何で怒ってるんですか?

※しぶじが起きる数年前の渋ハロという設定で書いてます。IQ低めのお話なので頭空っぽにして読んでやってください!


 蛇に睨まれた蛙。そんなことわざがふと浮かんだ。
あれ、そういえば蛇に睨まれた蛙って割と最近出来た言い回しで、"蛇に見込まれた蛙"が本来の形なんだっけ。

 余計なことを考えるのは、現実逃避をしたがっているからだろうか。
現実逃避をしたがっているとしたら原因は間違いなくこの、元から大きな目を更に見開き瞳孔ガン開きで私を睨み付ける男だろう。

 そのとんでもない鬼の様な形相に友人達は怯えているし、しつこく付き纏っていた男達はいつの間にか消えている。
私がどんなに追い払おうと試みてもあれだけしつこかったくせに、たった一人の男相手に逃げ出すなんて情けない、と頭の中で悪態をつくが正直気持ちは分かる。
それなりに修羅場を掻い潜ってきた私だってこの男の形相にはチビらざるを得ない。

恐怖を通り越していっそ冷静ささえ取り戻しかけた時、男がそっと口を開いた。

「……何してんの」

「……や、えと。ご覧の通り…」

「…ご覧の通り、コスプレして男にナンパされてお楽しみ中です、ってか?」

「ち、違ーう!違います!違くないか?いや違うな」

「取り敢えず来い。説明しろ」

「説明!?いや、説明も何も──」

「ちょっとごめんね。遊んでた所悪いけど、この子連れてくから」

 あ、友人達には一応断り入れてくれるんだ、なんて相変わらず妙なところで冷静な自分が安堵した瞬間手首を強く引かれ、そのまま人目につかない場所まで連れていかれた。
何だここ、と思っていれば今度は首根っこを雑に掴まれ、次に気付いた時には知らない部屋の玄関に居た。


「……あのー…」

「何」

「まさかとは思うんですけど、ここはー…」

「僕の部屋」

「わー…やっぱり……」

 そんな気はしていた。と言うか、そうじゃなかったらやばい。不法侵入だ。
首から手を離した男─こと五条さんは『上がりなよ』と呟くと靴を脱いだ。
仕方無いのでそれに倣ってパンプスを脱ぎ、お邪魔しますと呟いてから部屋に上がった。

普段の飄々とした姿は何処へやら。
重苦しい雰囲気を纏った五条さんはリビングへ入るなりこちらを向くと、大きな溜息を吐いた。


「マジで何してんの」

「えーと、ハロウィンだからコスプレして集まろうよと友達に誘われて…」

「で、年甲斐も無くそんな格好して街ブラついてたんだ」

「歳は関係無いでしょう!ブラついてたというより、次はどこに行こうねと話ながら移動してたら男の集団にナンパされて立ち往生してただけです!」

「満更でも無さそうに見えたけど」

「はぁ?その六眼は節穴ですか?満更どころか、五条さんが現れるのがあと一分でも遅かったら多分殴ってましたけど」

「どうだか」

 やけに刺々しい言い方をする五条さんに少しだけ苛立ったが、この人は昔からこういう所がある。
懐に入れた人間に対してキツいというか。
まあ、素に近い状態で居てくれてるということだろう。

 私は五条さんのひとつ下で、共に学生時代を過ごした数少ない一人だ。学生の頃から良く言えば気にかけてくれて、悪く言えば虐められてきた。
色々あって私と、同期の七海は呪術師を辞めたけど七海は最近出戻りしたらしい。
術師を辞めたあとも五条さんにしつこく付き纏…いや、気にかけてもらっていた私は、七海の復帰を機にお前も戻らないかとしつこく付き纏…ストーカーされている。

「誰がストーカーだよ」

「うわやべ、声出てました?」

「ストーカー…って呟いてた。高専卒業して薄情にも僕らを置いて出て行った後輩を気にかけ続けてる優しい先輩に対して失礼過ぎない?」

「五条さんのソレは気にかけてるというより人手が欲しいから早く戻ってこいよというアレでしょう」

「それもある」

「それしかない」

「だってオマエも七海も貴重な一級なのに二人して居なくなるとかさー、びっくりよ。僕らの後輩ひとつ飛んで伊地知しかいねぇじゃん…じゃなくて、だからさ、ハロウィンとか言って浮かれてそんな格好で外歩いて…何人に声掛けられた?」

