。多くの者が息を呑みました。


金華猫 :…みず、き…?

瑞樹  :ハナ…?


ナレ  :そう、突然数百年前のこの村の長…瑞樹その人が現れたのです。
     戸惑いつつも互いを呼び合う二人の傍ら、桜と神無はポカンと口を開けておりました。


神無  :嘘だろ…云百年前うんびゃくねんまえに死んだ人間をこんな簡単に降霊させやがった…。

桜   :あ、あ、あの人、透けてる…!!ゆゆゆ幽霊…!?

神楽  :こら、静かにしないか君達。空気を読め。


ナレ  :ぴしゃりと神楽に注意され、二人は慌てて口を閉じました。

     長い時の末に再会を果たした一人の神と、一人の人間。
     双方共に言いたいことは沢山あるようで、けれども何から言えばいいのかわからない、
     という風に、互いに視線をあちらこちらへ泳がせていました。
     けれども瑞樹はぐっ、と拳を握り締め、閉ざしていた口を開きました。


瑞樹  :……ハナ、ごめん。ハナにばかり、辛い思いをさせて。

金華猫 :…良いのじゃ。妾こそ勝手なことをして、すまなかった。

瑞樹  :ハナは俺の事を考えてくれた上で、俺の記憶を奪ったんだ。
     それを責められるはずがないよ。

金華猫 :…本当か?本当に妾を責めぬのか?
     言いたい事があるのなら、好きなだけ言うてくれて良いのだぞ。

瑞樹  :……、わかった。


ナレ  :金華猫の言葉に一瞬目を見開いた瑞樹は、一瞬考え込み、そして小さく頷きました。


瑞樹  :…自分で勝手に全部決めて、一人で抱え込んで、
     正直神様の癖に何て不器用なんだって思った。

金華猫 :…すまぬ。

瑞樹  :記憶が消えて、俺…凄く怖かった。
     大事な事を忘れてるっていうのは、何となくわかってたから。
     けど、何やっても思い出せないし、
     そんなもやもやしたまま見合いの話は進んでいくし…。大変だったんだぞ。

金華猫 :……。

瑞樹  :…でも、結局は見合い相手にも恵まれてたし、村長になった後も、充実した毎日だった。
     …ハナのお陰で、俺はとっても幸せだったよ。

金華猫 :…っ……。

瑞樹  :ありがとう、ハナ。

金華猫 :…礼など、良いのじゃ。妾が勝手に、お主の幸せを願っただけなのじゃから。

瑞樹  :それでも。俺はハナに出会えて、とっても幸福だったから。いつまでも感謝し続けるよ。

金華猫 :…そうか。

瑞樹  :……、ハナは、俺に言いたい事、ないの?

金華猫 :…ある。沢山あるぞ。

瑞樹  :言って。俺だけ言って終わりってのは、不公平でしょ?

金華猫 :何じゃ、その屁理屈は。

瑞樹  :いいから、ほら。

金華猫 :……。

瑞樹  :……。

金華猫 :…何故、人の子とはこんなに儚いのか、と。改めて思ったよ。
     記憶を奪って、確かに辛かったが…まだ平気じゃった。
     けれどもお主が逝った瞬間、胸の痛みは悪化した。
     …どうして、お主たちの時計の針は、そんなに行き急ぐのか…。
     叶う事ならば、もっとお主の…瑞樹の傍に居たかった。
     妾の事を覚えておらずとも、言葉を交わす事が出来なくとも…。

瑞樹  :ハナ…。


ナレ  :今にも泣き出しそうに語る金華猫を見て、瑞樹もまた、泣きそうな顔をしました。
     そんな彼の顔を見た猫は、取り繕うように笑います。


金華猫 :…どうじゃ、しばらく見ぬ間に我儘になったであろう?

瑞樹  :…ごめん。

金華猫 :良いのじゃ、これで。こうしてまた話せた事で、妾の気は晴れた。
     …ありがとう、瑞樹。


ナレ  :まだ悲しみは残っているようですが、けれどもどこか吹っ切れたように言う金華猫に、
     今まで黙って見守っていた神楽が、そっと近寄りました。


神楽  :…金華猫、これを。


ナレ  :そっと差し出された小さな手の中には、ビー玉くらいの大きさの、
     光る球体がコロンと転がっていました。それが何かわからない猫は、首を傾げてみせます。


金華猫 :何じゃ、これは。

神楽  :君の願いを叶えるモノだ。

金華猫 :…妾の、願い…?

神楽  :君の望みを口にしてごらん。
     何でも良い、君が望むままに、言葉にするんだ。


ナレ  :突然言われた言葉に、猫は耳を疑います。
     戸惑いながらも神楽の促すままに玉を受け取り、両の手の平でそれを転がしました。
     そしてそれをそっと握り締め、願いを言葉へと変えました。


金華猫 :…瑞樹と共に、またこの村で過ごしたい。以前のように、ただ一緒に居たい。
     そして、今度は別々ではなく、二人で未来へ進みたい…!!


