赤濡れた純白

※やや不穏



「ねぇ、また鳴ってるよ?そろそろ出た方が良いんじゃない?」

 引き攣った顔で"ソレ"と友人が指をさしたのは、テーブルに伏せて置いたスマートフォン。

「あーもう、本っ当にしつこい。ごめんね、合流してからずっとこんなんで…」

 かれこれ1時間弱、5分に1回のペースでスマホは震えていた。

 電源を切ってしまえば良いだけの話なのだが、呪術師という職業上、緊急の連絡が入ることも少なくない。
友人には申し訳ないと思いつつもマナーモードが
限界で、震える度にサイドボタンを押して止める、を繰り返しているのだがあまりにもしつこいせいで会話に集中出来ない。

「電源切れないならサイレントモードにしちゃえば?」

「……それだ!」

 妙案だ、と手を叩きサイレントモードへ設定を切り替える。
少し考えれば思い付きそうなものを、何故気付けなかったのかと自分に呆れてしまう。

 設定を変えてすぐにまたスマホは着信を知らせたが名前が表示されるだけで震えることはない。
それを確認した私は静かになったスマホをテーブルに置き、仕切り直しだね、と改めて乾杯したのだった。



 開店と同時に入店した頃は空席が目立っていた店内も今ではすっかり満席となっており、流石は華の金曜日、と言ったところだろうか。

かれこれ3時間は呑み続けている私達は程良く酔いが回り、仕事の愚痴を中心に盛り上がっていた。

 そういえば、と私のスマホを指した友人が話題を切り出したのは"同僚の結婚式の引き出物が写真入りの皿だった"という愚痴の終わりだった。

「今日飲みに誘ってきたのって"コレ"が理由?彼氏だよね?」

「そう。大した理由じゃないんだけど昨日ちょっと言い合いになっちゃって」

「同棲してるんだっけ?」

「うん…何か顔合わせるの気まずくって。帰りたくない気分だったから急に誘ったのに付き合ってくれて助かったよ」

「そろそろアンタに会いたいなーと思ってたとこだったから誘ってくれて嬉しかったよ。でも彼放っておいて良いの?そんだけしつこいってちょっと異常じゃない?」

「普段は流石にこんなに酷くないけどね。昨日の今日で何も言わないで来ちゃったから……」

 次にスマホを確認した時、表示される夥しい数の通知を想像して背筋が冷えた気がした。


 恋人の悟君は基本的には優しくて私の意見を尊重してくれる人ではあるが、少し、いや、かなり嫉妬深いところがある。
仕事以外でうっかり連絡に気付かないなんて事があるとそれはもう大変で、同棲前はいきなり家まで来られることも少なくなかった。

 付き合ってすぐに同棲を始めたのも多忙な悟君が『1秒でも長く一緒に居たいし、心配だから』と言って聞かなかったから。

 私のことを大切にしてくれてるんだ、と嬉しく思っていたのは精々付き合って1年程度まで。

同棲することで多少は落ち着くかと思えた束縛癖は悪化していき、流石に異常では、というのは私が1番感じていた。

昨晩の言い争いもそんな、悟君の束縛癖が原因だった。




「同窓会?」

「うん!さっきメッセージが送られてきてね、来月中学の同窓会があるんだって。成人式ぶりだから皆変わってるんだろうなぁ。」

「待って待って。え、行く気なの?」

「行くつもりだけど……駄目なの?」

「だってそれ男居るよね」

「え、うん、そりゃ共学だったし居ると思うけど……」

「じゃあ行かないで」

「はぁ……?ただの同窓会だよ?何も、男と二人で呑みに行くとか言ってるんじゃないんだよ?他にもいっぱい人が居るんだし、」

「だから?それが僕にとって行って良い理由にはならないんだけど」

「私のこと信用してないの?」

「オマエのことは信用してるけど心配なの。オマエにその気が無くても周りがそうとは限らないでしょ。」

 宝石のような青い瞳は冷たく威圧的に光っている。

 基本的には優しくて意見を尊重してくれる悟君の地雷は男性が絡むあらゆる事柄だ。
例えば任務終わりに男性術師と2人で食事に行こうものなら3日は拗ねるし、術師だろうと補助監督だろうと男性と立ち話をしただけで大騒ぎだ。