「はぁ?そんなの一々覚えてませんよ」

「へえ…覚えてられないくらいナンパされたんだ。いいねぇ〜お気楽な非術師サマは」

「カァ〜!!嫌味な言い方!違いますよ!知ってます!?こういう日は!コスプレして外歩いてりゃ誰だってナンパされるんです!言いたかないけど普段はナンパなんて滅多にされないし!何なら今日声を掛けてきた奴らだって私じゃなくて友達目当てですから!」

 というか、仮に私がめちゃくちゃモテてナンパされまくってようと五条さんにとやかく言われる筋合い無くない?とは思っても言えなかった。
何となく、それを言ったら怒る気がしたから。

「ふぅん。ま、ナンパはそういうことにしといてやるけどそれはそうと、何なのその格好。メイド?」

「……はい」

「ちょっとコート脱いで」

「はぁ!?嫌ですよ!ちょ、こっち来ないで!」

嫌に爛々とした目の五条さんが近付いてきて、思わずコートの前をぎゅっと合わせ後退る。

「何で?良いじゃん、見せてよ」

「恥ずかしいですって」

「自分で選んだんでしょ、えい!」

「ぎゃああああ追い剥ぎ!変態!淫行教師!淫行術師!」

「淫行淫行うるさい、そんなに言ってるとマジで淫行するよ」

「最低!」

 コートを引っ張る五条さんと必死に守る私の攻防は一瞬にして終わり、軍配は五条さんに上がった。
そりゃそうだ。術師辞めて数年一般人として生きてる私と現代最強の特級術師じゃ戦いにもならない。

「うっわ…うわうわ…え、オマエこれさぁ…家出る前に鏡見た…?」

「な…!失礼な!見ましたよ鏡!厳密に言うと家ではなくトイレの鏡ですけど!」

「はぁ?家から着てきたんじゃないの?」

「こんな露出狂みたいな服家から着てこれるほど頭イカれて無いです。……これは友達に無理矢理着させられたんですよ…」

 私が着ている、…着ていると言うより着させられている感満載のメイド服っぽいものは、布面積が少なく如何わしさを感じさせるものだった。
細かく説明するなら、この季節には薄すぎる生地で出来たそれは胸元がガッツリ開いていて袖も短く、スカートに至っては少し屈んだだけで中が見えてしまいそうな程短い。
ご丁寧にヘッドドレス、付け襟、白のニーハイソックス付きだ。

言うまでもなくこれは自分の趣味では無い。
コスプレして集まろうと誘われた私は、若干の面倒臭さを感じつつ、とある配管工のおじさんのコスプレを調達した。
ネタに走ったとか可愛かったとかでは無く、コスプレか〜と就寝前ベッドの中でショッピングサイトを見漁っていた時、30%オフになっているそれを見付けたのだ。
どうせ一度しか着ないし安物で良いや、と適当にカゴに入れて、寝惚けながら決算した赤い帽子と青いミニ丈のオーバーオールが特徴的なそれ。

赤い帽子とハイヒール、それから白のニーハイソックスを紙袋に忍ばせて、コスプレの上から薄手のコートを羽織り前をしっかり留めれば一見普通の格好だ。
街や電車内には仮装した人がそれなりに居て中々際どい衣装を着ている人も見掛けたが、あんな露出狂みたいな格好でよく出歩けるものだ、なんて思っていた。まさか数時間後に自分もその露出狂のような格好で街中を歩くことになるとは露程も思わずに。

 渋谷駅で待ち合わせ、合流した私達は各々のコスプレを披露しあったのだが私以外は揃いも揃って露出狂のような格好をしていた。
友人は皆、ギャルなのである。私自身はギャルではないが、友人は中々に派手な人種なのだ。

 去年一昨年とSNSに上げられたイベント事の写真からして今年も派手な格好なのだろうなと予想はしていたが、想像よりも露出度の高い格好に、変態か〜と言って笑っていればその内の一人が紙袋を私に押し付けた。
中身は言わずもがな、私が今着ているこのトンチキなメイド服。
『あんたどうせ地味なの着てくると思ったから去年私が着たやつ一応持ってきたの!1回しか着てないから綺麗!安心して〜!』
と、とても良い笑顔を向けられたが、いや気にしてるのそこじゃない。

