レイニーブルーベイビー







『……ゴメン、○○。なかった、(笑)』





喉の奥からクツクツ笑う彼の低い声が耳元で響く。

その声に口元を覆っていた手を退けて、ゆっくり目を開けた。





『…ゴメンね。』



ポン、と髪を撫でてわたしのめくれたTシャツを戻しながら、

空き箱片手にベッドを降りた彼の背中。



...







何度コトに及んでも、いつまで経っても恥ずかしい。


中途半端に戻ったTシャツを下まで引き下げながら体を起こすと、

パーカーを羽織った彼がテーブルの上からお財布と携帯を持った。






「…え、流星?」


『待ってて。煙草買ってくるわ』

「…今から?」



『んー、コンビニやし。なんか要る?』



…え、




今日は早番の彼。



彼の部屋へは週に何度か通っていて、

お互い明日が休みの今夜は、

明日、内見に行くふたり暮らし部屋を候補から3件までに絞る会。




…と思ってお邪魔しているのに、

帰ってきてからさっきまで気持ちよさそうに寝ていた彼を起こすわけには行かず、

何となく引きずり込まれ今に至る。






『待っててー』


「…ほんとに行くの?外、雨だよ?」

『フードついてるし、いけるっしょ』


「…うーん、でも風邪ひいても困るし…」









『…続き、したくないの?』





「………」








そう言われると言葉に詰まるわたしの表情を、

斜め上からじっと見下ろすように眺めてふっと口角を上げて笑う彼、






…3つ下。








『鍵持って出るから、寝ててもいいし、もっかい風呂はいっててもええから』

「お風呂はもう入ったからいいかな、」



『…寝る?』

「…寝ない、」






玄関先で靴を履く彼を見つめながら、もじもじ。




「…わたしも、」

『…んー?』




「わたしも、いこうかな、」






ちょっとドキドキしたままのお留守番はつらい。












彼のビニール傘にふたりで入り込み、徒歩5分程度の近所のコンビニまで歩いた。



部屋を出る時に着せられたパーカーは軽く太もものあたりまであって、

彼が履くと膝丈のはずのハーフパンツはふくらはぎのあたりまである。



自由なペースで先を歩く彼は、店内に入ってすぐの棚から小さい箱をひとつ選んだ。






昔から、童顔と幼児体型がコンプレックスだった。



モデルさんのようにスラリと伸びた身長や、

グラビアアイドルさんのビキニの似合うウエストに憧れたり、


女優さんのような、繊細なパンプスの似合う大人っぽい足先にも憧れたけど、





この歳になっても程遠いとなると、もう難しいのかなとさえ思えてくる。




それを彼は、









『ねー、○○。ちょっと来て』









”かわいい”と言った。










『おいしそーやない?いっこはキツいから、半分こして食べよ』


「…!おいしそう!」



『○○はほんま好きやねー、こーいうの(笑)』





決まり、とスイーツを持った手に一緒に握られた小箱。





「…、」




彼の傍にできるだけ寄り添うわたし。


年下の彼の行動には、

顔が綺麗な子に遊ばれてるかな、と思ったこともあるけど




いつでもマイペースな彼は、気持ちを伝えてくれる時もマイペースだった。






「…流星、」


『ん?』






レジでは男性店員さんが淡々とお会計を進める。

その小箱がどうしても恥ずかしくて、




「…ごめんね、先に外に出て待っててもいい?」


『…ええけど、雨やで』





傘を渡してくれた彼の手から受け取った。







傘を開いて外に出ると、

霧雨のようなフワフワした雨がコンビニの灯りに照らされていた。








「…」



寒くなくてよかった。



パーカーも借りられてよかった、そう思っていた矢先。









「ひとりで待ってるの?もう帰るところ?」

「…、あ」






知らない声に顔を上げると、


にこ〜っと笑った、…知らない男の人。







「雨宿りならもっといい場所あるよ?一緒に行かない?

