「笹貫ー悪いんだけどさ、糸櫻に手入れ部屋空いたって伝えてきてくんない?本丸帰ってきてから見かけてくてさ。怪我もしてたし心配で」
糸櫻と共に戦場に出ていた加州にそう頼まれた笹貫は一つ返事で了承すると、本丸の奥の方にへと足を向けた。途中、自室に寄ってタオル数枚を手に取って、笹貫は本丸の庭に面した廊下をゆっくりと歩く。空き室ばかりの人気のない区間にたどり着いたところで、笹貫は目的の人物を見つけた。
「おひいさん」
「笹貫」
ぽつん、と置かれている井戸の隣に立つずぶ濡れの糸櫻に声をかければ、目の前の体がぴくり、と跳ねゆっくりと顔が上げられる。笹貫の声に反応して振り向いた糸櫻の顔は未だ戦場にいるかのような鋭さを残していた。さくら色の目は敵を屠る時と同じ熱を孕み、頬はほんのり赤く色ついている。それでも辛うじて主の前には顔を出せそうな程度まで熱を鎮めたのだろう。びしょびしょに濡れた姿がその証拠だった。
「そんなに良かったんだ」
「やっぱい戦場は良か。刀であっことを実感すっ」
興奮冷めやらぬ、といった状態で、珍しく早口な薩摩弁を話す糸櫻に相槌をうちながら、笹貫は適当に履物を引っかけて糸櫻に近づいた。
己の内番服が濡れるのも厭わず、濡れ鼠状態の糸櫻の髪の水滴をタオルで軽く拭き取って、水に濡れた羽織を脱がす。軽く体を拭いてから笹貫は加州からの伝言を糸櫻にへと伝えた。
「手入れ部屋空いたってさ。おひいさん怪我してるんだって?行ってきな」
「…そうじゃなあ。手入れを怠ればどげん刀であれいっきやっせんごつなっで」
そう言って井戸を後にする糸櫻の後ろ姿を眺める。ゆらり、と着物の袖が僅かに揺れる。あの目の熱に貫かれ、あの美しい刀を向けられ、そして命の取り合いをするのだ。考えただけで高揚する。これが刀の性なのか、それとも別のものなのか。
「1回だけでん本気でやり合うてみよごた」
演練で見かける他の本丸の糸櫻と命の取り合いも滾るが、やはり己の本丸の糸櫻とだ。2度目がない、本気の命の取り合い。ああ見えて糸櫻も血気盛んで戦闘狂だ。命の取り合いは出来ないものの、本気の手合わせぐらいならば受けてくれるかもしれない。そうと決まれば主に手合わせの許可を貰うべく、笹貫は執務室にへと足を向けたのだった。
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