 紙袋を押し返した後、何やかんやとやり取りがあって結局トンチキメイド服を着る羽目になったのだが、駅のトイレで見た自身の全身は電車内や街中で見掛けた露出狂そのもので、『マジ可愛いし似合ってるから隠したら勿体ないって!』と騒ぐ友人達を黙らせメイド服の上からトレンチコートを羽織った。
"それならコスプレすんなよ"と野次られそうな出で立ちであるが、こんな格好で出歩くよりは余程マシだ。

友達がギャルだとこんな弊害があるのか…とぐったりしながらナンパ男達をあしらっていた丁度その時に五条さんが現れたのだ。
いきなりとんでもない力で肩を掴まれ、何だてめぇと振り返れば見知った、知りすぎた姿がそこにはあって、いつからか包帯で隠し始めた碧眼を惜しげも無く晒し私を見つめ…いや、睨み付けていて、先のやり取りに戻ると言う訳だ。


「いやー、あの時の五条さん顔激ヤバでしたよ。目で人のこと殺せるようになったのかと思いました」

「流石の僕も目で人のことは殺せないかな。良かったね、殺せなくて。そんなこと出来るようになってたら間違いなく死んでただろうね」

「ヒィ!殺す気満々」

「いや殺すでしょ。オマエっていうかあの男共だけど。にしてもこんな格好であんな街中…しかも変な男達に絡まれてさぁ……オマエ気付いてないかもしれないけど、周りにいた他の奴らも結構チラチラ見てたからね。アイツらが居なくなったら次は自分達が声掛けるんだーってギラギラしてたから」

「だぁからそれは友達目当てですって。てかなんで五条さんキレてるんですか?自分は仕事なのに私がハロウィンエンジョイしてるからですか?お菓子欲しいんですか?」

「黙れよマジで」

 ぎろり、と睨まれ、美人の凄んだ顔って恐ろしいな〜と思っていると五条さんのスマホが着信を知らせた。しかし一向に出る気配はなく、ひとつ下の幸の薄そうな後輩が胃を抑えて泣いている姿が目に浮かぶ。

「出ないんですか?電話」

「出たくない」

「そんな子供みたいな…もしかして任務ですか?」

「十中八九そうだろうね。今日はもう予定無いって言ってたのに。伊地知ビンタ決定」

「伊地知のせいじゃないでしょう…ほら、本当に早く出ないと。緊急かもしれませんよ?」

「……じゃあオマエがトリックオアトリートしてくれたら電話出る」

「はい?何て?」

「してくれないんだ。じゃあ出ない」

「だぁー!!!します、しますから!トリックオアトリート!お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」

「ごめん僕お菓子持ってないんだよね」

「何だこいつ」

 伊地知に涙を流させない為に恥を忍んだと言うのに、この男は本当に性格が終わってる。
しかし電話には出る気になったようで、スマホを取り出すと気怠げに画面をタップした。

「はいはーい………えー?ヤダよ僕さっき帰ってきたばっかりだよ?………そんなの七海でもいけるでしょ……はぁ?………分かった、ちょっと待って」

 突如スマホを耳から離したと思うと恐らく消音をタップし鋭い視線を此方へ向けてきた。

「…何ですか?」

「……僕さ、お菓子持ってないんだよね」

「え、マジで何ですか?それ今する話です?」

「だからさぁ、僕は君にイタズラされなきゃいけない訳だけど」

「されなきゃいけないってことはないと思いますけど…てか別にお菓子要らないし…」

「残念なことに任務が入りそうなんだ」

「緊急での呼び出しお疲れ様です。じゃあ私はこれで」

「だからね、僕が帰ってくるまで此処で大人しく待ってられる…?」

「あの、五条さん私の話聞いてます?おーい。私は帰りますよー!」

「オマエが僕の帰りを待っててくれるってんなら、帰宅したあとのハロウィンを楽しみに頑張れるんだけどなー。今すぐ伊地知に行けるよって言えるんだけどなー。さすがの僕もそろそろ疲れたし楽しみがないと頑張れないなー。頑張れないから任務断って寝ちゃおうかなー。あーでも僕が断ったら15連勤がやっと終わって明日の休みを心待ちにしていた七海に話が回って16連勤が確定しちゃ、」

