とある男子生徒の苦悩

※高専五条、七海視点




 嵐は突然やってくる、とは小説の一文だったか歌詞だったのか、詳細は覚えていない。
かつて記憶したその単語だけが現在繰り広げられている混沌とした状況を見て頭に浮かんだ。




 珍しく男子が全員揃った夜だった。
私達1年は任務自体無く空き、五条さんは夕飯前、夕飯が終わった頃に夏油さんが帰寮した。

夕飯後五条さんに捕まった私と灰原は共有スペースでくだらない話に付き合わされ、そろそろ部屋に戻っていいですか、と言いかけたところでパンパンに膨れた袋を下げた夏油さんが現れた。

夕飯に間に合わなかった夏油さんはコンビニで自身の夕飯と、大量の菓子やジュースを買ってきたらしい。

「明日は休みだしね。悟に聞いたら皆寮にいるって言うから」
そう言って袋を掲げた夏油さんに、五条さんも灰原も大袈裟に反応してみせる。

「新しく買ったソフトあるし俺の部屋でやろーぜ!」
と提案した五条さんに、私は遠慮します。と言って自室へ向かおうとしたのだが、羽交い締めにされ半ば無理矢理部屋に連れ込まれた。

夏油さんと灰原が大量の食料を広げ、五条さんがゲームを出して、何だかんだと言いながらそれらを一通り楽しんだ。
年相応に下世話な話もしながら男子が全員揃った休日前夜は更けていった。

 時計の針がそろそろ天辺を指そうかという頃、灰原の携帯が短く鳴った。
それはメールの受信を知らせるもので、差出人は私達の同期だった。

「名前からだ。どうしたんだろ?」

「名前?こんな時間に?寝れねーのかな」

寝れねーなら呼んでやろーぜ!と言った五条さんが灰原の手元を覗き込んだ。

誰かさんのように携帯画面を覗き込みはしなくても、メールの内容が気になっているのは私も夏油さんも同じだった。

電話しよーぜ!などと言って騒ぎ出すと思っていた五条さんは画面に視線を落としたまま静かで、代わりに灰原が声を上げた。

「え、名前、彼氏出来たって!」

灰原の言葉は全く予想していなかったもので、私も夏油さんも一瞬時が止まった。

「……わざわざそんな事を報告してきたんですか…」

「灰原、ちょっと音読してくれるかい?」

「はい!えーっと、『遅くにごめん、起きてる?ねぇやばい、私彼氏出来ちゃった。どうしよう』だって!」

ご丁寧にモノマネを交えながら音読してくれた灰原。クオリティが高いとは言えないが妙に特徴を得ているな、なんて考えながら、くだらなさに溜息が漏れた。

一方、灰原の音読を聞いた夏油さんはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて五条さんを見ている。

「悟ー?名前、彼氏出来たってよ」

「うるせー、聞こえてるっつーの!つかメール見たし!誰だよアイツの彼氏って。オイ、灰原早く返信しろ」

「了解です!えーっと……『おめでとう!良かったね!相手は誰?俺たち知ってる人?!』…返信しまーす!」

五条さんの圧をまるで意に返さずニコニコしながらメールを打つ灰原の強心臓が羨ましい。
返信してすぐに鳴ったメールの受信音に誰よりも早く反応した五条さんが早く開け、と圧を掛けている。

「『彼氏は一般人!中学の時の友達に紹介してもらったんだー』だそうです!」

「チッ、パンピーかよ」

「出遅れたね。モタモタしてるから」

「あぁ?出遅れたもクソもねーし」

 この後に及んで彼女に気があることをまだ隠せるつもりでいるのか、と呆れてしまう。
誰が見ても分かるくらい、好きだと態度に出ているというのに。

恐らく、五条さんが彼女に好意を寄せてると気付いていないのは彼女本人くらいだろう。
超がつくほど鈍感の灰原も気付いてなさそうだが。

好きな人には粗暴な態度をとってしまうタイプらしい五条さんは彼女への態度が酷い。
素っ気ない上に暴言を吐くこともある。
そのせいで彼女は五条さんに嫌われていると思い込んでいた。

