君が好き
…
「だってしょーちゃんとは毎日一緒にいるけど、
結衣ちゃんと会うのはとっても久しぶりだもん。ねーっ」
どこから見る?
順路通り行こうよ、と腕を組み合いながら先に歩いて行くふたりを
笑ってついて行く、安田さんと一緒に。
…
都内でもここの水族館は初めて。
ゆっくり待ち合わせたら、自然と昼過ぎになったのもそれはそれでよかった。
「しげちゃんって大阪?」
『え、僕ですか?』
「うん、おれもさぁ、しぃから軽くは聞いてたけど、
しげちゃんって本名やないんやろ?」
『本名です!(笑)し、僕はぁ兵庫ですね。
生まれは大阪なんですよ、ただ一番長い時間過ごしたのは兵庫やし、
実家も兵庫なんで』
「おれも兵庫。尼。」
『え、そうなんすか?へぇ〜!』
「就職で東京来て、そのまま仕事続けて今って感じ」
『何されてるんですか?』
「アパレル」
『へー!…アッ!休みとか今日、大丈夫でした?』
「うん、だいじょうぶぅ」
『…あのぉ、聞いてもいいですか?』
「ん?うん。(笑)なに?」
『しーちゃんさんとは、どこで…?』
クラゲの水槽が続く通路で、時折先を歩いてるふたりを気にしながら、
展示を楽しむ安田さん。
「クラゲってよくない?
おれ、1回クラゲになりたいなーって思ったことあって」
『…はい(笑)』
「ぷか〜、ふよふよ〜ってしながら、ずっと空見てんのとかめっちゃいいやん。
おれもそんなんしたいし」
『クラゲって海面泳いでるもんなんすか?』
「や、どうやろね。
種類にもよると思うけど、野生のクラゲって近づいたらアカンからね(笑)」
かわい〜、と呟き笑いながらゆっくり歩いていく。
「おれとしぃは、それこそ商業ビルの中。
駅直結のショッピングビルの、お互い別店舗のスタッフ同士でさ」
『あぁ、なるほど』
「在庫管理と備品管理の倉庫が別々であって、
その備品のほうはメンズもレディースも一緒やからさ。
正確に言うとそこかな。初めて喋ったのは」
まあ、と続ける安田さん。
「最初からそんなつもりで話してた訳じゃないし、
多分これはしぃもそうかなと思うけど、
何となく挨拶するようになって、帰りが被れば一緒に駅まで行って。
好きなもの…興味あるものを理解し合って、
少しずつ距離が詰まっていったというか。」
『そんなつもりやなかったのに、そうなったんすね』
左手薬指にあるお揃いの指輪を見ると、やっぱり。
付き合っている、恋人同士、の先を行っているのが形で見える。
「最初から地元、…まぁ大阪には出てたかな。(笑)
大阪で働いてたら、1ミリも交わることなかったんちゃうかなっていう人生が、
今こうやって、常に一緒に過ごすようになってさ」
すぐ近くを通り過ぎていく子供に微笑む。
「それが毎日一緒だから結衣ちゃんと行く!≠ネぁんて言われて(笑)
おれらも一度、遠距離あるから」
『東京と、東京やのに?』
「ううん、しぃが1回地元に帰ることになって。
それから1年ちょっとは遠距離。
その時色々考えたけど待っても考えても一緒にいる、としか結論は出えへんかったな」
カクレクマノミの水槽の前でカメラを向け、
なにやら楽しそうに話している結衣ちゃんに頷くしーちゃんさん。
その姿を眺めながら、笑って目を伏せて。
「遠距離も楽しいやん。取りようによっては。」
『…楽しい、ことが無いわけじゃないですけど、
正直なかなか先は見えへんゆうか、んーなんか』
一緒に居たい気持ちはあります。
でも、オレか、結衣。
どちらかの生活がぐるっと代わることになる。変える、ことになる。
…オレはもしわがままを言えるなら、
東京から大阪へ、結衣ちゃんを連れていきたい。』
「…連れていきたい?」
『…気持ちを確かめてもいないのに、思うんです。いつも
嫌かもしれへん。ほんまは頼りになんかされてないかも。
しょーがないなって言われるし。(笑)
…年下やし。不安にさせたことも、怒らせたこともいっぱいあります。
でも遠いからとか、近いからとかじゃなくて、そのせいじゃない、…普通の。
だから別にすぐ側におらんかって、とも思ったり、
帰りたくなくなるんですよ。
最初だけかなと思ってたけど。…違う。会うごとにそう思います。
あんまり口に出すと、よくないんかなと思うんで言わないんですけど(笑)
…もっと見ていたいって思ってまう』
「…優しそうな子やもんね、結衣ちゃん」
『優しいですよ、ちょっとドジやけど(笑)』
「初めて遠距離になって、一番思ったことは、
物理的な距離があっても心が傍にあれば、案外満たされてしまうこと。」
『…』
「でもそれって、綺麗事やん」
『…、』
「魔が差してあわよくば近くの他の子と、…なんていうことだって、」
『…あります?』
「……しげちゃんは、どう思う?」
『…』
「…おれはね、…思わへんかった。
何にも考えてへんかったな、アホみたいに。(笑)
また一緒に暮らせるやろな、暮らしたいなって思ってた。
ノーテンキとも言う。(笑)
けどな、あってもなくても良いものじゃない。空気って、そうでしょ?」
安田さんの話は、時々不思議な例えをするけれど、
『…』
言葉の重みや気づきが胸に刺さる。
「必死にならなくていいんちゃうかな、
肩肘はって、頼られる男になろうとかするよりも、
自然体でいてほしいと思うと思う。
おれが結衣ちゃんなら、そう思うけど」
『…でも、安田さんやから、(笑)』
「そう、安田さんやから(笑)、
安田さんから言わしてもらうと
空気がないと生きていかれへん。…でしょ?」
『…、』
ふっと笑って、水槽の中を覗き込んだ。
「ヒトはエラ呼吸できひん代わりに、口や鼻から呼吸ができる。
でもさ、おれは思うねんけど、ヒトは心でも息をしてる。
口や鼻からだけじゃ、生きて行かれへんねんなって思ってて。
おれはさ、ずっとエラ呼吸欲しかったんやけど(笑)
それよりもずっとずっと欲しいもの、見つけちゃったから」
『…』
「しげちゃんくんたちも、ずっと一緒に居れたらええね。」
*
「…」
『何?(笑)』
ペンギンの広間を抜けた先、出口のすぐ側にあるショップで見た真剣な横顔。
「しげちゃん」
『ん?』
「ペンギンとアザラシの赤ちゃんどっちがいいと思う?」
『なんなん、ほしいん?(笑)』
「…なんかちっちゃい子に言うみたい(笑)」
『そんなことない(笑)可愛かったんやろ〜』
「…いつまでも、こういうの欲しがってたら大人になれないね。中身。」
『どうしたん、急に(笑)』
「だってなんとなく。でも…ほんとかわいいと思うんだけど。可愛いと思う?」
これとこれ、と真剣に訴えられると、無下にもできなくて
『可愛いと思うよ(笑)』
「ね!」
どうしよう、と呟く結衣
「…迷いますな。」
むむ、と唇を尖らせる結衣ちゃん。
隣で見ていて、何気なく伸ばした手で頭を撫でた。
「…?!」
『いいこいいこ。(笑)』
「…ねえ(笑)」
一生懸命選んだゴマフアザラシのぬいぐるみをその手から預かり、レジへ向かう。
「しげちゃん?」
『プレゼントしまーす(笑)』
***