ずっと、酸素の薄い世界で生きているような気がする。
 イタリア有数の資産家であり、数百年以上続く魔術名家の第二子として生まれた自分はきっと、初めから望まれた存在では無かった。
 気まぐれに魔術を教えられたは良いものの、優秀な兄とは違い、要領の悪い自分はいつだって出来損ないだった。
 与えられた特上の魔術回路を使いこなせない劣等生。兄のスペアとしても機能しない落ちこぼれ。利用価値は特上の魔術回路と質の良い魔力を次にへと残すための「胎」ぐらいしかなく、あの家でルーラは「物」であった。
 ただ1人の「ルーラ」として愛されたい。必要とされたい。そんな思いで、家から抜け出しては見知らぬ誰かと体を重ねる。消耗品の愛を強請って、愛を消費する。その度に己の中で大切な何かがすり減っていく気がして、それでも、その行為をやめることなど出来なかった。
 なぜこんなにも愛されたいのか。本当は誰に愛されたいのか。そんなことは分からないし、どうだって良かった。ルーラにとって必要なのは、「愛される事」だけだ。
 愛してくれるのなら何だってする。その言葉に嘘はない。なんだってするから、愛して欲しい。認めて欲しい。誰かの代わりではない、落ちこぼれでも良いと、「ルーラ」として愛されたい。
 そんな願いさえ、口にすることは許されなかったのだ。

 *

 ギルガメッシュがマスターであるルーラを気に入った、という話は瞬く間にカルデアの中を駆け巡った。人の口に戸は立てられない、とはよく言ったもので。
 雪に囲まれ、娯楽の少ないここカルデアは、ずっとその話題で持ち切りだった。
 すれ違う度にギルガメッシュとの話を聞かれ、その度に笑顔で返す。カルデアの冷たい廊下を歩きながら、ルーラは口々に言われる言葉を、ゆっくりと噛み砕いていく。

(気に入られとる、なぁ……………)

 いつ首を刎られてもおかしくないような態度をとっている自覚はある。そして、その態度をなぜかギルガメッシュに許されているというのも分かっている。
 マスターとして気に入られた、のならありがたい話ではあるが、ギルガメッシュの自分に対する認識はそういったものではない、とルーラは確信していた。

(おーさまのは、)

 ギルガメッシュが自分を見る目は、かつて家族から向けられていたもの_____己を、物として見ているものと同一の目だ。
 どこをどう気に入ったのか知りたくもないが、ギルガメッシュであればおそらく玩具、よくて飼いたてのペット程度の認識なのだろう。玩具の言うことにいちいち腹を立てる人間などない。ペット扱いだとしても、ギルガメッシュにとって自分の態度は甘噛み程度なのだろう。流石のギルガメッシュとて動物が甘噛みした程度で殺すほど狭量な男ではない、というのがここ数日関わったルーラの、ギルガメッシュに対する見解だ。
 実家で「物」として扱われることに嫌気がさして、アニムスフィアから話が来た際に、これ幸いとカルデアに訪れたはずなのに。結局、自分の召喚したサーヴァントにすら「物」扱いされる。
 自分はどこまで行っても、「物」なのだと。逃げようのない事実を突きつけられているような気がして、吐き気がすると同時に、右腕を強く掴む。いつもの悪い癖だ。こんな公共の場ではまずい、と足を早めれば、目の前に見えた姿にルーラは思わず眉に皺を寄せた。

「随分と辛気臭い顔をしておるなァ」
「おーさま」

 急いでいる時に限って、こういうことになるのだ。それも、今1番会いたくない人物。
 普段の華美で眩い黄金の鎧ではない。恐らくギルガメッシュの時代の服を着ながらゆっくりとこちらに歩いてくる。それを避けるように端にへとよれば、すれ違いざまに無理やり腕を掴まれ、体を引き寄せられる。踏ん張ろうとするもサーヴァントの力に叶うはずも無く、ルーラは呆気なくバランスを崩した。

「貴様、腕で何やらしておるな」

 耳元でそう呟かれ体が固まる。自分の、自分しか知らないはずだ。カルデアに来てから誰にも体を見せたことは無い。レイシフトの時も腕を捲ったことは無い。それなのに、ギルガメッシュにはバレている。恐怖で脈が速まる。やたらと口が渇く。誤魔化すようにへらり、と笑って、ひねり出した声は、やけに掠れていた。

「な、に言っとんのおーさま」
「貴様は我の所有物だ。貴様が何をしようと勝手ではあるが、我の名に傷を作るような真似だけはするなよ」

 そう言ってすぐさま体を解放され、ギルガメッシュがゆっくりとルーラが今来た道をと歩いていく。
 やはり「物」扱いだ。物じゃない、とそう強く言えたら良かったのに。幼少の頃から刷り込まれた言葉が、それを口にすることを許さない。
 遠のいていくギルガメッシュの後ろ姿を眺めながら、ルーラは、自分の身を守るように体を強く抱きしめた。

「おーさまには、分からんよ」

 ぽつり、と呟いた声は誰にも届かず空に消える。怖い、と思うと同時に、腹の奥の方がぎゅるり、と気持ち悪くなる。人を「物」扱いする男に、こんな気持ち分かるはずもないのだ。


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