 こんな時間に女の子ひとりじゃ危ねーよ(笑)」





「い、いいです。あの、わたし、」


「よくないよくない。ほら、一緒に行こ?」






腕を掴まれて、驚いて振り払うと更に数名に囲まれて掴まれた。




…流星、







「…っ、」











ぎゅっと目を閉じて心で叫ぶ。










『…○○、行こ。帰るよ』



「…えっ、」





わたしの腕を掴む男の人の手を掴んで払い、わたしの手を握り歩き出す彼。










「っんだよヤロー持ちかよ。

イチャイチャすんなら部屋でしろ、クソ!」






背中で聞こえる暴言に何も動じることなく、

わたしの手を握ったまま歩いていく彼の横顔を見上げる。









『あーいう人はさ、きっと誰でもええんやろな』



「…ん?」



『可愛いね、綺麗やねって声掛れば付いてきてくれて、

 すること出来れば誰でもええんやろなって話』




「…」






それは、





「…」







もしかして、

もしかしなくても、


わたしにはそんなに魅力がないのに、声かけられて良かったね、





…なんていう、意味、?










「誰でも良かったんなら、わたしじゃなくても良かったんだね、」


『やなー、もしかしたら。』







のんびりとした彼の言葉に少し悲しくなりながら、

それでも隣にいたいから、一緒に歩いていく。










「…ねえ、流星」


『ん?』


「…流星も、わたしじゃなくても良かった?」





怖いけど、今くらいしかない。

彼にそれを問えるのは。







『…気になる?』


「…うん、」







子供みたいにうなずくわたしを笑って傘を揺らした彼の手。















(…ちゅっ、)
















「…!」


『…へへ、隙あり(笑)』








覆いかぶさるように唇を重ねたあとで、彼がいたずらっぽく笑った。



『…もし、誰でもよかったんならこんなに大事にせえへんと思うんやけどなぁ、オレ』









『…オレは、○○のほかに好きな子なんかおらんし。

 せやからさっきみたいな、

 この際誰でもええからァ〜みたいな人に声かけられとるところ見ると

 めちゃくちゃ腹立つ。…って、そーいうことやねんけど。』






ふい、と顔を背けた彼はまた、

部屋へ向かって歩き出す。







「流星、」


『…』




くるっと振り向いて、わたしをじっと見つめる。






『…○○はオレの。…やねんから』

「…、」







わたしの手を握って、親指で手の甲を撫でられた。







『知らん人と口きいたり、付いてったりしたらアカンからね』


「…いくつだと思ってるの、(笑)」


『ん、…3つ上。(笑)』








「…心配しないで、」




わたしはあなたの、流星の事しか見えてない。






あぁ、いつの間にこんなに好きになっちゃったんだろう。



「…」






きゅっとパーカーの裾をつまみ引くと、彼がわたしの手を握り直す。






『アイスも買えば良かったな』


霧雨の中をゆっくり歩いていく夜道で、彼が空を見上げた。






『…雨も、雪でもちょっとダルいって思うけど、

 …○○がおるんやったら、なんでも、どーでもええかな』




「…、」





1『…風邪ひかんよーにね。(笑)』





わたしの手を握る手を、そのまま自分のポケットに突っ込んだ彼がふっと微笑んだ。


コンビニ袋の中にはさっきのスイーツとスプーンがふたつ。




…あれ、?と思えば急に恥ずかしさがこみ上げる。

視界に入った、彼のスエットのポケットに浮き上がる小箱の形。









「引いたら、どうする?」



『風邪を?』

「うん」






『…んー、そしたら明日は中止で、1日ゴロゴロする。(笑)』


「…新しいお部屋決めなきゃいけないのに、?(笑)」



『ん、だからぁ風邪ひくなよって言ってんの。(笑)』





わかった?と笑う彼に寄り添う帰り道。


早く部屋に帰りたいような、



もう少し、歩いていたいような。






***

request. 2018.05.07