「わぁかりました!分かりましたから!うるっせー!待ってれば良いんでしょ!ズルいですよ私の同期をダシにして!」

「え、待っててくれるの…!?」

「白々しい!そう仕向けたんでしょうが!」

「ありがとう!よーし仕事頑張っちゃうぞ」

頑張っちゃうぞ、じゃないんだよ…と小さく呟いた私の声なんて聞こえていないのかどうでも良いのかご機嫌な様子でスマホを耳に当て伊地知に「行けるよー!」なんて言っている。

たった数分前までとんでもなく不機嫌だったくせにいきなりこのテンションで通話を再開され、伊地知怖いだろうなぁ…と相変わらず悲鳴のような声が聞こえてくる端末に哀れみの目を向けた。


「よし、っと!もうひと仕事頑張ってくるかー」

「…私五条さんが帰ってくるまで何してれば…」

「あー、多分1時間くらいで帰れると思うから好きにしてて。冷蔵庫の中のモンとか勝手に飲み食いして良いし」

「分かりました…てかもうマジで何でこんなこと…ハロウィンパーティーしたいなら硝子さんとか、あ、どうせ伊地知に送ってもらうなら伊地知も誘って皆でやりますか?」

「馬鹿なの?オマエと二人きりじゃなきゃ意味無いんだけど」

「何故…」

「何故?…子供じゃないんだからさ、分かるでしょ。てか気付いてるでしょ?僕がオマエをどう思ってるか。ただの後輩相手に術師辞めたあともわざわざ連絡したりしないよ。ましてや部屋に連れ込んだりなんて」

「いやー、ちょっと待ってください。冗談なら辞めてもらって良いですか」

「冗談だと思う?え、てか気付いてると思ってたんだけどなぁ」

「……や、何となく…何となくそんな気はしてましたけど、でも五条さんって懐に入れた人間との距離感バグってるからこれも五条さんなりの友愛なのかなと…」

「違うねぇ、オマエのは特別な方の愛だねー」

「うげえ、恥ずかしげもなくそういうこと言うのやめて下さい」

「うげえ、って酷くない?あれ、でも顔赤いよー?もしかして照れてる?」

「無駄に良い声で囁かないでください!ほら!もう行った行った!」

「あはは、可愛い〜。じゃあそろそろ行くけどちゃあんと此処で待っててね?帰ってきたらどんな悪戯してくれるのか楽しみだなぁ」

「ひ…変態!淫行教師!淫行術師!」

「何を想像してんのー?てかどっちが変態だよ、こんなエッロい格好しちゃってさ。まぁいいや、それじゃ行ってくるね〜」

 玄関へ向かって歩きながら胸元から取りだした包帯を器用に巻き付けると、ひらひら手を振り部屋を出ていった。
包帯男…と呟くと些か緊張が解れたが、どっと疲れが押し寄せ大きなソファにどかりと座った。

いや、五条さん何かとんでもない事言ってたけど。
アレはつまり私のことを好きってことで良いのか?そして帰ってきたら悪戯が云々言っていたけどアレは如何わしいことを指しているのか?

五条さんのことだからふざけて揶揄っているだけの可能性もあるけれど、付き合いが長いから分かってしまうのだ。
『気付いてるでしょ?僕がオマエをどう思ってるか』と言った時の目が真剣だったことに。

じんわり熱を持ち始めた頬を誤魔化す為に何となく立ち上がると、改めて自分がとんでもない格好をしてることに気付いて更に頬が熱くなった。

仮に五条さんの気持ちが本当だとして、それを嫌だと思うなら帰宅してから真摯に伝えれば良いと思うのに、どうしてか嫌とは思わない。
そういえば私は高専時代から五条さんの顔は好きだったし術師を辞めた後もこまめに連絡があるのを嫌だと思ったことはない。
それどころか嬉しささえ感じていた。
単純に忘れないでいてくれることが嬉しいだけだと思っていたが、もしかしたら私も五条さんに対して少なからず特別な感情があったのかもしれない。
自覚してしまえば早く気持ちを確認したくて、逸る気持ちを抑えてソファに深く沈んだのだった。


 ちなみにそれから1時間程して帰宅した五条さんにどんなイタズラを強請られたのか、それはご想像にお任せする。


.

back