「な、何で怒ってるんですかね……」
「「……」」
「いやあの、本当に心当たりが無いんですが…」
「マジで言ってんの?」
「…自分の胸に聞いてみなよ」
「……うぅ………」
分かんねーよ!
そう心の中で絶叫してみても、私の前に聳え立つ2メートル近い巨体×2は答えをくれるでも許してくれるでも無く、冷たく私を睨み付けているだけだった。
そもそも私はこの恐ろしい先輩二人と顔を合わせること自体3ヶ月ぶりで、その間二人を怒らせるようなことをした覚えは無い。
「本当に分からない?」
「サッパリ…」
「ハァ……」
溜息を吐きたいのは私の方である。
1ヶ月にも及んだ出張を終え報告の為に高専に寄ったところをこのデカブツ先輩×2に捕まったかと思えばいきなりキレられるなんて、意味不明すぎる。
もう何でも良いから早く解放してくれ、と祈りながら、思い当たる節を手当り次第挙げていくことにした。と言っても怒られるようなことは本当にしていないので、思い当たる、と言っても五条さんの飴を一粒貰ったとか夏油さんの分のお土産を食べちゃったとか、些細なことなのだけど。
「…五条さんのデスクに置いてある飴を一粒食べたことでしょうか…」
「はぁ?全然違う」
「…日下部さんが買ってきてくれたお土産のお煎餅、夏油さんの分も食べちゃったことでしょうか…」
「うん、違うね。というか君、食べ物のことばっかりだね」
「そんな事で怒るほど小さい男だと思われてんの?僕達」
「いや、だって本当に思い当たることが無いんですもん…原因が分からないことにはどうすることも出来ないですしそろそろ教えて貰えませんか?」
切実だ。切実に教えてほしい。私はさっさと帰りたいのだ。1ヶ月ぶりの我が家は少々掃除をしないとホコリが気になる所ではあるが、幸い明日から3日間のお休みを頂いているので好きな曲でも流しながらゆっくり掃除をして、サブスクで映画でも見ながらダラダラ過ごしたいのだ。
こんな所で輩に絡まれている時間は無い。
「そうだねぇ。分からないってなら教えてあげるしかないね」
「全く世話の焼ける後輩だよ」
分かったから。もう勿体ぶらないでさっさと教えろ、と心の中で悪態をつく私を見下ろしながら、五条さんが口を開いた。
「オマエ、出張中随分楽しんでたみたいじゃん」
「出張中…?」
出張中、シュッチョウチュウ…出張中?
「え、何ですか?楽しんでた?至って真面目に任務を──あ。」
「思い当たる節がお有りのようで」
胡散臭い笑顔を浮かべながら穏やかな声色で話す夏油さんと、感情が抜け落ちたような顔をしている五条さん。まぁ、五条さんは目元を隠しているので実際のところどんな顔をしているのかは分からないけれど、頬や口元を見るに笑っていないことだけは確かだ。
というか、それよりも。
"出張中"、"楽しんでいた"という単語から先輩達が何を指しているのか察しが付いたのだが、それは全くもって怒られる謂れの無いことで私は混乱した。
厳密に言えば楽しんではいなかったし、仮にそれを楽しんでいたとしても先輩達には1ミリたりとも怒られるような事ではないのだから。
「自分の口から説明しなよ」
だから、どうしてそんなに怒っているのでしょうか。
いい、いいから。態々目元を覆う布を剥ぎ取らなくて良いから。
「……えー、と……出張中、あ、遊びに行ったことに対してお怒りなんですか…?」
「遊び……それは"誰"と、"どんな"遊びをしたのかな」
「ひ、ひぇ……どこまで知ってるんですか…」
「どこまで、って、ねぇ」
「そりゃあ、オマエが1ヶ月の九州出張中、女性用風俗〇〇で働くモブ太君を時間さえあれば指名してよろしくやってたこと、までかな」
「全部だ!」
全部じゃねーか!何で知ってんだコイツら!知ってんなら誘導尋問すんじゃねぇ!
