だから

浅草での任務の折に助けた男の人が活動写真の会社に勤めているとかで、お礼にと入場券を二枚くれた。私はあまり興味がなかったけれど、煉獄さんが見たいというので、せっかくだから寄って帰ることにした。初めて見る活動写真というものに最初はとても感動したけれど、それも最初だけだった。写真の中のお侍さんがバッタバッタと人を斬っていくのだけれど、普段自分がやっていることとさして変わらないのだ。おまけに部屋の中は暗いし、任務明けということもあってすぐに眠たくなってしまった。気がつくと私は煉獄さんの肩にもたれて眠りこけていた。そして煉獄さんも同じように、少しだけ私に体重を預けうたた寝をしていた。

「ちょっともったいなかったですね、二人して寝ちゃうなんて」

あの入場券がいくらするものなのかよくわからなかったけど、今更になってあの男の人に申し訳なく思えてきた。一方見たいと言った張本人の煉獄さんは、よもやよもやと笑うばかりである。あんまりにも大きな声で笑うから、道行く人たちがみんな煉獄さんを振り返っていた。

それにしても浅草は苦手だ。人が多いところは気が張ってしまってそれだけで疲れてしまう。人通りのない田舎道に差し掛かったところでようやく息を吸い込めたような気がしていた。

「浅草はすごいですね、行くたんびに見慣れないものが増えていますよ。私全然ついていけません」
「君はお婆ちゃんみたいなことを言うんだな!」

そう言われても仕事が仕事なもので。ただひたすらに鬼を斬るだけの毎日に、活動写真も流行りの洋食屋さんも可愛い袴も必要ないのだ。きっと私はこうして時流に取り残されたまま、お婆ちゃんになってしまうんだろう。いや、その前に死んでしまうのかもしれないけれど。

「こうやって世の中どんどん便利になっていくんですかね」
「何か欲しいものでもあるのか?」
「そうですねぇ、人の心の中を見られる眼鏡のようなものがほしいですね!」

私は、想いが通じ合えたら煉獄さんのことを何でもわかってあげられるのだとばかり思っていた。けれどもちっともそうじゃない。初めて逢ったときから今までずっと、煉獄さんが何を考えているのかさっぱりわからない。さっきだって、どうして煉獄さんが活動写真を見たいと言ったのか、おおよその検討もつかない。これが千寿郎くんだと、きっと兄上はこうだから…と、ずばりその心のうちを言い当ててしまったりするもので、そうすると私は途端に居た堪れなくなってしまう。私も、少しだけでいいから煉獄さんの心の中を覗いてみたい。

私の言葉にふむふむと頷いていた煉獄さんだったけれど、突然立ち止まってしまった。そして大きな声でこう言った。

「そんなものはいらんな!」

突然そんなこと言うもんだから、私もびっくりして立ち止まる。そういうところだ、そういうところが私に煉獄さんの心の中を覗かせたがるのだ。

「そんな眼鏡があったら君は俺の心のうちばかり気にして、俺の目を見てくれなくなるだろう?」

そう言ってこちらにちらりと視線をよこす煉獄さんに、私は少しドキッとした。それは決して煉獄さんの流し目がかっこよかったからではなく、心の中の後ろ暗いところを突然暴かれた焦りにも似たものだった。そんな私の様子なんかさして気にもせず、煉獄さんは私の方に向き直って、それから私の頬を両手でぺたぺたと触り始めた。

「それにだな、こうして君に触れると君が何を考えているのか俺にはよくわかる」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ!腹が減ったと思っているだろう!」

その素っ頓狂な答えに思わず笑ってしまった。頬やら頭やら無遠慮に触ってくる煉獄さんの大きな手も、なんだか可笑しくなって笑いが止まらない。

「ふふっ、それは煉獄さんの方でしょう?」
「さつまいもの入った味噌汁が食べたいのだな!」
「わかりました、お夕飯はそれにしましょうね」

それでもぺたぺたをやめない煉獄さんに、お返しと言わんばかりに腰の辺りに腕を回した。ごわごわとした隊服と冷たいベルトの金具に手が触れる。

「それで、私が何を考えているのかわかりましたか?」
「いや、さっぱりわからんな!」
「唇と唇が触れたらわかるかもしれません」

なるほどそうか、と煉獄さんがそう言って、白い羽織の中に私を隠して、優しくそっと口づけをしてくれた。柔らかい、ふにっとしたその感触は、私の心をふんわりと優しく包むような、それでいてちくりと胸の奥を刺すような、不思議な感触だった。

「これも悪くはないだろう」

そう言った煉獄さんの心の奥の奥を、私はやっぱりわからないままだったけれど、煉獄さんがとても嬉しそうに笑うので、私もつられて笑ってしまった。そして、煉獄さんは私の心のうちがわからないからこそ触れてくれるのであり、私もまた煉獄さんの心のうちがわからないからこそ触れたくなるのであれば、心を覗く眼鏡はいらないなと思い、同時に煉獄さんの言葉がすとんと心の中に落ちてくるようだった。

ただひとつ確かなことがあるとするならば、煉獄さんの笑った顔は、私をこれ以上なく幸せにさせるということだ。

「帰りましょう、ほんとにお腹が空いてきちゃった」
「そうだろう!」

山の向こうに落ちていく太陽が、刺すように私たちを照らしていた。影はきちんと二つ分、真っ直ぐに伸びている。


(210131)