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“わかってるくせに”
そう言って話を切り上げた私を銀時はずるいと思うだろうか。
ことこと
家事をしながら考える。頭の中はこの鍋の中身の様にグルグルと混ざりあいながらも出かける答えに蓋をする。
ここの住人が戻ってくるまでにできることと言えば少しの家事と治療道具作り。道具と言っても包帯が足りないと聞けば、未使用の手拭いを代用できるよう長く切りいつでも使えるようにするという簡単なこと。
ここで出来ることはそれぐらいしかないのだ。
本当は気付いている。
ここの裏手にある建物の存在を。そこでは医者が常駐し、重症者を診ている。 そう、伝え聞いていた。
それを聞いた時はそうなんですねと返し何も疑問に思わなかったが、今思えばこの鍋の様に蓋をして気付かないようにしていただけなのだと。
だからと言って、そこに行けば何かできることが増えるかと言われればそうではない。
治療の心得なんて精々指を切ったりすりむいたりした時に洗って消毒して絆創膏を貼るだけの、現代でごくごく一般的なそれ。
けれどここでの傷はそんなものでは補えないほど大きく、きっと適切な治療をする道具もない。当たり前だ。ここは病院ではなく、戦場なのだから。
一人、また一人と聞かなくなった声の持ち主は、今あそこにいるのだろうか。それとも。
いくら顔をみなくても、声だけは鮮明に残る。私がしていることは悪足掻きでしかないのだ。
噴きこぼれる鍋に意識を戻し蓋を取ろうと伸ばした指先にはねた熱は、じわりと広がり胸に燻るそれと重なって見えた。
* * * * *
「少なくなったと耳にしたので以前の様に包帯のストックをいくつか作ってあります。それからこっちは消毒用の綿。材料の問題でどちらも多くはないですけど、また手に入ればいつでも作るんで言ってください」
二日ぶりにここへ帰ってきた桂達を迎え、早速作った道具たちの報告をすれば近くにいた人がすぐさまそれをもって部屋を出ていく。きっとあちらへ持っていくのだろう。
「それから、向こうに食事を用意してあるんで皆さんでどうぞ。私達は既に食べてお風呂も済ませてますから気にせずゆっくり休んでください」
「すまない、助かる」
そう言った桂を残し部屋を出れば冷たい空気が鼻の奥をツンと刺激し、ぶるりと体を震わす。
これはまた雪が降りそうだと暖をとりに車へ向かえば、視界の端に揺れる銀色。それはふらりと井戸の方へ向かっていた。
「こんな所にいると凍え死にますよ」
「ひとみか」
「……なんか、こないだと逆ですねぇ」
クスリと笑って見せれば、そうだなと銀時もつられる様に笑う。
そうして以前私が引き上げるのを苦労した井戸水を銀時は簡単に救い上げ、足元に置いていた桶にその中身を移し替え、おもむろに手を突っ込んだ。
「うっわそれは冷たい。何やってんですか向こうでお風呂に入ればいいでしょうに」
「そうしたいのは山々だが流石にこれを風呂で落とすとヅラがうるせェんだよ。ったくあいつはかーちゃんかっつの」
「かーちゃんじゃない、桂だ!」
「ぶはッ 似せる気無いにも程があるだろ……!!」
つい反射的に桂お決まりのネタをさらっと披露してみたが、お気に召したらしくゲラゲラと腹を抱えて笑っている銀時を改めてまじまじと見れば、至る所が真っ赤に染まっておりそれは確かに怒られると納得した。
「なんというか、バケツひっくり返したんじゃないかってレベルですね……」
「……怖いか?」
「いや、別に怖いというより洗濯が大変だろうな、と」
爆笑はどこにいったのか、探るような目でこちらを見やるので一先ず頭に浮かんだことをそのまま口にすればポカンとされる。
これは先日の事を気にしてくれているのだろうか。もしそうなら……
「血とか、天人と戦ってるとかそう言った理由で怖いと思うことはないんですよ。真っ赤な様子を気にする時は本人が大きな怪我をしていないかを心配してるんです。ただ銀さんは強そうなんでその辺の心配は無用でしょうけどね」