「全部では無いよ。モブ太君とはどこまでしたのかまでは知らないし」
「あんな冴えない男のどこが良かったのかも分からないし」
「どう考えても私達の方が良い男なのに、ねぇ?」
「ねぇ」
芝居掛かったやりとりがウザいことこの上ない。
「……先輩達より良い男なんて沢山いると思いますけど」
「あぁ?」
「言うねぇ…じゃなくて。それでそのモブ太君とはどこまでしたの?」
「いや、あの、誤解してるみたいですけど私モブ太君とは何もしてませんからね」
「それを『ハイそーですか』って信じられるワケねーだろ。女性用"風俗"だぞ?レンタル彼氏ならともかく」
「五条さんレンタル彼氏とか知ってるんですか?」
「そんくらい知ってるっつーの」
「話が逸れてるよ。それで、本当は?本番は無くても前戯くらいはしたんだろ」
「だから、本当に何もしてないんですって!ぜ、前戯どころかキスもしてないですよ!」
「その割には休みの前日だの休みの夕方だのに指名してはホテルに呼び出してたじゃないか。あ、たまにデートしてる日もあったね」
マジで全部知ってるじゃないか。何で私の〇〇利用パターンまで把握してるんだ。
ここまで来ると最早恐怖を感じる。ていうか、モブ太君とは本当に何もしてないのだけど仮に何かしていたとして先輩二人には本当に、本当に関係無い話だ。
プライベートなことに口を突っ込むのは辞めていただきたい。
「何でそんな事まで知ってんですか…怖いし気持ち悪いんですけど…モブ太君のことは、純粋に応援していた、というか…凄く良い子だし話していて癒されると言いますかね…」
ここまで知られているならもう正直に打ち明けた方が早いな、と高を括り頭の中で話の順序を立てていく。
この調子じゃ適当にあしらえる気もしないので、私がモブ太君を指名して夜な夜な何をしていたのか全てを話すことにした。
「まずモブ太君のことは確かに指名してましたが、本当に何もしてません。モブ太君、色々と壮絶な生い立ちらしくて大学は疎か高校にも行けなかったそうで…三歳下の妹さんにはせめて高校に行ってほしいと学費を貯める為に中学卒業後から外仕事とコンビニバイトを掛け持ちして働いてたらしいんですが、その妹さんがやっと高校を卒業したことでひとつ肩の荷が降りて、自分のやりたい事を見付けてみようと思い、取り敢えず興味があった女性用風俗の世界に飛び込んでみた、と聞いて応援してあげたくなって。初めて会った日は時間いっぱいお喋りして、その次からはホテルでゲームしたり外で会う時は九州の美味しい料理が食べられるお店紹介して貰ったり…」
私がモブ太君と過ごした時間の中に甘い瞬間など全く無かった。モブ太君の顔は結構タイプだったけど、そういう対象と言うより弟や後輩のような、見守ってあげたくなる存在だったのだ。
幸い、金だけはある。学生時代からロクに遊ぶ暇もなく働き詰めたおかげで貯金は溜まる一方。
苦労してきたのだと語る若者を応援してやるくらいの金はあったし、土地勘も無く知り合いも居ない遠い地で気楽に話せる相手が居るというだけで有難く楽しかったので、その対価と思えば安いものだった。
「ねぇ、まさかとは思うけどその話信じたの?」
「し、信じましたよ」
「嘘だろ名前…あぁなんて嘆かわしい…どう考えても設定じゃないか…」
「う、うるさい!私だってちょっと、その、よくあるお涙頂戴系のお話だなとは思いましたけど!でも妹さんのことを話してくれる時のモブ太君の楽しそうな顔とか見てると…全部が全部嘘とは思えなくて…」
そうだ。モブ太君はとてもよく表情の変わる子で、話に合わせて色んな表情を見せてくれた。
妹さんの話をしてる時の顔は本当に楽しそうで幸せそうで、アレがもし作り物だったとしたら私は人間不信になるしモブ太君は演技の道に進んだ方が良い。
「嘘だよ。モブ太に妹は居ない」
人間不信だ。
「はぁ!?てか、え、調べたんですか!?」
「調べたよ。当然だろ?オマエがご執心の男がいるなんて知ったら、ねぇ?」
「どんな男か私達がちゃあんと見てあげないとね?可愛い後輩が傷付くのは嫌だからね?」
