「お疲れサマンサー!ちゃんと討伐……は?」
「あ、センセー!」
「遅いですよ…呪霊は祓いましたが女性が襲われるところでした。怪我は無いみたいですがショックを受けてるみたいで…って、話聞いてます?」
背後から突如聞こえた場にそぐわないテンションの声に振り向くと、そこにはやけに身長が高い白髪の男が立っていて、目元を隠す真っ黒な布に先程のとんでもない渾名を思い出した。
私が想像していたより随分シュッとしているが、やはりどことなく変態性を感じる出で立ちに、これで本当に先生なのだろうか、というか目は見えてるの?などとあらゆる疑問が湧き出た。
「おーい、センセー?聞こえてるー?……なんで固まっちゃったの?」
「知らねぇ……」
固まってしまった"先生"は、目隠しのせいでよく分からないが此方を見ている、気がする。
もしかして不審者だとでも疑われているのだろうか。
だとしたら申し訳ないけど貴方にだけは疑われたくない、と失礼なことを考えた。
「……なんでここに居るんだよ」
ぽつりと"先生"が呟いたその言葉は私に向けられている気がして、え、と声が出た。
「だから、なんでこんな所に居るの、名前」
"先生"の口から聞こえてきた名前は間違いなく自分のものだった。
驚いた様子の少年達が私と"先生"を交互に見るが、私には全く覚えがない。
こんなに身長が大きくて目隠しなんかした白髪の男性、一度見たら忘れられない衝撃のビジュアルだが私の記憶には無い。
人違いでは──という私の言葉をかき消すように、ピンク色の頭をした少年が口を開いた。
「え、センセーの知り合い?」
「この子は僕の婚約者だよ」
「はぁ!?アンタ、婚約者なんて居たの?」
「マジか!え?てことはセンセーのカノジョ?伏黒知ってた?」
「知らねーよ。つーか興味無い」
目の前で繰り広げられる会話に頭が付いていけず、"先生"の言葉を反芻してみるがやはり意味が分からない。
誰が、誰の婚約者だと言っているのだろう。
「興味無いは酷くない?…まぁ、僕達も会うのは20年以上ぶりだからね。恵にも他の誰にも…あ、硝子は知ってたかなぁ。とにかく話したことないからね。知らなくて当然だよ」
「20年以上って…私達が生まれる前じゃない。そんな前の婚約、有効なの?」
「有効でしょ。僕は婚約破棄した覚えは無いし」
私を置き去りにして進んでいく会話は凡そ自分が当事者とは思えないものだったが、漸く言葉の意味と現在の状況を理解出来る程度には冷静になった。
「あ…あの…、すみません。私が貴方の婚約者、って、何のことでしょうか…?人違いでは…」
「人違い?そんなワケないよ。僕が君を間違えるワケない。まさか覚えてないの?」
「……すみません。全く身に覚えがないです」
何度も言うが、こんな特徴的な男性、一度見たら忘れられないだろう。
これでも一生懸命記憶を探っているのだがひとつも思い当たらない。
頭の中で唸りながら、もう一度記憶を探ろうとした時、先程の"先生"の言葉を思い出した。
"僕達も会うのは20年以上ぶりだからね"
すっかり聞き流していたが、私と"先生"の出会いは20年以上前で、婚約もその頃に──と、そこで漸くパズルのピースが嵌ったように、私の中にある夢の記憶と母の言葉がひとつに纏まった。
彼は、もしかして──
「これでも見覚えない?」
徐に下ろした黒い布の下には宝石のような、空と海とそれから沢山の綺麗な青を詰めた瞳がふたつ、秘められていた。
「…ご、じょう、さん…?」
「やっと思い出してくれた?でもそんな他人行儀な呼び方は嫌だな。あと敬語も。昔みたいに下の名前で呼んでよ」
「あ、ごめんなさい…下の名前、思い出せなくて…」
「あの頃僕のこと苗字で呼んだことなんて一度も無かったのに?」
「名前…覚えてなくて…ちょっとしたきっかけがあって母に聞いて…ご、ごめんなさい。色々動揺してて上手く話せない、です…」
「それもそうか。約20年ぶりだもん。あ、今時間平気?平気ならこれから──」
「何このまま抜けようとしてんですか。アンタ今引率中でしょう」
「えー、別に僕居なくても良くない?このあとの任務だって3人なら余裕でしょ」
「そういう問題じゃない」
「だって約20年ぶりの感動の再会よ!?それじゃーまたねーって訳にはいかないでしょ!」
「知りませんよ。連絡先でも交換しといてそういうのは後でやってください。だいぶここで時間取られたんスからもう行きますよ」
駄々を捏ねる五条さんと、それを説得する少年のやり取りを見てどちらが先生か分からないな…と思った。
漸く諦めたらしい五条さんが渋々というように"分かったよ"と呟いて私との距離を詰めてくる。
「僕まだ仕事があるからさ。積もる話は後でしよう。今日、夜時間ある?」
「特に予定は無い、ですけど……」
「オッケー!じゃあ夜、食事でもしながら話そう!連絡先、教えてくれる?」
流れるようにスマホを取り出し連絡先を交換出来ると疑わない様子を見て、"彼氏居るし結婚するし、普通初対面の男に連絡先なんて…いや、初対面では無いのか…"などと頭の中でごちゃごちゃ考えたが、場の雰囲気に流されスマホを取り出した。
メッセージアプリを開きQRコードを表示して画面を差し出すと五条さんがそれを読み取り満足気に口元を緩めた。
早く行きますよ、と少年に促されその場を立ち去る五条さんと少年達に改めてお礼の言葉を伝えて私もその場を離れる。
すっかり皺が寄った紙袋を見て"それ"の姿を思い出し身震いしたが、私の胃袋はその程度で空腹が治まるほど殊勝ではない。
再び地図アプリを起動させ、今度こそ無事カフェへ辿り着けますようにと祈りながら歩を進めたのだった。
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