ナレ  :金華猫が願いを口にした瞬間、呼応するかのように、その光の玉は弾け、
     再び目の前の景色は光で溢れかえりました。
     きらきらと七色の光が輝いているのが、瞼を閉じていてもわかる程でした。

     光が収まり、全員目を開けます。するとどういう訳か、
     先程まで透けていた瑞樹の体は実体を持ち、その場にしっかり立っていたのです。
     しかし…―――


瑞樹  :なっ…何だこれえぇぇ…!!


ナレ  :瑞樹の頭には金華猫と同様に猫の耳、加えて尻尾までもが、
     お揃いと言わんばかりに生えていたのです。


神楽  :…ぷっ…あっははは!!

神無  :すげぇ、手品か何かか!?

金華猫 :こ、これはどういう事じゃ?

神楽  :君の願いが叶った結果だよ。
     まさか、こういう形になるとは…。(まだ若干笑っている)

金華猫 :だからと言って、どうして瑞樹に猫の耳が生えるんじゃ!?

神楽  :まぁ落ち着いて。ただ猫耳と尻尾が生えた訳じゃない。
     それは君にもわかるだろう?

金華猫 :う、うむ…。

瑞樹  :どういう事…?

神楽  :君は、つい先程までただの幽霊だった。
     だけど金華猫の願いによって、彼女の眷属けんぞくへ昇格したのさ。

瑞樹  :けんぞく…?

神楽  :言わば神様の御遣いみたいなものだね。

瑞樹  :な、なるほど…?

桜   :…ねぇ、つまりどういう事なのよ?

神無  :…神の遣いになったこの兄ちゃんは、猫の姉ちゃんと一緒に居られるようになった…
     ってことじゃねぇの?

桜   :…えぇ!!それって、すごいことじゃないの!?

金華猫 :本当に、妾の眷属に…?こんな都合の良い結末、にわかには信じられぬ…。
     何か制約や制限があるのではないか…?

神楽  :そういったものは特にないよ。安心してくれて良い。

金華猫 :しかし、何の代償もなしにこのような願いが叶う訳が…。

神楽  :代償なら、しっかり戴いたよ。

金華猫 :何…?妾は、何も…。

神楽  :…君が、鬼にならずにいてくれたこと。
     私はそれを阻止しにやって来たのだから、これ以上の対価はないだろう。


ナレ  :儚げに微笑む神楽を見て、金華猫は改めて、
     己がどれ程の事を行おうとしたのか、痛感したようでした。
     俯いて、悲しげにその猫耳を伏せるその姿は、まるで悪戯を叱られた猫そのものです。


金華猫 :…すまなかった。そして、ありがとう。
     妾を止めてくれて…妾の心を救ってくれて。

神楽  :礼には及ばないさ。
     …さて、一件落着した所だし…どうしようか、桜?

桜   :えっ…そ、そうね…うちに帰りたい、所だけど…。
     このまま帰るのはちょっと…。

金華猫 :案ずるな。その件に関しては、妾がどうにかしよう。
     再びお主の父上殿の所まで行けば、特に問題はないだろう。
     …お主にも、本当に悪い事をした。すまない。

桜   :わー!謝らないで!!
     あたしも神様相手にすっごい無礼な事言っちゃったし、おあいこよ!!

金華猫 :…ふふ、ありがとう。


ナレ  :和解した二人の姿を、神楽はとても嬉しそうに微笑みながら、見守っていました。
     そして金華猫の傍に、戸惑った表情でオロオロしている瑞樹が、恐る恐る声を掛けます。


瑞樹  :…ハナ。えっと…。

金華猫 :嗚呼、すまんすまん、置いてけぼりにして。
     …そして、妾の都合で縛り付けてしまって。

瑞樹  :いいんだ、そんなこと。気持ちは俺も、一緒だから。
     それに、かつて自分が暮らしていた村を見守って行けるなんて、結構楽しそうじゃないか?

金華猫 :ふっ…ただ見守るのも、楽ではないぞ?

瑞樹  :む、そっか。えーとじゃあ、ご指導お願いします。

金華猫 :良い心構えじゃ。


ナレ  :にこりと笑い合う二人の空気は、とても穏やかで、そして幸せそうです。
     そんな二人の傍ら、神楽は悩ましげに唸っていました。
     どうやら桜をどう安全に、尚且つ自然に家に帰すかを考えているようです。


神楽  :…うーん、話の展開的に、少しばかり桜は眠ったおいた方が、事が上手く行きそうだね?

金華猫 :そうだのぅ…そのままうちに帰すより、社の前で寝かせていた方がもっと自然じゃの。

桜   :ま、待って!