「まぁ、名前はモテるもんねぇ。街に出るとよく声掛けられてるって硝子が言ってたし」

「ハァ!?そんなん俺聞いてねーけど!」

「そういえばこの間任務終わりに街歩いてたら、ちょっと離れた隙にナンパされてました!」

「なんでそれすぐ言わねーんだよ!」

「いや、それを悟に言ってどうする。彼氏でも無いのに」

「……とりあえず!アイツに直接話聞いた方が早いだろ。灰原、名前に電話しろ」

自分で電話すれば良いのでは…と思ったが、口を挟む間もなく灰原は携帯を耳に当てている。


「あ!名前、メール読んだよ。おめでとう!それで、まだ起きてるなら五条さんの部屋来て欲しいんだ!今皆で集まってるんだけど五条さんが話があるらしい!」

 五条さんを怖がっている彼女にそんな言い方をしたら怖がらせるだけでは、という私の予感は的中したようで、携帯の向こうからは困惑したような声が聞こえてくる。

大丈夫だって、とか、怒ってないと思うよ、という彼女への灰原の言葉を聞くだけで彼女が何を言っているのか想像が付く。

中々終わらない通話に痺れを切らした五条さんは灰原から携帯を取り上げると耳に当てた。

「いいから今から俺の部屋来い。……あ?んなのコソコソ来りゃバレねーよ。5分以内な。遅れたら一ヶ月俺のパシリ」

ぶっきらぼうにそう言うと、一方的に通話を切り灰原に携帯を返した。
そういう事してるから怖がられるんですよ、と助言しようかと思ったが面倒なのでやめた。




 五条さんに言われた通り5分で部屋に来た彼女は相当急いで来たのだろう。
息は絶え絶え、髪は癖が付き、ヨレたTシャツに短パン、という今にも寝ようとしていた事が伺える格好だった。

「……とんでもねー格好してんな」

「誰のせいだと…それより、私がここに呼ばれた理由は…」

「あー……オマエ彼氏出来たんだって?」

「はい…それが何か…?」

それが何か、と聞かれた五条さんは黙り込んだ。
どうこう言える立場では無いという自覚はあるのだろう。
一方で彼女は怯えながらも訝しんでいる様子だ。

 妙に緊迫した空気の中、黙り込む五条さんを見兼ねて助け舟を出したのは夏油さんだった。

「いやね、名前に彼氏が出来たのは私達としても嬉しいんだけど、可愛い後輩が変な男に騙されてないか心配になっちゃってね」

なるほど、と呟きつつも怪訝そうな面持ちの彼女は不貞腐れる五条さんの様子を横目で伺っている。

「中学の時の友達に紹介してもらったんだって?」

「そうなんです。彼氏欲しいーって嘆いてたら友達が紹介してくれて」

2人のやり取りを黙って聞いていた五条さんの顔が面白く無さそうに歪んだ。

「へぇ。彼氏欲しかったんだ。歳は?同じ歳?」

「そりゃあ私だって一応女子高生ですから青春のひとつやふたつ、したいですもん。歳は私の一個上、先輩たちと同じ歳です」

「ふぅん。年上が好きなの?」

「年上が良いとか年下が良いとか、まだ分かんないんですけど、でも私の年下って言ったら中学生になっちゃうし同じ歳か年上の方が良いですかね」

「なるほどね。ところで、彼氏のどこが好きなの?」

 五条さんの反応を盗み見て面白がっていた夏油さんがついに核心に触れる質問をした。
途端に頬を赤く染めた彼女を見て五条さんの顔が険しくなり、その様子を見た夏油さんが笑いを堪えている。

 家入さんが二人をクズと言うのは誇張では無く、少なからず夏油さんにもクズと呼ばれるに相応しい一面があるということを知った。

「実は私まだ、か、彼氏のこと別に好きでは無いんですよね…」

「そうなの?」

「はい。友達が持ってた私とのプリクラを見て彼氏が一目惚れしたらしくて…私も彼氏欲しがってるし、ってことで紹介してくれたんですけど、会ったことも数回しかないし、人としては好きだけど異性として好きかと言われれば正直微妙なんですよね。でも私達って中々出会いがないから、これ逃したら次いつ出会いがあるか分からないしとりあえず付き合ってみるのもアリかなと思って。」

