その日音柱の邸宅を訪ねたのは意外な人物であった。玄関先でその人物を出迎えた雛鶴は一瞬言葉を失ったが、すぐに家主である天元を呼んだ。

「何だ珍しい、冨岡じゃねぇか」

客人である同僚の姿に驚いたのは天元も同じだった。ただ当の本人だけが、いつものように表情のない顔で立ちすくんでいる。相変わらず地味を絵に描いたような男だと天元は思う。

「わざわざ何の用だ」
「…折り入って話がある」
「だからそれを何だって聞いてんだよ」
「それは…」

天元がせっつくように先を促すも、義勇はそれきり口をつぐんだままだった。

「おい、俺は忙しいんだ。用がねぇなら行くぞ」

踵を返そうとする天元に義勇は慌てて口を開いた。しかしぽそりと呟かれた言葉は天元の耳には届かず、天元はさらに苛立ちを覚えることとなった。あぁ?と怒号にも似た声色で再度義勇の言葉を聞き返すと、義勇は観念したかのように再び口を開いた。

「…舞踏会に、行きたい」

舞踏会。おおよそそのような場所では無縁であろう人物から発せられたその言葉に、天元と雛鶴は思わず顔を見合わせた。そして数秒の沈黙ののち、二人が二人とも盛大に吹き出した。

「おま、お前なぁ!その顔で舞踏会って!」
「ふふっ、ごめんなさい…!」
「に、任務に決まっているだろう!」

珍しく義勇が語気を強めたにも関わらず、天元は腹を抱えて笑い、雛鶴に至っては堪えきれず奥に下がってしまった。義勇は苦虫を噛み潰したような表情で俯く。その間も天元は笑い転げ、奥の部屋からは若い女の歓声が三つ分どっと上がる。居た堪れなくなった義勇がじとりとした視線を天元に向けると、天元はようやく大きく息を吸って義勇に向き直った。

「わりぃわりぃ。だってお前よぉ、舞踏会って…!」

収まったはずの笑いが再び押し寄せてくるのを堪えきれずに天元が吹き出す。義勇はため息を一つ吐き、踵を返して玄関戸に手をかけた。

「そう怒るなよ!舞踏会…舞踏会なぁ…」

何やら考え始めた天元に、義勇は顔だけで振り返る。

「生憎そっち方面には明るくねぇんだわ。花街ならいろんな伝があるんだがなぁ」
「花街に用はない」

当てが外れたとでも言わんばかりの顔をされると、それは何やら天元の癪に触るようである。玄関戸がカラカラと立てるその音に紛れ、天元は甘露寺と呟いた。

「甘露寺のところは訪ねたのか?」
「…甘露寺?」

思いもよらぬ名に義勇の手が止まる。

「あいつ元は結構なお嬢様らしいぜ?舞踏会に行ったこともあるかもな」
「そうか」

ようやく有益な情報にありつけたと、義勇はほんの僅かに口角を上げ今度こそと手をかけていた玄関戸を開いた。

「待て待て、任務なんだろ?心許ないから俺が一緒に行ってやるよ」

天元はそう言うと上り框を降り、奥の間にいるであろう三人の嫁にちょっと出てくると声をかけた。

「…忙しいんじゃなかったのか」
「はっ、可愛げがねーやつ」

こうして二人は連れ立って恋柱邸を目指すこととなった。


(211218)