 決して少なくはない経験から、こうなるともう話し合うだけ無駄だ、と早々に諦めた私は態とらしく大きな溜息を吐きリビングを出た。

寝る支度を済ませて寝室に向かい、広いベッドへ倒れ込む。
悟君の束縛や強い執着は行き過ぎている。
うんざりしながら目を閉じれば、意識はあっという間に睡魔に攫われていった。

 次に意識が浮上した時、外はすっかり明るかった。
まだ早朝に分類される時間だったがベッドに悟君の温もりは無い。
 昨晩言い合いに発展する前、明日は早いと言われたことを思い出して顔を合わせずに済んだことに安堵した。

 私達は同じ職場で働いている。
家では会わなくとも出勤してしまえば顔を合わせざるを得ない…ということも無かった。
悟君は今日、早朝から日帰り出張に出ている。
今日ばかりは彼が全国各地を飛び回る多忙な特級術師であることに感謝した。

 そんなこんなで今に至るので、昨晩言い合いをしてから仲直りはもちろん、顔すら合わせていない。
連絡を入れなかったのは単に気まずかったのと、ちょっとした嫌がらせのつもりだった。

あまりやり過ぎて本格的に怒らせても後が面倒なので、もう少ししたらメッセージくらいは送るつもりだが。

「私も元カレ束縛酷いタイプだったから気持ち分かるよ。愛されてるとか通り越してウザくなってくるよね」

「そうそう、初めの頃は愛されてるって思ってたんだけど」

「信用してないの?って思うし行動まで制限されると腹立ってくるよね」

「そうなの!まさに昨日それでね─…」




 飲み干したグラスがカラン、と氷の音を立て、気が付けばテーブルにはいくつもの空いたグラスがあった。

 お酒の力か、誰にも吐き出せずにいたからなのか、随分と熱心に恋人の不満を吐き出してしまった気がする。

「ちょっとー、大丈夫?結構酔ってるでしょ」

「んー、そんな酔ってないよ…ちょっとふわふわするくらい」

「酔っ払いは酔ってないって言い張るのよ。ほら、そろそろ帰ろう」

「えー!やだ、今日は朝まで帰らない…」

「もう、とりあえず夜風に当たって酔い覚まそう?お会計するよ」

 友人を追って立ち上がると視界がふわりと歪んで思っていた以上に酔っていることを実感する。
お会計を済ませて外へ出ると冷たい風が頬を撫で、心地良さに頬が緩んだ。
ついこの間まで茹だるような暑さだったというのに気が付けばすっかり秋の気候だ。

「涼しくて気持ちいいー…」

「ね、だいぶ過ごしやすくなってきたよね。てか、大丈夫?気持ち悪くない?」

「んー…大丈夫」

「本当?お水買ってくるから待ってて」

「あ、いいって、大丈夫だよ!」

 私の静止する声を振り切り数メートル先に見えるコンビニへ向かって駆け出した友人の背中をぼんやりと眺めながら、飲みすぎてしまったことを後悔する。

友人に迷惑を掛けてしまった。
いくら悟君への鬱憤が溜まっていたとはいえ──と、悟君の顔が頭に浮かび、そこでやっと連絡を入れていないことを思い出した。

これは少々、いや、相当マズイのではないか。
数時間放置したスマホを確認するのが恐ろしい。

 このあと待ち構えている悟君との対話を考えると溜息しか出ない。
もういっそ、このままどこかへ行ってしまいたい。
なんて投げやりになっていると、不意に人の気配が近付くのを感じた。


「おねーさん、こんばんは。もしかして1人?」

「暇してるなら俺達と遊ぼうよ」

 気配がした方へ顔を向けると男が3人立っていて、ナンパされているのだと回らない頭でも理解出来た。
夜更けに繁華街で1人立っていればナンパなり冷やかしなりされることは不思議では無い。
普段なら絶対相手にしないところだが、今日は少しだけ話を聞いても良い気になってしまった。

