牙を剥く



私はしがない女子高生だ。
普通に学校へ行き、普通に部活をし、普通に帰ってくる。平凡なだけの女子高生だ。ただ、そんな何気ない日々を過ごす私にも、最近学校でちょっとした話題のネタになる人がいた。
私の家の、隣の空き家に引っ越してきた人達がいる。
一人は日本人で、一人は恐らく外国人かハーフ。何でも家から独り立ちしてきて、外国人の親戚とルームシェアすることになったと言っていた。
日本人の子は、苗字名前くんと言うらしい。実年齢はわからないけれど独り立ちというには幼い顔立ちで、そこそこ整っている。外国人の人は、美しい金髪で、それはもう雑誌に出てくるモデルのようなスタイルと顔の良さだった。名前は未だ知らない。
────でも、私がその外国人に恋をするのに、時間はそう掛からなかった。

***

AM8:00。
ピンポン、と玄関のベルを鳴らす。
学校に行くついでに母に回覧板を頼まれて匂坂さんの家の前に来た。

(……あれ、返事がない)

もう出勤してしまったのかな。そう思った時、ガチャ、と玄関の開く音がした。
出てきたのは金髪の、例の外国人さん。
寝起きなのか、眠たそうにしている外国人さんは、お腹に響くテノールの声で「何だ」と一言声を発した。

「あ、あの。回覧板です。うちから苗字さんちに……」
「…………。」

外国人さんは眉間に皺を寄せて、フイ、と踵を返して家の中へ入っていった。
何だろう、何か気に触ることでもしてしまったのかな。不安に思った私は今にも涙が出そうになってしまった。

「あ、すみません!回覧板ですね。」

少しして、今度は苗字さんが家から出てきた。ちょっと寝癖の付いた髪が、幼い顔立ちを余計に助長させて、なんだか母性本能がくすぐられる。

「お、……えっと、うーんと、……同居人、さっきの回覧板を俺宛だと思ったみたいで。俺、朝に弱いからぐっすり寝ちゃってて……。ごめんね、叩き起こされました……」

えへへ、と苗字さんは笑う。あの外国人さんの扱いに慣れているのか、あまり気にしていないようだった。「回覧板のこと、ちゃんと言っておきますね」と苗字さんは言って家に入っていった。
なんだか不思議な雰囲気の家だったが、学校に行かなければいけないので私は苗字家を後にした。


***

PM16:35

学校も終わり、帰宅している途中のことだった。歩道橋を挟んだ向こう側の通路に、苗字さんと外国人さんがいたのだ。二人とも何やら真剣な顔でいる。少し観察して気付いたが、外国人さんの顔色があまり良くない。それを話しているのかと納得したが、二人は何か話し込んだあと、あろうことか病院ではなく路地裏に入っていってしまった。

私は二人を追った。外国人さんが心配だった。もし病院を探しているなら、引っ越してきたばかりの二人はきっとこの土地に明るくない。私が外国人さんを助けなければ。青くさい正義感と使命感に駆られて二人が入っていった路地裏へ走る。

しかし、何か取り返しのつかないようなことをしている気分だった。

声が聞こえてくる。苦しそうな声。
…………水音?
この先で、何が起こっているのだろう。
私は、恐る恐るそれを見た。


「んっ、んっ……あ、ちょ、王様っ、」
「っ、は、何だ……腰が揺れておるぞ」
「はっ、ん……王様がキス上手いのが、悪いんだよ…」

そこで繰り広げられていたのは、二人の、深い深い口付けだった。
私はまだ男性というものを知らない。けれど、男性とはこうも艶めかしいものだっただろうか。ましてや、男女ではなく、男性同士であるのに。蛇が、小さな狼を絡めとっているようだった。
苗字さんは、どうやらキスをされている側らしい。とすると、それをしたのは外国人さんの方だと思い至るのに、それを理解するのに時間は掛からなかった。
舌が絡まり合う淫靡な音が響いている。
ドロドロとして、醜くて、居た堪れない気持ちになって私はその場を後にした。

「……行ったか」
「っ、ん、え?何が?何だよ?」
「いや?我を恋い慕う『だけ』の不敬者は要らぬと思ってな。貴様を虫除けに使っただけの話よ」
「……、……ああ、そういうことだったんだ」
「珍しく察しが良いではないか。して、貴様はもう少し早く起きれんのか」
「朝に弱いんだよ。でも、王様が俺を起こしてくれる分だけ、俺はしっかり王様の臣下やるからな」
「ふん、一丁前に」

二人は穏やかに、まるでそこに何もいないように話している。
夕焼けが路地裏を呑み込んだ。

***

AM8:00
ピンポン、と玄関のベルが鳴った。
母に頼まれて玄関を開けると、門の前に苗字さんがいた。

「やあ、昨日ぶり」
「え、……っと、何か、用ですか?」
「回覧板だよ。一通り読んだし、この地区ではうちで最後だったから、こちらに返した方がいいかなと思ったんだ。」

彼は、私が昨日あの場所にいたことを知らないのか、にこにこと笑っている。
笑っている。
私は取り返しのつかないことをしたと後悔した。

「そんな顔しないで。騎士は女性に対して酷いことなんかしないから。ああ、でも─────」

苗字さんは、昨日と何一つ変わらない顔でにこにこと、無邪気に、まるで子供のような無垢さで、そのラピスラズリの瞳を細めて言った。

「番犬には注意しろよな!」



fin.