ナレ  :さあ桜を眠らせよう、という展開になった時です。
     とんとん拍子に話が進んで行くので、桜は内心大混乱でした。
     けれどもしっかり神楽へ向き直り、深々と頭を下げました。


桜   :本当にありがとう!あたしを、猫神ねこがみ様を助けてくれて…。
     あなた達はこの村の恩人と言っても、きっと過言ではないわ。

神楽  :よしてくれ…そんなつもりで助けたんじゃない。
     それに、君がいなかったら解決も出来なかっただろうから、
     私だけの功績っていう訳でもないさ。

桜   :それでも!!神楽さんが来なかったら、あたしきっと食べられてた。
     …あと、そこのキツネさんも。あたしを庇ってくれたし。

神無  :神無だっての。覚える気ないだろお前!
     俺ぁ弱いものいじめしてるのを見てらんなかっただけだ。

神楽  :このキツネが言う事はあんまり気にしなくていいよ。
     人語を理解しているかどうかも怪しいからね。

神無  :神楽様それは酷すぎない?俺一応九尾の妖狐なんだけど?

桜   :…ふふっ、何だかんだ二人って仲良しだよね。

神無  :何をどう見たらそういう認識になるんだ!


ナレ  :もうすっかり日は暮れて、星がちらつき始める頃。
     最後に神楽は金華猫にみそぎを施し、桜を眠らせて、
     後の事は金華猫に任せて村から立ち去ったのでした。



 ***



ナレ  :時計の針がゆっくり進んでいく中。
     街灯もない真っ暗な田舎道を、二人は互いに鬼火と狐火を灯し、
     それを頼りに帰路についていました。神楽は神無の肩に乗り、少し疲れた顔をしています。


神無  :…大仕事だったなァ。

神楽  :そうだね。でも、ここまで上手く行くとは思ってなかったよ。

神無  :……、神楽様、本当に鬼なんだな。

神楽  :…嗚呼、そうだよ。

神無  :何で今まで言わなかったんだ?

神楽  :聞かれなかったから、かな。

神無  :いや、普通そんなピンポイントで聞かねぇだろ。
     神楽様、何でずーっと被り物してんだろっていう疑問が、今日やっと晴れたぜ。

神楽  :一々私の事が気になるんだな、君は。ストーカーか何かかい?

神無  :誰がストーカーだ!!
     …何だ、その…恩人の事を知りたいと思うのはおかしいのかよ?

神楽  :…知らないよそんな事。私にそんな相手はいないからね。
     というか、まだ恩人だなんて思ってるんだね、君は。
     あれは私が勝手に助けただけで、別に恩を売ってる訳ではないって、
     何度も言ってるだろう。

神無  :その件に関しては、俺も勝手に恩返ししてるだけだって何度も言ったはずだぞ。


ナレ  :何故か互いに譲らない流れに、ついに二人は黙りこくってしまいました。
     けれど長い時間共に過ごした仲では、その沈黙に息苦しさはなく、
     どこか居心地の良ささえあるのでした。


神楽  :…混血だったこと、ちゃんと言った方が良かったのかい?

神無  :は?
     …いや、良いとか悪いとかはねぇけどさ…。

神楽  :何だ、どうせ言われても信じられないって感じの返答じゃないか。

神無  :うるせぇな!!確かにちゃんと伝えられたとしても、鵜呑みには出来ねぇだろうけど…。
     このご時世に鬼なんて珍しいんだから、しょうがねぇだろ!!

神楽  :何とも頭の悪そうな返しをどうも。
     …改めて言うが、そんなに恩を返したいと言うなら、好きにすれば良い。
     どうせ行く宛てもないんだろう?

神無  :人の事言えたクチかよ。

神楽  :そりゃそうだ。

    間

神無  :腹減ったなぁ…神楽様、何食いたい?

神楽  :何も食べたくない。帰ったらすぐ寝る。

神無  :まーたそんな事言って…ちゃんと食わねぇから大きくなれな、(遮られる)

神楽  :あー、鬼火が間違えて尻尾にー。(棒読み)

神無  :オイ、まじでふざけんな!!


ナレ  :緋色と天色あまいろ篝火かがりびが、二人の声に合わせて踊り、揺れ、煌めきます。
     皮肉を言い合っているだけなのに、二人はとても楽しげなのでした。

     二人の住処に辿り着くまでは、まだ少し時間がかかりそうです。
     頭上の空一面には、星々が見守るように輝いておりました。

     これは神楽達の物語の、ほんの序章に過ぎない、始まりのお話…―――



 ***



神楽  :さーて、来週の神楽さんは、(棒読み、遮られる)

神無  :コラコラコラー!!それアウト、完璧アウトだぞ神楽様!!

神楽  :一人の猫神ねこがみを救った神楽。
     また新たな命を救わんと、今日も優雅にネットサーフィン…。

神無  :無視すんな。ていうか、いっつも引き篭もって何やってんのかと思ったら、
     普通にネットサーフィンしてたのか…?

神楽  :さて次回は、
     「神楽、引き篭もり卒業」「まさかの家出娘、桜」「神無、尻尾数が倍になる」
     の、三本です。

神無  :タイトルがどれも不穏過ぎねぇか!?なぁ!?

神楽  :来週もまた見てくださいね〜。










2020/07/24

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