先輩達にも不信感を抱かずにはいられない。いや、それは昔から抱いていたが。
「どの口が言ってんすか!高専時代から散々人の恋愛邪魔してぶち壊してきたくせに…!」
「邪魔したつもりもぶち壊したつもりも全くないんだけどねぇ。今言ったように名前が傷付かないように見守っていただけだよ」
「見守り…?わざわざデート中に突撃してきたり鬼電してきたり誤解されそうなメッセージ送ってきたり…あれが見守り…?」
「本当に名前のこと愛してるならそんなことで駄目にならないでしょ。あの程度で別れるならその程度ってことだよ」
あの程度、とはよく言えたものである。
デート中、どこで聞きつけたのかいきなり現れたと思えば自分達のルックスの良さをまざまざと見せ付け、『あれ?名前じゃん、偶然!隣の男ってもしかして…ブフッ、オマエそういうフツーの男がタイプなんだ〜ウケる』『高専に入学してきた時は私のこと格好良いって言ってくれてたのに…名前は守備範囲が広いんだねぇ。それにしても……余程性格が良かったのかな?』
なんて悪意溢れるコメントと共に頭のてっぺんからつま先まで品定めするように見ることのどこが"あの程度"なのか。
それだけでは無い。突撃を避ける為に二人が居ない日に被せてデートの予定を立てれば5分から10分に1回のペースで交互に入る鬼電。それのどこが"あの程度"なのか。
ちなみに、あまりのしつこさに苛立ち携帯の電源を切った日に限って緊急の任務が舞い込み、しかし私と連絡がつかなかったせいで代わりに学生の身でありながら2週間休みが無かった同期の七海が任務に出ることになったことと『休みの日でも連絡は付くようにしておいてくれ』と渋い顔で当時の担任に言われたことは苦い思い出だ。
ややこしいメッセージを送り付けてきた件についてはアプリでの連絡が主流になり始めた数年前によくやられていた。
『昨日は楽しかったよ』とか『昨日凄く可愛かった』というような如何わしい出来事を連想させるメッセージをわざと送ってくるのだ。
もちろん先輩達と甘い時間を過ごした記憶は無く、あるのは高専で雑談をした記憶や気まぐれに変えたリップの色を『可愛いね』と褒められた記憶だけ。
しかし、その通知を見たお相手はあらぬ勘違いをしてしまうし、弁解しようにも当の先輩二人が意図的にそうしているのだから協力は仰げず、必死に言い訳をすればする程怪しまれるだけ。
一度そんな事があってからはスマホの画面を下に向けて置くようにしているが、うっかり気が抜けて画面を上にしたまま置いてしまった時や、『これ可愛くない?』なんて画面を向けた時に限ってメッセージが送られてくる。
あまりのタイミングの良さに、偶然ではなく何かしらの力が動いている気すらする今日この頃。
「…あの程度って…」
「あの程度でしょ。僕はそんなことで諦めたりしないもん」
「消してやろうとは思うけど身を引こうとは思わないねぇ」
「物騒なんですよ!二人が言うと冗談に聞こえませんから!」
「冗談じゃないからね。それよりも私が気になるのはモブ太君との出会いなんだけど」
またモブ太君の話?と首を傾げた私に向かって夏油さんは目を細め、五条さんは口角を吊り上げた。
モブ太君とのことはさっき散々話したじゃないか。
「モブ太君と出会ったのはお店なんだよね?という事は、初めは"そういうこと"をするつもりでお店を利用したってことだろ?」
「ウッ……」
全くもってその通りである。話を聞いて欲しかったとかそんなんじゃなくて、只々エロいことがしたかった。それだけである。
油断していたことに加え図星だったせいで瞬時に反応出来ず口篭った私を見て、二人は確信したように鼻を鳴らすとオーバーに頷く身振りをした。
「いやいや、全然良いと思うよ。性欲が溜まるのは人間として当然のことだからね」
「それに呪術師なんてやってるとさ、常に命の危険と隣り合わせだから任務後に昂っちゃったりすることあるもんね〜」
「そ、そういう事です。もう行って良いですか!?」
「えー、ダメダメ。まだ話終わってないもん」
「これ以上何を…」
「いやね、私達は心配してるんだよ」