 好きかと言われれば微妙、と言いつつも夜中にメールしてくるくらいには浮かれているようで、彼氏って響き照れますね、なんて呟いていた。

「じゃあ告白は向こうから?」

「はい!さっき部屋に居る時に電話が来て、付き合ってほしいって言われて今に至ります」

わー、おアツいね、と口角を上げている夏油さんは冷やかしているのではなく完全に五条さんを煽っている。
不機嫌オーラが吹き出している五条さん、面白がっている夏油さん、恥ずかしがる彼女、よく分かっていない灰原。

この混沌とした状況を見て、冒頭の単語を思い出すことになったのだ。


「悟も祝ってやりなよ」

「はぁ?なんで俺が祝うんだよ」

「ふふ、可愛い後輩に彼氏が出来たんだ。祝ってあげなくちゃ」

ギロリと鋭い眼光を夏油さんへ向けるが、夏油さんは愉しそうな笑顔を崩さない。
大きな舌打ちをした五条さんは彼女へと矛先を変えたようで鋭く睨みつける。
彼女はその視線に肩をビクつかせ次に出てくる言葉を不安気に待っていた。

「つーかさ、オマエそんなんでいいわけ?結局相手のこと好きになれなかったらどうすんの?捨てんの?俺が思ってたより意外と強かな女だったんだな」

「……悟、」

「てか、相手ヤリ目じゃねーの?お前の顔だけ見て好きとか付き合ってくれなんてさぁ。大体電話で告白って何?それ全然本気じゃないでしょ、彼女っていう肩書き与えて好きな時に、」

「悟。」

流石に言い過ぎです、と私が止めるより先に夏油さんが制した。

五条さん自身も言い過ぎた自覚があるのだろう。悲しみ、或いは怒りから体を僅かに震わせる彼女を見てバツが悪そうに目を逸らした。

「言い過ぎだよ。言っていいことと悪いことがある。名前、ごめんね。悟は別に、」

「いえ、いいんです。夏油先輩が謝る事じゃないです。五条先輩が私のこと嫌ってるのは、前から気付いてましたし。」

「…は?俺がお前のこと嫌いって、何、」

「それに。確かに好きじゃないのに付き合うって相手に大して失礼ですよね。でも、まだ会ったことも数回しか無いけど、凄く優しくて、少なくとも私には良い人に映ってます。好きになる可能性が感じられるくらいに。何も知りもしないのに、酷いこと言わないでください。」

普段よりいくらか低い声から静かな怒りが伝わってくる。
彼女のどこにこんな強さがあったのかと驚いたのは、私だけでは無いらしい。

「こんなこと言うために呼び出したのなら、私はもう帰ります。」

そう言い捨て踵を返した彼女の腕を五条さんが咄嗟に掴んだ。
大きく開いた目で驚いたように掴まれた腕を見たあと五条さんをキツく睨み上げた彼女に五条さんが息を呑んだのが分かった。

