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ここへ来てどれ程を過ごしたか……はじめは夜を数えていたもの、途中から中々にスリリングなことが起こり始めたため数えるのを忘れていた。
それでも髪の伸び具合を見たところ、一ヶ月弱だろうか。
家に帰ったらお風呂に入って真っ先に美容院にいこう。
残念ながら手持ちになかったコーヒーも飲みたいしチョコだって食べたい。
ついそう言うことを考えてしまうが、考えると欲しくなってしまうから別のことを考えるようにしなければ。
考えを振り払うように軽く頭を降れば、パラパラと枯葉が落ちてくる。
ああ本当に、何てついてないんだろう……。
投げやりに空を見上げれば、今日はしっかり太陽が見える。
着替えを纏めて洗って干してきたのは正解だった。と、きっと今ならあの銀色のフワフワの事を言えないくらい死んだ目をしているだろう自分を笑いつつ、溜め息を吐いた。
深い深い穴の中で。
いやもう本当勘弁してください。ここに来てからある意味イベント続きで消化不良です。ゆっくりさせてください……
* * * * *
事の発端は洗濯物。
久しぶりにしっかりと晴れているためこの日を逃すまいと車の中に入っていたゴム手袋――恐らく車の掃除用にしていたと思う――をはめて、借りた着替えである着物類を丸洗いした。
洗剤は諦めていたが、食事をせびりに来たのかやってきた銀時が一度家屋へ入っていったと思ったら大量の衣類と石鹸を渡してきたのである。
「交換条件といこう。この洗濯洗剤を使いたかったらこっちの洗濯物も一緒に洗う。
そっちは洗剤を使えて綺麗になるし、こっちは俺がサボ……サボれて楽になる!」
「いや、言い直すなら下手でもいいから言い訳しなよ」
「どんな言い訳してもサボりかって目で見るくせによく言う」
「そりゃあそうでしょうまったく……洗剤は有り難く借りますけど全部なんてやりませんからね。半分です半分」
ブツクサ文句を言う銀時を横目にキッチリ半分……よりほんの少し多目に洗濯物をとり、黙々と洗い始めれば渋々ながら銀時も洗い始めた。
「それにしてもこんな量一人でやるつもりだったんですか?」
どんな罰ゲームだよと思いながら受け取った洗濯物の量を見てお昼までに終わるかと思うも、貴重な晴れ日、更に言えば冬場の日中は短い。終わるかじゃなく終わらせるしかないと洗う手に力がこもる。
「当番制ではあるけどな。俺の時は見て見ぬふりしてたらアイツらその分全部避けてんだよ。一緒に洗ったってそう変わんねーっつうのによぉ」
「完全なる自業自得だ……」
呆れた視線を送れば居たたまれなさがあるのか視線は合わなかった。
「ところでこの長い布って?やけに多いって言うか半分ぐらいこの布なんだけど」
「ああ、褌」
「ふん……!?」
男性用下着と言えばブリーフやトランクスを想像しがちで失念していたがそう言えばここは攘夷時代だから褌が主流か……!
「何固まってんだ?別に褌なんて珍しいもんでもないだろ」
「あー……私らの世界じゃ珍しい部類なんでちょっと衝撃を」
じゃあどんなのつけてんだ なんてズボンを下ろそうとしてきた銀時に肘鉄をお見舞いし、更に洗いかけの褌を投げつけてやれば大袈裟に悲鳴をあげた。
そうして大量の洗濯物と格闘し全てを干し終えたときには、最初に干した手拭い達が乾いていた。
もう少し干していてもいいのだが、冬は日が落ちるのもはやい。湿気ってしまうのも嫌なので早めに取り込もうと下ろしていたとき、急な突風により手に持っていたそれがひらりと飛ばされてしまった。
あ、 と思ったときには家屋の向こう側――軽い林のようになっている――にヒラヒラと飛んでいってしまっていた。
手拭い一枚ぐらいいいかとも思ったが、流石に借り物であるし最低限探さなければ。
銀時は洗い終えて早々に退散してしまったし、すでに風もやんだのだからそう遠くまでは行っていないだろうと近くの篭に手にしていた洗濯物を入れ、誰にも告げずに家をあとにした。
この判断が間違いだったわけですが……。
予想通り手拭いは林の中の木に引っ掛かってなくすことにはならなかったが、それに気をとられたのが運のつきなのか、自然にできたであろう穴に落ちてしまったのだ。
降り注ぐ土や枯葉が収まるのを待って上を見上げれば、予想に反して深さのある穴だったことに愕然とする。
身長は低い方ではないが、それでもまったく手が届かない。
登ろうと足を掛けるも崩れ落ちてしまい最後まで登ることはできなかった。
「自然の驚異半端ないな……」
そう呟いても当然返事があるわけもなく、登ろうとして疲弊した体では立っているのも億劫で、冷たい土に腰を下ろした。
* * * * *
そんなわけでそこからどれぐらい経ったのか……思い耽っていたらさっきまで上にあった太陽が沈みかけている。
流石に晴れていても季節は冬。
上着を着てはいるものの、冷たい土の穴の中にずっといたせいで体は冷えきっていた。
今ごろ里奈あたりが探してくれているだろうとは思うが、何分誰にも伝えずにここに来てしまったため、私がここに居ることを誰一人知らないわけで。
唯一の希望があるとすれば、私が洗濯物と格闘していたのを知っている銀時だが、飛ばされたものを追ってここまで来たと推理するのは流石に難しいか。
でも……
「銀さんがきてくれたらなぁ」
「呼んだ?」
つい口をついてでた無意識の独り言にまさか返事が帰ってくるとは思わず、空耳かと溜め息をつけば
「ちょっとひとみさーん。シカトはなくない?」
笑みを含んだその声につられるよう顔を上げれば、穴を覗きこんでいた銀時とばちりと目が合った。
「なんで……?」
行き先を告げないできたのに。わかるはずがないと思っていたのに。
「そろそろ干したヤツしまわねェとヅラの小言が飛んでくるなと思っていってみたらお前居ないし。
けど篭に下ろしたヤツ入れてただろ?そんな中途半端な状態で放り出さないだろうなーと思って他の奴等に聞いてみたらこっちに走ってくのを見たヤツがいたんだよ」
「それにしても、案外どんくさいのな。こんな穴に落っこちて身動きとれなくなってるとか」
ケタケタとからかうように笑う銀時に、いつもの調子で言い返すことはできなかった。
まさか続きで脳の処理が追い付いていない。
銀時が私が居ないのを気にして?向かった先を偶然見かけた人がいて?追っかけてきた?
漫画の世界かよと脳内で突っ込むも依然として口からは一言も言葉が出てこない。
「ほれ、何時まで座ってんの。ケツに根でもはったか?」
「なにそれ怖い」
そんな軽口に漸く返せたのはひどく単調なものだったが、それでも銀時は笑いながら手を伸ばしてくれた。
結局家に帰ったのは日が沈んでから。
里奈にたらふく文句を言われたものの、その表情はニヤニヤしていたので軽く謝る程度にとどめ、飛んでいってしまった手拭いを洗い直して私のツイてるんだがツイてないんだかな一日は幕を閉じた。
握った手
(触れたとき、じんわりとした熱が心地よかった)
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