「それさっきも──」
「いやいや、それとは別の意味。男が変な奴で名前が泣かされないかなとかじゃなくて」
「処女なのにそんなお店を利用したことについて、だよ。君はもっと貞操観念が高いと思っていたからね」
「しょっ!?な、処女って…」
「あれ?処女だよね?まさか僕達の知らないところで、なんてないよね?」
めちゃくちゃ処女である。キスすらしたことがない程の、今どき珍しい純潔っぷりである。
でもこれこそ先輩達には関係の無い話で、というかなんで知ってるんだ。さっきから全部、情報源はどこなんだ。
「処女ですけど…」
「だよね!良かった!」
「よ、良かった…?」
良かった!じゃない。誰のせいでこの歳まで処女を守る羽目になったと思っているのだ。
別に私は貞操観念が高いわけでも処女を守っていた訳でもない。
むしろ、経験の機会はそれなりにあったはずだ。
こう見えて実はほんのちょっぴりモテるので、友達からの紹介やマッチングアプリ等で出会い、良い感じに発展することは多いのだ。
しかし今度こそ、と思ったタイミングで前述の通り二人に邪魔されるのでお付き合いまで漕ぎ着けず、結果こうして二十云歳になった今も穢れを知らない乙女というだけだ。
「初めては大切にしないとね。今までの男達の中に名前の初めてを捧げるに相応しい男なんて居なかったからね」
「何奴も此奴もホンットしょーもない奴ばっかだったよねぇ。名前男見る目無さすぎ」
「全部知ってるような口振りやめてくださいよ!怖いですよ!てか本当に先輩達には関係無いですから!」
「関係無いって傷付いちゃうなぁ。それにしてもムラムラしたって自分で処理すりゃ良いのに何でお店使ったの?処女なのに」
「処女処女言うのやめてください!……アレはその、ムラムラしたから、と言うより…」
「と言うより?」
「……その、処女を…捨てたくて…」
「「……ハ?」」
うん。分かる。その反応。そうなりますよねー。冷静になった今なら、別に焦って捨てることないよ、と思えるし、適当な人で捨てようとしちゃダメだよ、って思えるけど。
「…もう私の周り、早い子は結婚して子供産んでる子だって居て…一方で私はマトモに恋愛すらしたことなくて、毎日仕事仕事で…恋愛したいと思っても誰かさん達が邪魔してくるし。それに、最近はこの歳で処女だってことがネックになってて…恋愛するにも躊躇しちゃうというか…だから、処女じゃなくなれば、セックスのハードルが下がれば新しい恋も出来るかなーなんて…」
てっきり、くだらないと笑われるか揶揄われると思っていたけれど、予想に反して二人は笑うことも茶々を入れることもなく黙って私の話を聞いていた。
全くデリカシーの無い人種だと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
それとも自責の念でも感じているのか。
人を小馬鹿にしたようなふざけた態度の二人ばかり見ているせいで、こうして真面目な顔をされると調子が狂ってしまう。
先輩達は確かに私の邪魔をしたが、だからと言ってもう過ぎたことではあるし、これを機に放っておいてくれるようになればそれで良い。
重い空気を払拭するべく冗談めかして、『予約したあとで気付いたんですけど、アレって本番はしてくれないんですよね〜』と笑ってみせたが、先輩達は相変わらず硬い顔をしたままだった。
「……その言い方だと指名したのがモブ太君じゃなくて本番行為有りのお店だったらそこで処女を捨てる気だったって言ってるように聞こえるけど」
「…そういうことですけど…」
「いやいや、ハァ?いや、オマエ、マジで言ってんの?僕達はてっきり処女だけど男に触ってもらうことに興味があって、とか本番無しって理解した上で使ってんだと思ってたんだけど。何もしてないって聞いて鎮まった僕達の怒りがまた昂りだすよ」
「なんで先輩達が怒るんですか…仮に私がそこで処女喪失したって何も関係無いで─あ、分かった。さては自分達を差し置いて私が楽しんだり恋人が出来るのが悔しいんですね!」
「馬鹿なの?」
「馬鹿だね」
