何度か名前を呼んでも、ヘッドフォンで遮られた耳には届かない。
一つ溜息を吐いて、熱心に何かを書き込む左手の近くをトントンと指で叩くと、ようやく財前は気づいたようだった。
「何書いてるんだ?」
「曲やけど。」
何のために?と聞くと、特に目的はないと返ってきた。
この喫茶店で流れるジャズ調の曲を聴いていたら思いついたから、忘れる前に。
そう話す財前の視線は再びノートに注がれていて、手も休まずに動いている。
キリが良かったのか、顔をあげた財前がそれで?とでも言いたげな顔をした。
「それ、一口貰えないか。」
少しの間の後に差し出したそれを受け取る。
グラスに付いた水滴が指を伝ってテーブルの上にぽたりと落ちた。
「……甘い。」
「当たり前やん。」
その明るい緑色の飲み物は、財前によってグラスの中からみるみる減っていくものだから、飲みやすいのかと少し思っただけなのだ。実際はそんなことなかったけれど。
口直しにと自分の頼んだアイスコーヒーに手を伸ばすと、別の手がそのグラスを奪い取った。
奪った犯人がコーヒーを一口飲むのを横目で見ながら、店の奥に引っ込んでいるだろうウェイターを呼ぶ。
財前が顔を顰めた。
「こんなもんよお飲めるな。」
顔を顰めながらメロンソーダからのびるストローに口をつけている。
グラスの中の緑色の線は、すぐに底まで到達した。
「お前と違って舌が大人だからな。」
未だ苦い顔をしたままの財前の吸うストローの先からズズ、と音がする。
止めようとしない財前の手からグラスを奪って注文を受けに来たウェイターに渡し、アイスコーヒーをメロンソーダを一つずつ頼む。
「舌だけじゃなく行動まで子どもか。」
「まだ十四歳やで。」
言外にまだ子どもだと主張する財前の顔は、からかうような表情をしていた。