「アハハ!それ…君から告白されたみたいでなんか照れるね〜お付き合いしましょう、って良い響きだね」

「何れ結婚はするとして、でもその前に恋人期間を楽しみたいな、なんて……」

「恋人らしいことかぁ。確かに僕、女の子とちゃんと付き合ったことないからデートとかあんまり経験ないんだよね」

「え…そうなんですか?意外です」

「僕は君一筋だからね。身体だけの関係の子は居たけど、恋人の座は誰にも座らせなかったね」

「…そう、ですか…」

「あれ?何なに、もしかして妬いてる?」

「そういう訳じゃ…!」

 誰が貴方に嫉妬なんてするんですか、と頭の中で毒吐く程度には冷静さを取り戻したらしい。
嫉妬ではなく、その異常な一途さに引いているのだ。
 妬いてる?のひと言があまりにも心外だったせいで思わず否定してしまったが、ここは五条さんに合わせて嫉妬している風に装った方が事が上手く進む気がする。
再度口を開いた私の声は、ほんの一瞬の差で先に話し出した五条さんによって掻き消されてしまった。

「まぁ、でもさ。そこはおあいこってことで。ね?何なら君の方が結構酷いと思うんだけどなぁ?僕という存在がありながら過去に恋人作って…今だって現在進行形で男居るでしょ?昨日だって僕と会ったあとソイツん家行って朝帰りとかさ…」

「え…!?な、何で知って…!昨日やっぱり付けてたんですか…!?」

「君のことなら僕は何でも分かっちゃうんだよ!…って言いたいところだけど流石の僕にもそんな能力は無いからね〜。てか後を付けたって言い方聞こえ悪いから辞めてくんない?無事に帰れるか心配で見守ってただけなんだから」

「そんな…だって私…え…なんで…」

「無駄にぐるぐる回って電車とバス乗り継いでみたりタクシー乗ってみたり面白かったね。家まで乗り換えなしの数分なのにさ」

「どこから…見てたんですか…」

「秘密」

 厳重に、念には念を押したはずだ。
背後や物陰、あらゆる場所を警戒した。
付けられてる気配は無かった。
見通しが良い道をなるべく通ったし、視線も足音も何ひとつ感じなかった。

「……どうして…」

「何が?」

「私にっ…彼氏が居ること知ってるなら、どうしてこんなことするんですか…!諦めてくださいよ!大体、おかしいです!そんな子供の頃の約束真に受けて…未だに信じ続けてるなんて…!私はそんな約束忘れてたし、私は彼と結こッ…!」

「黙って。それ以上言ったら殺しちゃうから。アイツのこと」

 大きな手で塞がれた口の端から声にならない悲鳴が漏れる。
間近で見た澄んだ青があまりにも美しくて、あまりにも冷たかったから。
今更、悪手を働いたと気付いても後の祭りだった。

「浮気は許すよ、1回までは。本当は出来るだけ酷いやり方で殺してやりたいし、いや殺さなくてもまぁ再起不能にしてやるくらいでも良いんだけど。君のクソ兄貴みたいにね。でもほら、余裕がない男ってダサいでしょ?だから1回までは許してあげる。だって僕が本命なんだから必ず僕の所に戻ってくるんだもんね。でもさ、ソレは駄目だよ、ソレ。結婚って簡単に出して良い単語じゃないでしょ。流石の僕も傷付くし腹が立つから辞めてね、マジで」

 ブツブツ早口で捲し立てる五条さんの目は怖いくらいに見開かれていて、背筋に冷たいものが伝う。

いや、それよりも。今この男は何と言ったか。
私の兄がどう、と言っていなかっただろうか。

「兄に何かしたんですか…!?」

「僕は何もしてないよ。引越す時名前にお兄さんに渡すように、って御守り渡したんだけどそれも覚えてないよね。あぁ、御守りって体だけどそれも呪物みたいなもんでさ。対象者に危害を加えるとそれがトリガーになって呪いが発動するんだ。アイツ、ガキのくせに名前のこと厭らしい目で見てたから万が一襲われたら、と思ってアレを渡したんだけど。いやぁ、びっくり。君のお兄さん、今身体壊して引きこもりなんでしょ?てことは君に何かした、って訳だ。馬鹿だよね。何も悪いことしなきゃ今も元気に社会生活送れてたのにね」