「二人にだけは言われたくないです。でも二人共恋人居ませんよね?」
「居ないよ。ずっと」
「ですよね。泣かせた女は星の数程なのに」
「私達は本命の子は泣かせたりしないよ」
「世界一信じられない言葉ですね。ていうか星の数否定しないんだ」
「一々数えてないからね〜」
「最低だ。正真正銘のクズだ」
「それ程でも。それでさ、本題なんだけど」
嘘でしょ?まだ本題入ってなかったの?と、困惑する私をよそに二人はまた真剣な顔で私を真っ直ぐ見つめてくる。
そんなに見られると緊張するなあ、と軽口を叩ける雰囲気では無く、緊張感が走る。
「回りくどいこと言っても伝わんなそうだから単刀直入に言わせてもらうけど。……僕達と付き合おう、名前」
「私からも言わせてくれ。付き合おう、名前」
先輩達はそれぞれ神妙な面持ちで返事を待っている。が、悲しいかな虐められ続けた私にはその姿を見ても冗談としか思えない。
これで『はい。よろしくお願いします』なんて答えてみろ。ゲラゲラと腹を抱えて爆笑する二人が目に浮かぶ。
いや、ていうか、"僕達と"って複数形だったけれど、あれは"僕達のどちらかと"の意味なのか、それとも"三人仲良く"の意味なのか。
どちらにせよ答えはNOなのでどうでも良いが。
「そんな冗談に私が乗るとでも?おふざけは終わりです」
「は?おふざけ?これのどこがふざけてる様に見えるんだよ」
「先輩達が私のこと好きなんて私が特級呪霊を祓うくらい有り得ないです。で、私が先輩達を好きになることも同じくらい有り得ないです」
「でも可能性ゼロでは無いよね、それって」
「限りなくゼロに近いでしょうが!変なとこでポジティブ発揮しないでください!」
「今のところ名前が僕達を好きじゃないのは分かったけど、取り敢えず付き合ってみるってのはどう?」
「付き合いませんよ」
「どうして?私達、かなりの優良物件だと思うけど」
「自分で言います?それ。てかどこが優良物件なんですか。事故物件ですよ」
「どこが事故物件?僕達より"全て"を持ってる男なんて居ないと思うけど」
「そういうこと自分で言えちゃうその性格が大事故なんですよ。それに私、別に全てを持ってるとかどうでも良いですし。ちゃんと働いてて性格が合えばそれで充分なので」
「欲が無いねぇ。でも今までそれで上手くいったことないだろ?」
「だぁからそれは誰のせい…」
「それにさ、訳分かんない男で処女捨てるなら僕達の方が絶対良いと思うけど。付き合うのが無理ならとりあえずセックスだけでもしてみる?」
「馬鹿なんですか!?こんな所で何言ってんですか!とにかく!付き合うのもセ、っそういうことをするのも有り得ないですから!私疲れてるんで!そろそろ本当に帰ります!お疲れ様でした!」
本当に馬鹿なんじゃないか、あの二人は。特級様は強さだけじゃなく思考まで常人離れしているらしい。
全くもって無駄な時間だった、と思う反面、確かに感じる頬の熱と早まる鼓動は少なからず二人を意識してしまった証拠だ。
これは私が経験不足だった故に先輩二人のタチの悪い冗談を冗談だと分かっていながらも上手く流せなかったせいで、決して特別な感情を抱いた訳ではない。
そりゃあ高専に入学してすぐの頃は二人の、特に夏油さんのルックスには惹かれたものだけど、一年二年と時間を共に過ごすうちに硝子先輩の言う『クズ共』の意味に気付き、今ではすっかり"厄介な先輩二人"の枠に収まっている。
それでもやっぱりあの二人は恵まれた容姿をしているから、そんな二人に『付き合って』とか『セックスだけでもしてみる?』なんて言われたら顔に熱が集まるのも仕方のないことだと思いたい。
私が初心である限りあの二人は面白がって揶揄い続けるのだと思うと頬の熱は引き、代わりに忘れかけていた出張の疲れがどっと押し寄せた。
この三連休は家でゆっくり過ごしながらマッチングアプリで素敵な出会いを見付け、今度こそ大人の階段を登るのだ。
勿論、厄介な二人にバレないよう細心の注意を払うことは忘れずに。
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