「1人じゃないよ、友達待ってる」

「お友達も女の子?」

「うん」

「今からどっか行くの?」

「んー、分かんない。どうしようかなって考えてたとこ」

「ならお友達も一緒に皆で飲み行こうよー」

「えー、どうしよっかなあ」

 酒のせいだとか、男のうちの1人がちょっとだけタイプだったとか、この場に居ない悟君への当て付けだとか。
思わせぶりな態度の言い訳は幾らでも思い付いた。

当然ながら押せばイケると思われてしまったらしく、"良いじゃん"としつこく迫る男達に鬱陶しさを感じ、今更ながら応じたことを後悔した。
ここは適当にあしらって撒くか、と思った時、コンビニから友人が出てくるのが見えた。

「ちょっと名前、何してんの!」

「あれ、お友達さん?お友達さんも可愛いねぇ」

「今一緒に飲み行こうって話してたんだ」

「いや、行くとは言ってないけど…」

「はぁ!?無理です!私達もう帰るので」

「いいじゃん、つれないなぁ。奢ってあげるし行こうよ」

「ちょ、もう付いてこないでください…!」

 男達から逃れるよう私の手を引き足早に歩き始めた友人の隣を男達は同じペースで付いてくる。
思っていた以上のしつこさにいよいよ苛立ちが募り始め、声を張り上げようと大きく息を吸った時、場違いに明るい、聞き慣れた声が背後から聞こえた。

「はーいストップ。何やってんの?」

 男達の数歩後ろに立っている声の主は、間違いなく悟君だった。
 2メートル近い長身に白髪、サングラスという出で立ちは威圧感を感じさせたが、人数的に優勢と思ったらしい男達は怯む様子はなく悟君に食ってかかかる。

「誰だよお前。おにーさんには関係無いですよねー?」

「俺達今から5人で飲み行こうって話してたところなんですよねぇ。邪魔しないでもらえますー?」

 小馬鹿にした口振りなど、この白い大男が何者かを知っている呪術界の人間は滅多に叩かないだろうし、実際に私はそこそこ長い付き合いだが見た事がない。
 怖いもの知らず、と思ったが、彼がどんな力を持っていて、どんな立場にあるのかなど一般人は知らなくて当然の話だ。

 下衆い笑みすら浮かべて余裕綽々といった様子の男達に悟君は腹を立てる様子は無く、穏やかな微笑みを口元に携えたまま悠然と歩き出した。

「関係ない、ね。君達がナンパしたあの子は僕の彼女なんだけど、どう関係無いのか聞かせてくれる?」

 長い足を数回動かしただけであっという間に悟君と男達の距離は縮まり、立ち止まった悟君が男達を見下ろすとサングラスの隙間から宝石のように美しい瞳が覗いた。
普段は空のように海のように穏やかに輝く青い瞳が、今は刺すように冷たい色をしている。

場の空気が凍っていくのを肌で感じていると、男の1人が『行こう』と小さく呟き、3人はそそくさと夜の街に消えていった。

 冷たい夜風のせいか、それともいきなり現れた悟君に気を取られたせいか、気が付けば大分酔いは覚めていて、冷静になるにつれ状況を理解し背中が冷えていく。

「大丈夫だった?名前のお友達、だよね?はじめまして。名前の彼氏の五条です。いつも名前がお世話になってます。悪いんだけど今日はこのまま名前を連れて帰っても良いかな?大分酔ってるみたいだし」

 友人に声を掛けた悟君は普段と変わらない様子で、ひとまず話を聞いてくれるくらいには冷静だ、と安心する。
いつから見ていたのかは分からないが、ナンパされている現場なんて見られたらよくて言い合い、下手したら話も聞かないで引き摺られるように帰宅させられると思っていた。

「名前結構飲んじゃって、今日はお開きにした方が良いかなって思ってた所だったので…あ、これさっき買ってきたお水です。名前に飲ませてやってください。」

「わざわざありがとう。君は何で帰るの?タクシーなら迷惑掛けちゃったついでに送っていくけど」

「あ、まだこの時間なら電車もありますし家まで1駅なので大丈夫です。ありがとうございます。じゃあ名前、またね!彼氏さん居るから大丈夫だと思うけど、ちゃんとお水飲むんだよ!また連絡するね、おやすみ!」

