愛に咲く紅い花


...



『終電やから、帰るな』

うとうとしていたところに、いつも通りの優しい声をかけられる。


『夕飯もご馳走になったし。いつもありがとう。腕上げたんちゃう?(笑)』

頑張ったね、と髪を撫でてリュックを手に取った彼。


...




「…もう帰るの?」

『終電やから(笑)いつもこの時間やろ〜?』

「…」



玄関に向かう背中を見るといつもよりもものすごく寂しくなって、

眠りかけていたベッドの上から降りて彼の背中を追いかける。



『…おっ、と?(笑)…帰してくれへん気かなぁ○○(笑)』

ぎゅっと抱きついて、頬を寄せる。



「…やだ」

『なにがぁ(笑)』

「帰っちゃやだ」



できる限り体を寄せれば、わたしの呟きに笑う彼の腹筋が揺れた。


『、もー。電車行ってまうって』

「…うん、でも、やだ」

『こらこら、離せ。離しなさい。○○』



わたしの手に触れるこの手で、まだまだ髪を撫でられたい。


触れられたい。

…だなんて






「崇裕くん、」






男の人相手にこんな風に思うのはいつぶりだろう。

思い出したくない記憶ごと、そんな時のことは忘れてしまった。




『…帰るな。』

「ううん、やだ」

『○○』

「…やぁだ」




友達の紹介で出会った年上の彼は、世界中の誰よりも優しい笑顔で笑う人。

ただそばに居て、包んでくれる人。




『…』




ふぅ、とため息をついた背中。

彼はきっと呆れてものも言えないと言ったところなのでしょう。





「…。」


わがままを通そうと聞き分けのないわたしに諭し説得するすべもなく、



ただひたすら、

困った顔をしているはず。






「…」



分かっているくせに、この背中から、この体温から離れたくないのです。





『…、カワイイなぁもう(笑)』






ふは、と笑い出したのにはとても予想外で、きゅっと唇をかんだ。


「…」






『そんなんやから、みんなカワイイカワイイって言うんやろなぁ、


 オレは妹みたいってしか思わへんかったんやけど、今。めちゃくちゃ思った。


 
 可愛い。(笑)』








「…茶化してる」


『ないない(笑)』



でも、と呟いた彼を見上げた。




『そういうことは、ホンマに好きな人にしかしたらアカンで』

「…うん、だから崇裕くんにだけ、」


『アッホぅ、そういうとこや。ほんまにもう、あかんでぇ…誑かしたら〜』



わたしのほうを向き直って、正面からぎゅうっと抱きしめる彼。













「…、」











『(笑)、ホンマにこれ好きやな、○○(笑)』






「…帰っちゃダメ、」

『…泊まるわけにはいかんやろ』

「…、」






こわいと、言ってしまったことがある。


元彼はとても”そういうコト”が好きな人で、

強引に居座って泊まるたびにそれを求められた。





好きだったから、断りきれずに求められるままほとんど応じてしまっていた。



…断れば、…その時には。







「…、」




『…ほらまた。またやで。…大丈夫、男がみんなそんなんって訳ちゃうからね。』





思い出して僅かに震えたわたしを優しくなだめる。





『大丈夫。もうこわくないで。大丈夫。』

「…」





一緒にいると安心する。

自分都合が全然ない彼がわたしを好いてくれてるのか、確かに不安な時もあったけれど。





『待つよ。』

「…」


『大丈夫やから、無理にせえへんから。』








さっきも、


わたしの部屋にきたら終電までこうやって過ごして、

わたしが眠たくなれば、ベッドのそばでずっと眠るのを見守っているだけ。



わたしはそれに安心して、癒されて、

ただ手を握りながら眠りに落ちる。


彼の傍は心地よかった。





「…崇裕くんは、」

『…ん?』

「…わたしとは、そういうことする気にならない、…?」

『…………』






直球の問いかけに少し言葉を失って、それから唇を開いた彼。











『……そういうことは、いつだってできるやん。

 …今は、もっとオレに対して安心してほしい。

 平気な顔で、傍におってもらえるまで。』





「…、」







彼の胸に甘えながら呟く。





「でも」

『待つ。』






近くの踏切から電車が走り去る音。

彼はそれに気がついているはずなのに、わたしをそっと抱きしめたまま優しく微笑んだ。






『…無理したらアカンで、何事も。

 オレはそういうコトせえへんかっても、○○が好きやから』



彼の優しさに包まれるたびに、わたしは思う。



「…崇裕くん」






彼でよかった。









「…崇裕くんとならこわくない。…そう思う、」




わたしのことを、わたし以上に大事にしてくれる彼のことだ。


背伸びをして、キスをねだる。








「…、」






してほしい。

言葉にしなくとも、伝わって欲しくて。



見上げた先で視線がぶつかると、背伸びしたまま目を閉じた。


頬を撫でる、彼の指先。





するりと手のひらを滑らされると、

少しだけ前の記憶がフラッシュバックして、目眩がしそう。








『…無理、したらあかんで』





唇が触れる少し前にそう呟いた彼。






「…してない、大丈夫…っ」







キュッと抱きついて、彼の鼓動に耳を傾ければ。


ほっとして、また眠たくなる自分がいる。







「…好きだから、」




キスをするのは初めてじゃないけど、





『…』

「…」






唇が離れても、こんなにドキドキする。







『…、(笑)』




かわいい、と呟いてわたしの髪を撫でる。

彼の鼓動に耳を溶かされそうなほど甘くときめく。







「…帰らないで、…帰っちゃダメ、」



まだまだ一緒にいたい。


『…わかったよ。…おるから、』







(ちゅっ、)










「…」



再びキスをすると、彼がわたしを見て笑う。






『…ホンマにカワイイやっちゃなぁ〜、(笑)』




眉を下げて笑う顔が本当に好きで、もっともっと甘えたくなる。



「…崇裕くん、」

『んー?』







察して。

言わんとしていること、…言えないでいること。



鼓動が寄り添えば伝わる気がして。









『…こわくないか?』

「…、」








こくん、と頷けば、首筋に顔を埋めてそこへキスされる。


ふにゅっと触れて、チュッと音を立てた彼の唇がふたたびわたしの唇に重なった時、

どくん、と胸の奥から強く脈打ったわたしの心臓。



「…」





恥ずかしさで目は合わせられない中、首筋がチクリと一瞬痛んだ。









「…こわくない、崇裕くんなら」






首筋に咲いた紅い花。


甘すぎるくらい甘やかす彼に寄り添い全てを預けながらわがままを通すわたし。











『…嫌やったら言う。約束やからな。』







うん、と頷けば、

わたしを抱き上げて部屋に戻り共にベッドに倒れる。






見上げた彼は優しい顔で笑った。





『愛してる』










***

request. 2018.05.09