「…先輩、まだ何か?」

「…ごめん、酷い言い方した。」

五条さんの謝罪に面食らったのは彼女だけでは無い。
子供っぽいところがある五条さんが素直に謝るところなど見たことがない。

 掴んでいた彼女の腕をそっと離した五条さんは、ぽつりぽつりと小さな声で話を始めた。

「オマエに彼氏出来たって聞いて、冷静になれなかったっていうか、頭に血ィ上ったっていうか…」

「……?なんで頭に血が上るんです?……あ、先輩に彼女いないのに私に彼氏出来たからですか?先越してすみません」

小さく頭を下げた彼女に、夏油さんが声を上げ笑いだした。

「違ぇよ!なんでそうなるんだよ鈍感女!」

「はぁ?何なんですか本当に……!珍しく謝ってきたと思ったら……先輩のこと理解出来ません!」

「あのなぁ、もう察しろよ!多分オマエ以外ここにいるヤツら皆気付いてるだろうから言うけど、」

「え、え、何ですか、怖いんですけど」

助けて七海、と助けを求める声には気付かないフリでやり過ごす。
面倒事には首を突っ込まない主義だ。

「好きなんだよ!名前のことが」

「す、スキ?スキ、とはどのスキでしょう…」

「好きは好きしかねーだろ。付き合いたいの好き」

「……はぁ!?誰が、誰を、好き!?」

「俺が!オマエのこと!好きなんだよ!何回も言わせんな」

馬鹿デカい声で顔を告白をする五条さんと、頬を赤く染めて困惑している彼女。
私達は一体何を見せられているのだろうか。

「え……だって先輩私のこと嫌いじゃ…」

「嫌いじゃねぇよ。結構態度に出してたつもりなんだけど」

態度が悪い自覚はあるのだと思っていたが、あれでアプローチしていたつもりなら五条さんの恋愛スキルはあまりにも低すぎる。小学生男子以下かもしれない。

「…今までの態度のどこに好意を汲み取れと……!?」

「は?マジかよオマエ鈍感すぎね?」

「いや、名前の感覚が正しいよ。悟の態度は好きな子にとるものじゃない」

「そう思ってたなら早く言えよ!」

「私も硝子も言ってたじゃないか、優しくしなきゃダメだよって」

「だから優しくしてたって!」

五条さん曰く、術師向いてないから辞めろ、雑魚は引っ込んでろ、などの彼女に吐いてきた暴言の数々は優しさ故のものらしい。
伝わりませんよ……と顔を抑えて俯く彼女の感覚は正しいと思う。

「まぁ、経緯は何れにしてもやっと想いを伝えられてよかったじゃないか」

「良くねーよ、本当はもっと距離縮まってからちゃんと言うつもりだったのに」

大きく溜息を付いた五条さんが彼女に向き直り、空気が変わったことに気付いた彼女も背筋を伸ばし五条さんに向き合う。

「変な感じで伝わっちまったけど、そういう訳だから。あと、俺の方がソイツより名前のこと知ってるし好きだって自信ある。俺の方が良い男だって自信もあるし名前のこと幸せにする自信もある。だから、ソイツとは別れろよ」

「そ、れは……正直、今ここで別れるとは言えないです…ちょっと考える時間、欲しいです…」

「はー……ま、それもそうか。でもオマエのこと諦められそうもねぇし、ソイツより俺の方が良い男だって気付くまで待っててやるよ」

そう言った五条さんはスッキリしたような顔で大きく笑った。
それを聞いた夏油さんが『悟は案外しつこいよ、とんでもないのに目を付けられちゃったね』と言って、五条さんが『どういう意味だよ!』と噛み付き、灰原が『本当に先輩達は仲良いよね、七海!』と笑う。

いつもの空気に戻ったところで彼女が口を開いた。

「あ、あの。じゃあ私そろそろ部屋戻って良いですか?」

「おー、遅くに呼び出して悪かったな」

「い、いえ!じゃあ皆さん、おやすみなさい」

 見知った私達の前であんなに大胆な告白をされて恥ずかしいことこの上ないのだろう。
彼女は頬を赤く染めたままそそくさと部屋を出て行った。

この騒ぎですっかり疲れた私も先に寝ることを伝え、彼女に続いて五条さんの部屋を出た。

自室に戻ると、寝る支度を済ませベッドに潜りテーブルランプを消す。
目を瞑ると緩やかに眠気がやってきた。
眠りに落ちる間際、私は祈っていた。
どうか明日も今までと変わらず、否、今よりも穏やかな日常でありますように、と。

 結果としてその祈りは届かず、翌日から色々と吹っ切れたらしい五条さんが彼女への執拗なアプローチを、というより、ストーカーと化した。

彼女も初めこそ困惑していたが満更でも無いようで、今では二人一緒に居るところをよく見かける。
どうやらまだ付き合ってはいないらしいが、彼女はついに件の恋人と別れたらしい。

それを知った時の五条さんの喜びようは凄まじかった。
自分がその座に修まると決まった訳ではないのに、大層ご機嫌だった。

さっさとくっ付いてしまえば良いと思う。
恐らく気持ちは同じなのだから。
そうすれば、少しは静かな日々がやってくるかもしれない。

 前から歩いてきた五条さんが私の隣を歩く彼女を目に留めると大きく手を振り歩いて来る。
それに気付いた彼女も手を振り返しながら嬉しそうに笑っている。

そんな二人を一瞥し、先行きます。と声を掛け私は歩き出した。

思っているより早く、その日は来そうだと思いながら。



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