「妬かせんなよ。」


...


夕方から始まった飲み会。


先月のOB訪問をきっかけに色々とアドバイスを頂くため、

誘われるまま参加して今帰り。



2軒目は断れなくて、3軒目はさすがに帰りたくて抜けてきた。

部屋の鍵を用意して顔を上げたら、小窓から灯りが漏れていた。



「…ん、?」



...






「のぞむ〜?」

『…』





ベッドに転がっているのは明らかに彼なのに、背中を向けたまま動かないから困った。



「来るなら来るって言ってよ…」




攻略本やエントリーシート、

パソコンを広げたままの部屋だときっとゲンナリするって文句言われるはずだから。


言ってくれたら片付けて出たのに。







『遅。』




「来てたんだね、ただいま。(笑)」







ごめんね、散らかってて。

とテーブルの上を片付けながら呟く。





『いや、何時やと思ってんの?』

「…10時半?だけど」


このくらい普通じゃん、彼を見た。




『面談っていうから夕方には帰るかなと思って待っとったら、

 ただの飲み会やんな?ふざけんなよ』





…!?







「ふざけんなよって、何もふざけてないんだけど!」

『ふざけてるやん。嘘ついたんちゃうの?』


「ひどい、違うもん。本当にOBの先輩にアドバイスをもらいに、」

『へー、ふーん、そうなんや。ほなシューカツの話をしたのどれくらいなん?』




「………それは、」

『なんの話してたんですか』



「…」



『OB訪問利用して、飲みたいだけやろ』

「そんなこと、」


『そんなことある。ほんまにさ、無駄足すんのやめたら?

 後輩って言ってもただ同じキャンパスに通ってただけやし。

 今と昔は違う、それやのに酒飲みながら話すアドバイスってなんやねん?

 ってオレはめちゃくちゃ思うけど?』


「…望の方こそ、勝手に来て上がり込んで、

 ベッドで寝てたくせにわたしが帰ってくるなりいきなりキレるとか

 本当に意味わかんないんですけど。合鍵返してよ」



『そこ、置いといた』

「…」



思わずぎゅっと唇を噛んだ。


なんで呆れた顔を、ひどいことを、

見せられたり言われたりしなきゃいけないのか。



テーブルの上に置かれた鍵に手を伸ばそうとすると、サッとすくいあげられる。




「勝手に上がるのやめてよ」

『連絡したってどうせビール、飲んでたやろ?』

「…」


『飲めもしないくせに、先輩に合わせてとりあえずビールってアホくさ』





「…ねえ、ほんとに怒るよ」

『怒れよ。オレの方が怒ってる』








『先輩にくっついて回ったって、そんなやつは大した話せえへんのちゃう?

 ただ飲みたいだけ、あわよくばって思ってるかも』



「…なんでそうなるかなぁ、」

『絶対大丈夫って言える根拠は?』


「…」


『実際どのくらいタメになること話してもらったん?

 …自分の身くらい、自分で守れよな』



「…、」





はー、と深いため息とともにベッドから立ち上がる彼が、

かろうじて見えるわたしの視界はゆらゆら揺らめいている。



苦手なお酒も頑張った。

後押ししてあげるからとそれとなく手も握られた。


これくらい普通なのかもと言い聞かせて我慢した。




正直、彼の…


望の顔が浮かんで帰りたいと思ってた。





「…望のばか、もう知らないっ」




そんな彼にもこんなふうに言われてしまうと、



悲しくて、

悔しくて、


苦しくなって溢れるのは涙だけ。







「…っう、え、…うぅ」



何度拭っても溢れて落ちる涙を拭い切ることは出来なくて、


両手で顔を覆いながら声を出して泣いた。





頭がふわふわして、ズキズキ痛い。





『…』

「…、っ」





背後からふわりと抱きしめられて、

目を開け、涙で濡れたまつげもあげた。








『…無事でよかった。なんもされてへんよな?』

「…のぞむ、」


『…どこ行くかくらい教えといてや。なんかあった時に助けに行かれへんやん』



わたしの腕をさすりながら落ち着けようとする彼が呟いた。






『泣いてるともっとぶさいくになんで』

「…一言多いんだよ、望は」




メイク用のスタンドミラーを片手にふたりが写る角度に曲げて、

彼が呟くのはわたしの耳の横。



くすぐるような声が響く。






『ぶす』


「…わかってる」


『は?』


「分かってるからもう言わないで!」


『…、(笑)』






力を抜いて笑った彼。



『年上がそんなにいいかよ』

「…え?」


『休みの日にわざわざ私服で出かけるほど、

 年上の男と飲むの楽しいかって聞いてんねん』



「…なにそれ、ほんとにさぁ、怒るよわたし」


『怒ればって言うてるやん、オレの方が怒ってる』


「…意味わかんない、!」




腕の中からすり抜けようとしたけど、まさか。



さらに腕の力を強められて、無理だった。





『………妬いたし』

「…知らないし」

『妬いた』


「知らない。妬くようなことしてない。

 望が勝手にあれこれ憶測立ててひとりで怒ってただけで、

 それを妬いたとか妬かないとか今更うるさいよ」


『うるさい』

「…うるさいってば」


『うるさい、○○』





「…のぞっ、ぅ」






振り向きざまに顎を抑えられて唇を奪われる。


後ろに倒され、

いつの間に用意されたのか分からないクッションに、

頭を沈めたわたしの腕をしっかりホールドして、真上から見下ろす彼。






「…なに、?」

『うるさい』

「…必要な確認だからちゃんと喋って。聞いて。」


『…なに?』






望、







「…シューカツだから」

『何が?』



「…何がって。先輩にご飯誘われたことも、

 何人かで一緒だし、一対一で会ったりしてないからね」


『……』




むむ、と腕を組むふりをした彼。




『当たり前やん。そんなん違ったらぶっ飛ばす』

「…ぶっ飛ばさないで、」

『嘘つくのやめや、ほんなら。』




彼はいつも、





「望だって。業種的に女性の方が多いでしょ?

 綺麗な子も沢山いるし、それなのになんでわたしと居るの?」



『それはっ、…』



「…何よ。」







不貞腐れた顔で退いた彼は、ため息をつきながらわたしを引っ張り起こす。









『好きやから』


「…え?」



『聞かんでもわかるやん。好きやから一緒におんねんて。』






「…ヤキモチやいて、ずっと怒ってるの?」

『…』






ぷいっとそっぽを向いた襟足の髪に、クリッと寝癖がついている。





「…案外、そういうところあるんだ、望って」

『…とっくのとうに、バレてると思っててんけどな』

「…ん?」



『むしろ、めちゃくちゃ分かりやすく出てたくらいやのに。鈍感な奴』







ため息混じりにわたしの髪を撫でた。



『赤リップ似合わん。』





ごしごし擦るような手つきでも優しく、わたしの唇を拭う彼。




『無駄なことで妬かすなや。』

「…同い年なのに随分上から目線ですね!」

『当たり前やん。どんだけ身長に差あると思ってんねん』

「…そういうことじゃなくてっ!(笑)」





ぺし、と肩を叩いて笑うと彼もまた



『…、(笑)』
つられて笑って、わたしの腕を引いた。



「…、」



『泣けよ。オレの前でまで我慢すんな。あとそいつとはもう会うな。』




大きな手で髪を撫でられた時、急に視界が滲む。

唇を噛んでもどうにもならない涙が溢れる前に、彼の胸に顔を埋めた。







「…望のばか、…でも」

すき。








***

request. 2018.05.07