「あ、うん!今日はありがとう、色々迷惑かけちゃってごめんね…私もまた連絡するね、気を付けてね、おやすみ」

 友人は私達に手を振ると踵を返し駅に向かって歩き出した。
会話の切り出し方が見付けられず、ただ小さくなっていく友人の背中を見つめることしか出来ない。

時間にしたらほんの数秒なのだろうが、やけに長く感じた沈黙を破ったのは悟君だった。

「聞きたいことは山程あるけど、とりあえず帰ろうか」

怒っているとも普通とも言えない抑揚の無い声からは感情を読み取れないが、不意に掴まれた手首に伝わる力は強く、機嫌が良い訳ではないことは分かった。

 手首を掴んだまま往来を目指して歩き出した悟君の歩幅は、いつもの様に私に配慮したものではなく、無遠慮に大股で進んでいく。

 往来に出てすぐに捕まったタクシーに乗り込みマンションの住所を告げたあとは、一言も言葉を発することは無かった。




「まずは何で僕の連絡無視した?」

「ごめん。昨日の言い合いを引き摺ってたっていうか…」

「僕の顔見たくないから黙って呑みに行って、電話もメッセージも全部無視したってワケ?」

「……顔が見たくないとかじゃなくて、仕返しのつもりっていうか……連絡しないで遅くに帰ったら嫌な気持ちになるだろうなって……ごめん、幼稚すぎた」

「オマエの狙い通り、僕はクソ心配したし嫌な気持ちになったよ」

「……ごめんなさい」

「昨日のことは僕も悪かったって、流石にちょっと束縛しすぎかなって反省してたんだ。今日は朝早くてオマエと話せないままだったから帰ったら仲直りして同窓会行かせてやろう、って思ってた」

「え、そうだったの…?」

 目を伏せながら話す悟君を見て、歩み寄ろうとしてくれていたとは知らずに連絡ひとつせず遅くまで遊んで、挙句ナンパ男達を相手にしてしまった自分が情けなくなった。
あの時諦めないで話し合っていれば、と反省していると、伏せられていた長い睫毛がぱちりと瞬き、冷たい瞳が現れた。

「でもやっぱりダメだね。名前は可愛いからすぐああやってナンパされちゃうしさ。」

「待ってそれは私のせいじゃないじゃん」

「本当に?」

「え?」

「ナンパされて満更でも無さそうな顔してたじゃん。お友達が戻ってきて止めてくれなかったらどうするつもりだったの?」

息を呑む程に美しいその瞳は射抜くように私を見詰めている。
いつから見ていたの、とは聞けなかった。

「3人のうちの1人さ、名前のタイプだったよね」

「…タイプじゃないよ」

「そう?でも好きだって言ってたあの俳優……なんだっけ、名前忘れちゃったけどあの俳優に雰囲気似てたよね」

「そ、そうかな?あの人達の顔なんてちゃんと見てないし、」

「嘘付くなよ。オマエが店から出てきた辺りから全部見てたからさぁ、バレてんだよ。オマエがナンパ男にヘラヘラしてんのも、タイプの男目で追ってたことも。」

「ち、違う!本当にそんな、ヘラヘラなんてしてないし……目で追ってなんか……!」

「あっそ。まぁ好きに言い訳してれば?何言われても僕にはそう見えたわけだし。」

 発せられる声や言葉は今まで聞いたことがないほど冷たくて、嫌でも2人の終わりを連想させてしまう。
悟君から見たら浮気の一歩手前、いや、もしかしたら浮気にカウントされていたっておかしくないのだ。
関係を持つつもりが無かったのは事実だけど、それは言い訳にならない。

男をタイプだと思ったことも、ちょっと一緒に飲むくらいならと思ったことも事実で、恋人が異性相手にそんな態度を取っていたら悟君でなくとも穏やかでは居られないだろう。

 しつこい、うざいと言って愚痴を零していても、別れたい訳じゃなかったのに。

それでもこの結果を招いたのは紛れもなく自分の浅はかな行動が原因なのだから、せめて潔く身を引くことが最後に私が出来る償いかもしれないと思った。

「……ごめんなさい。信じて貰えないかもしれないけど、本当に浮気しようと思ってた訳じゃないの。ただ……言い訳になっちゃうけど、酔ってたのもあって、あと……悟君が言う通りちょっとタイプかなぁなんて思ったから、お酒飲むくらいなら良いかなって思っちゃって…」

