スペアキー






「せっかくのお誕生日なのに、ごめんね。…どうしても、抜けられそうになくて…」

『…そう、ですか』

「だから、これ…よかったら」



きちんと包装をしてもらったプレゼントを、社内の休憩所で手渡した。

これから部署の忘年会だからと一言添えて。




***








いつでも来て



「…」


白い息を弾ませて歩く慣れない道。

彼に嘘をついてまで午後休を得て早退したのには理由がある。


スマホの地図アプリを頼りに、初めて降りる駅で改札を抜けた。

昨日の夜にも調べておいたスーパーに立ち寄り、食材をカゴに入れていく。



「…あ、そっか」


今夜はふたり分のレシピだ。





手袋をとってカバンに掛けた。

アウターのポケットの中でチャリンと揺れる鈴の音。



スヌードに顔を半分うめながら、夕方の店内を歩く。



「えっと、…」

食材の選び方に不安はあるけど、美味しそうなもの、好きそうなものを選び、カゴへ入れていく。


最後に寄った売り場で大きなチャレンジはできず。





「…安牌、安牌…」

予定の時間より少し遅くなったことが気になって、足を早めた。

レジを通りエコバッグの中にすべて詰めると、いつもひとり分だけ買う時より幾分か重たくて、…それもまた良しと思えた。


何をするにも初めての土地で、右と左を間違える。

地図アプリにも惑わされつつ向かった。





「ここかな…、」




郵便受けに名前はない。

上にあがってみても、表札はない。


コンクリートの階段を上がり、部屋の前に立ってみても実感がない。

もし、誰かがいたら…?


それは考えたけど、そうなったら帰ればいい。




「…」


ドキドキしながら、ポケットの中から取り出した鍵を穴に差し込む。




「!…開いた、」



ドアノブを回しながら引くと、既に何だか悪いことをしている気分。




「…」



この前、遊びに来てくれた時に貰った合鍵。

本物だったんだ、と今更ながら顔が緩んでくる。




「…だめだめ、支度しなきゃ」


彼の匂い、この前着ていたニット、干しっぱなしのシャツ。

下着は見ないふりをした。




脱いだアウターを畳んで端において、代わりにバッグからエプロンを取り出した。

口にくわえた髪ゴムで、髪をひとつに結い上げる。





「…よし!」



いざ、勝負!とお料理にとりかかった。






今日は彼の誕生日。


喜んでくれるかどうか、わからないから不安だけど…彼の大好きなものを手作りしますっ!





19時になったら駅前のケーキ屋さんに予約しているケーキを取りに行く。

なんとか間に合った彼の大好物・クリームシチュー。

サラダと、バゲットも。


あとは彼の帰りをこっそり、ひっそり待つだけ。





「やっぱりルゥにチャレンジしなくてよかった…(笑)」


初めてにはハードル高すぎる。


「…」




何だか、眠たい。














カチ、カチ… 静かに時計の音だけが響く部屋で、大きいクッションに寄りかかって眠ってしまっていた。




「…!…えっ、…え?!」





時計を見て驚いて飛び起きると、はらりと肩から腰に落ちる毛布。

背中に人の気配を感じた。





「…!?」

『…ただいま。(笑)』




…やってしまった、






「おっ、…お邪魔してます?ごめんなさい勝手にあがりこんで、色々と、使わせてもらって、…勝手に寝ちゃって、」





エプロンをしたまま、吸い込まれるように寝落ちしていた。

彼はわたしのほうを向いて胡座をかいて座りながら、へへっと笑った。




『電気、つけたまま出てもうたかと思った(笑)』



違った、と寄った目元の笑いじわ。



『飲み会は?忘年会か、…あるって言うてたのに、ここにおってええの?』

「…それは、…あの」





サプライズで、喜ばせたかったのに。

準備も中途半端なまま、寝落ちして、ケーキの受け取り時間は1時間も過ぎている。





「…」

『…』

「嘘なの、忘年会」

『…』

「…ごめんね、下手な嘘なんかついて…。こういうことするの初めてで上手くいかないかもって思ったのに…、決行したらいけちゃうんじゃないか、って思ったらいても立っても居られなくなってね、」



『…』


「ごめんね、崇裕くん…勝手に上がり込むなんてやっぱり、」


『いや、(笑)』



焦って早口になるわたしを、ちらっと見て顔を伏せ笑った。





『オレも結構疎いほうやから、最初は嘘かどうかなんて疑わへんかったよ。仕事みたいなもんやし、しゃーないなって思ったけど、誕生日やのに、○○とおられへんなんてって落ち込んでた』


「…ごめんね、」




喜ばせるどころか、落ち込ませてしまっていたなんて、





『…でも。帰ってきたら寝てたから



 …ホンマのプレゼントはこっちかなって』






「…、!」




キュッと握られた手首から腕を引かれ、彼の方へ体勢を崩したわたしを抱きとめ、そのまま腕を回した彼。



「…」

『…あれ、…違うん?(笑)』




頭の上に添え置かれた顎から、彼の声と喉の振動が伝わる。

彼の方が何枚もうわてだった。




「…冷たい、」

『さっき帰ってきたとこ』



背中を屈めた彼に頬を寄せられる。





「…」


黙ってそれを受け止めながら、視線を上げた。





「…お誕生日、おめでとう崇裕くん」

『うん』



フッと笑って、唇を寄せられる。




「…、」




ぎゅっとシャツの袖を掴むと、そのままクッションに沈みそうになって我に返った。





「ちょっ、」

『消すから』

「違、」




ブラウスのボタンに手をかけられ、待って、と必至に訴えた。









『ケーキ!?』

「うん、どうしよう、間に合うかな」

『ケーキもあるんや!(笑)嬉しーなあ!(笑)』

「取りに行ってくるから、温まって待ってて、」



アウターを両手でかき集めるように抱いて、スヌードも掴んだ。

玄関でパンプスに足を入れた時、また腕を掴まれて振り向く。



「…、え?」



『一緒に行く』



壁のハンガーにかかっていたアウターを手に取り、被るようにして着た彼が呟く。



「大丈夫、受け取ってくるから」

『…大丈夫じゃない』

「大丈夫、」

『オレが一緒に行きたい(笑)』


「…寒いよ?」

『そうやけど、ふたりやったらもうちょっと暖かいかも』

「…そんなことないよ」

『少しでも長く、一緒に居たいっていう、ワガママなんですけど』

「…!」




察しが悪いのも、わたしの可愛げのなさの原因かもしれない。





『…ダメですか?』




スヌードに埋もれた口元を、彼がスヌードに指をかけて避け、顔を寄せた。


目を閉じるとチュッと触れた唇。







『…一緒に行きたい。ええ?』






ぐ、…






「…サプライズにしようと思ってたのに、」


『うん、でももう…バレてもうてるし(笑)』


「…そうだけど、」


『ケーキ屋さんもほら、困ると思うし?ひとりで行かせるの悪いし』

「…いいのに、」



ぐずぐずになってしまったのが申し訳なくて、ちょっぴり気まずい。




『あっ、待って!』

「ん?」



ててて、と戻ってそれを手に戻る彼。



『…あったかい。(笑)』



休憩所で渡したプレゼントのマフラーを巻いて、わたしの手を握る彼。




「…」

『…ありがと、嬉しい(笑)』





弾む白い息はふたり分。

階段を降りて、駅前へ向かう道。

しっかり握られた手をそっと握り返した。





***
2018.12.19