 絶句する、という経験を生まれて初めて体験した。
あまりの衝撃に言葉が出ない。
この人は、私だけでなく兄まで呪っていたのだ。

 兄が私をおかしな目で見ていたことも距離感がおかしかったことも確かだし、大学進学を控えた高校三年生の夏、襲われたことも確かだ。
最後まで至らなかったのはその日遠方へ出ていた父と母が予定よりかなり早く帰ってきてくれたおかげで、運が良かったのだと思う。

それから1週間もしないうちに兄はみるみる弱っていき、2年に渡る検査やセカンドオピニオンなどを経て世界でも数例しか無いという希少な難病だと診断され、あとは五条さんの言う通り引きこもりのような生活を送っている。

 兄のことは苦手だった。
そしてあの日それが嫌悪に変わった。
だからと言って、自業自得とは言え良い気持ちはしない。

「……ちなみに兄の呪いを解く方法はありますか」

「呪いはもう解けてると思うよ。アレは人を蝕み続けるようなモノでは無いから。一度大きな不運を引き寄せる、それだけさ。まぁそれがお兄さんの場合は病気だったってだけ。つまりお兄さんの病気と呪物に直接の関係は無いから仮にソレを回収し祓ってもなーんの意味もないってコト!」

「そんな…」

「何?別にどうでもいいでしょ、君に危害を加えたクソ兄貴なんて」

 兄はどうでも良い。良い気持ちはしなくとも、自分に危害を加えた嫌悪すべき相手だ。
しかし、兄に翻弄され疲弊する母を思うと、呪いを解けば治ると言ってほしかった。

 ところで五条さんは我が家の現状を知っているようだし、私の職場や恋愛遍歴まで知っているような口ぶりをしていた。
後を付けたくらいで分かる筈がないそれらの情報をどこから得たのだろうか。

「まだ聞きたいことあるって顔してる。名前は感情が顔に出易いね。可愛い。それで、あとは何が気になるの?」

「どうして…私の情報を色々知ってるのかな、って…だって昨日会ったばかりで、それだって偶然…もしかして仕組んでたんですか…!?」

「やめてよ、仕組んだなんて。昨日の出会いはマジで偶然!だから余計に運命感じて嬉しくなっちゃったよね〜!だってさ、約束の27歳になったことだし、そろそろ迎えに行かなきゃって思ってた君が目の前に居るんだもん!流石の僕もびっくりだよ!」

「で、でもどうして私だって分かったんですか?20年以上経ってもちろん容姿は変わっているのに」

「名前の呪力だよ。君にも微々たるものだけど呪力が流れてるからね。僕はそれを覚えてたから名前を見てすぐに分かったよ。あ、で、どうして昨日の今日で色々知ってるのか、だっけ?それはね、詳細は秘密だけど僕にはとーっても腕の良い、"調べ物が得意"な知り合いが何人か居るんだ。僕と名前が離れていた間のこと全部知りたくて調査をお願いしたんだよね。そしたらまぁ、仕事が早いの何のって。今朝にはぜーんぶ、背中のホクロの数まで知れたよ」

「ほ、ホクロ!?」

「アハハ、それはウソ。ま、でもそれくらい細かい情報を流してくれたのは本当。なーんかさ、恋人期間を楽しみたいとか言ってくだらないこと考えてたみたいだけど、意味ないよ。恋人っぽいことなんて結婚してからいくらでも出来るしね」

「ッ……!」

「約束。指切りしたんだよ。忘れてると思うけど。僕達を縛る愛の呪いだ。あの日、君が僕を呪ったんだ。君のせいで僕はずっと誰も好きになれなかったし君と一緒になることだけを夢見てる。ねぇ、左手出して?」

 自分にもまだ、人間が動物だった頃の名残があることを感じた。
捕食者を前にして諦観する獣のように。
"逃げられない"と本能が言っている。

 おずおずと差し出した左手の薬指に嵌められたリングは華奢でありながら大ぶりなダイヤモンドが堂々と鎮座している。
差し込む光を受けてキラキラと輝く宝石はひたすらに無垢で美しい。
本来なら、喜び愛しまれる筈のソレは私にとって手錠のような、足枷のような、鎖のような、縛り付けて逃げられなくする為の忌々しい物でしかない。

「僕と結婚しよう」

頬を伝った涙の意味など、もう分からない。
分からなくて良いのだ。もう、何もかも。

それは私が無垢に心を殺された日だった。


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