じっとこちらを見つめる双眸は続きを促している気がして、この言葉のあとに聞こえてくるのが少しでも引き留めてくれる様なものだったら良いのに、と願いながら続きを口にした。

「軽率だったし浅はかだった。本当にごめんなさい。黙って遊びに行ったことも連絡を無視したことも、その……ちょっとでも付いていこうとしたことも…。悟君が許せないなら、別れよう。」

「……は?」

 "分かった"と了承の言葉が返ってくるか、もしくは、"何でそうなるの?"と引き留めてくれるか。
 想像していた返答のどれでもなく、今まで聞いた中で最も低い声が聞こえてきたことに驚き伏せていた顔を勢いよく上げた。

「…っ」

「別れようって何?名前は僕と別れても良いと思ってんの?」

見開かれた双眸には確かな怒りが滲んでいて、思わず息を呑み、喉がひゅ、と音を鳴らす。

「ち、違うよ、別れても良いと思ってるとかじゃなくて…!浮気未遂みたいなことしちゃった訳だし悟君が私のこと嫌になっちゃったなら、せめて潔く別れようって……」

「何言っちゃってんの?僕がオマエのこと嫌になったなんて一言も言ってないでしょ。それであっさり別れるって選択肢が出てくるのが有り得ないんだけど。まぁ別れて欲しいって言われたって別れてやらないけどさ」

そう言った悟君は大きく溜め息を吐いた。

「今まではオマエのことは信用してたし変な虫が寄ってきたらって心配だったけど、今日のを見ちゃったらさぁ、オマエを外に出すこと自体、もう無理かも」

「……え?」

「馬鹿だよね。ナンパ男に付いていこうとしたり別れようなんて軽々しく口にしたりさ。そんなことしなければ今まで通り過ごせたのにね」

「何言ってるの…?」

「オマエを一生閉じ込めておくことなんて僕にとっては容易いんだよ。でもそうしなかったのは信用してたから。でもさ、それで好きにさせた結果こうなるならもういいよね」

「いいよねって、何が…?」

「この家に無理矢理囲われるのと僕のお嫁さんとして幸せに暮らすの、どっちが良い?まぁ、お嫁さんになったとしても今までみたいに好き勝手外には出してやれないけど。
……あーあ、本当はロマンチックなプロポーズしようと思ってたのになぁ。こうなっちゃった以上仕方ないけど。今手元に指輪も無いし、改めてちゃんとプロポーズはするから許してね」

「ねぇ!勝手に話進めないでよ!」

「何で?僕と別れたくはないんでしょ?それともそれはこの状況を切り抜けるための言い訳?」

「違う、本当に別れたくはないけど、でも…」

「じゃあ良いじゃん。別れないなら遅かれ早かれ結婚することになるんだし…それとも無理矢理囲われたかった?」

「ち、違う!囲うとか言わないで、怖いよ…!」

「なら籍入れて僕の奥さんとして暮らすってことでいいよね。まだ月頭だし明日にでも辞表出せば今月いっぱいで仕事辞められるじゃん。僕今週末休みとるから名前の実家行ってその足で指輪見てこよう」

そこに私の意思など必要ない、というように勝手に話が進んでいく。

いつかそうなれたら良いとは思っていたけれど、こんな形での結婚なんて望んでいない。

そんな私の気持ちが伝わったのか、悟君は幼子をあやす様に優しく微笑み私の手を取った。

「大丈夫。幸せにするよ。名前がちゃんと僕の言うこと聞いて、良い子にしてくれればね」

綺麗に弧を描いた口元に反して仄暗く揺れる瞳を見た時、改めて自分の軽率な行動を深く後悔した。

「どんな指輪にしようか」

すり、と左手の薬指を撫でる仕草は壊れ物を扱うかのように優しいのに、伝わってきた指先の冷たさにピクリと肩が震える。

 仄暗い瞳はそのままに、美しく微笑んだ彼から一生逃げられないのだと理解した時、これは幸せな結婚なのだ、と自分自身に言い聞かせ静かに目を閉じたのだった。


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