「えー。てことはひとみは俺の心配してくれないのか銀さん悲しくて泣いちゃうー」
「あからさまに嘘泣きなうえ仕草があざとくてイラっとするのでやめてください」
「辛辣!!」
いつもの様に軽口をたたきあいながら、どこか安心したように見える銀さんはどこまでも優しい。
先日の一件から何を感じたのか、戦場に関することを私達の前で言うことはなくなった。その場に居合わせてもそれとなくそらしてくれるので里奈が何かと理由をつけて戦場に行こうという機会すらそうないので大変助かっている。
それでも、いい加減向き合うべきだと。昼間におった指先の火傷がじわりと燻る。
「銀さん。私、行きたいところがあるんです」
* * * * *
ジャリっと踏み込んだ地面を鳴らしてきたのは裏の家屋。
目と鼻の先の距離なはずなのに何度も気温が低く感じ、思わず震える肩。
今まで気付かないふりをしてきたそこには、無数の十字架。
それに括られたものは、本人達の物なのだろう。ボロボロになり、色が変わり。それでも肌身離さず持っていた本人の証。
そのうちの一つに、見覚えのあるものを見つけてそこにへたり込む。
それは、そのお守りは……
「お兄さん……ッ!」
既に酸化してしまったであろうそれは濁りを帯びた茶色に変色し、元の綺麗な青が見えるのはほんの一部だけ。
それでも、それはまさしく以前車を戦場へと走らせる、皆を守ろうと考えたきっかけになったお兄さんが首から避けていたものだった。
ボロボロととめどなく溢れるそれを止めることはできず、ただ叫びたくなる声をこらえることしかできずに地面に縋りつくかのように蹲る。
守れたはずだった。あの時は。
車で飛び出していったものだから後から怒られてしまったけれど、それでもありがとうと確かに言われた。
なのに、
「何度も会話したんです。このお守りも、彼女からなんでしょって里奈と揶揄ったりして。見張りをしてくれてた時から何度も、何度も……だけど、覚えてないんです……お兄さんの顔、どんな風に笑ってたのか、怒ってたのか……そこに居たはずなのに、覚えてない……ちがう、ちゃんと見てこなかったから……ッ
お兄さんの顔、思い出せない……!!!」
言葉にすれば次々とこぼれだすそれは徐々に音量を増し、最後には叫びの様に振り絞るけれど、それは振り出した雪に消され辺りを静まり返らせる。
「怖かった。ここは戦場だから。仲良くなっても死んでしまうかもしれない。だから、顔を見ないようにしてたのに……これじゃあまったく意味なかったなぁ……逆に、覚えてないことでこんなに苦しいなんて本当、どうしようもない……っふ、ぅ……うぅッ……」
「……だから、覚悟決めたんだろ。
今まで通りにしてりゃ苦しまずに済んだかもしれねェのに、お前は向き合うためにここに来た。
どんなに辛くて苦しくなっても、腹括ってここに来る覚悟ができたなら、これからしっかり向き合っていきゃいいじゃねェか。そうすりゃコイツらだってうかばれるってもんだろ」
ぽん、と頭に置かれたそれは、次第にかき混ぜるように乱暴なものへと変わったが、それでも温かいその手温度が余計に涙腺を刺激して、枯れてしまうんじゃないかと思う程わんわん泣いた。
そうして幾分かスッキリした頭で、お兄さんの前に手を合わせる。
「今度は花、持ってくるから」
待っててね。そう言って銀時とその場を後にし、泣きはらした目が里奈にバレないよう急いで井戸水で冷やして事なきを得た。
その後本心をしった銀時と何度か話を重ね、今後の戦場参加についてを里奈に伝えた翌日、走り去る車のエンジン音に駆けつければ既に行ってしまった後で。
さらに、里奈が怪我をしたと先駆けの知らせが入るのはそれから数時間後の事だった。
思い出すのは声ばかり
(いつかそれすら忘れてしまったとしても、優しさだけはずっと覚えているから)
18/0929