お酒と煙草とスニーカー
期待をしちゃダメだって、何度も自分に言い聞かせて12年。
相変わらず一緒に居ることがおかしくて、たまにカメラロールを見ながら笑うことがあるくらい。
でも、ひとつ確実なことがある。
この関係に、それ以上の意味や変化は無いということ。
「ねぇ崇裕、婚活とかしやんの?」
『何、急に(笑)自分が失恋したからって(笑)別にオレはいまお前に話すことないけど』
「モテそうやん、なんやかんや。肩ないけど」
『おい、肩無いは余計やろ(笑)モテそうやんだけ言っとけば可愛いのに』
「うるさいなぁ、ええやんか。慰めてくれるんちゃうんか」
1ヶ月ぶりに会った彼と、今年もまた年の瀬を過ごしていることを笑う。
呼び出す場所は馴染みの居酒屋、いつものおつまみ、キャンディチーズをつまみながらお酒をちびちび飲む横で、飲めそうで飲めない彼が頬杖をつく。
『分かった』
「何がぁ」
『○○そんなに見た目悪くないやん』
「上からやな」
『オレは、この際やから正直に言わせてもらうけど』
「…続くんかい」
『初めて会った時、あれ?この子可愛いな?って思ってん、ホンマに。普通に思った。』
「あれ?≠ニ普通に≠ヘ要らんやろ、別に、可愛いなって思ったってストレートに言ってくれたら喜びがいあるのに…」
『(笑)や、でもホンマ』
ん?
「でも、おかしいで?だって、彼女と居たやんか」
『彼女おっても、可愛いとか綺麗とかは思うやん』
「それが許されへんからって、わたし振られたんやで?そのあとの彼氏に」
『アハハ(笑)智くんな(笑)バッチバチに尖ってたやん、中身優しいのに(笑)』
「いや笑い事ちゃうからね…」
『(笑)…なんて言われたん(笑)』
「オレ以外見るな=v
『うわわ、可愛いやんか*!(笑)』
「無理やって言ったら、ほんならもう終わりってちょっと泣かせちゃって可哀想やと思ってしまった。1回戻って、もう、ほんまに終わり。」
『イケメンやったのに勿体ない(笑)』
「わろてるやん!」
『えー(笑)』
同じ高校の友達と遊んでいたあの日、友達の友達が連れていた彼氏が崇裕。
同じ学校出身の男友達を介した縁で、高校を卒業し、成人してから時間の経過とともに今の関係に落ち着いた。
そんなわたし達も、今年度のうちに三十路を迎える。
婚活に必至なわたしの愚痴をいつもヘラヘラ聞いてくれる。
「ほうやな*、智くんと結婚してたら今頃子供おったんやろなあ」
『何で?』
「子供好きって言ってたから」
『どこまでピースフルなナイフやねん!(笑)』
「崇裕も好きやろ?ちっちゃい子」
『うん、好き』
「好きな子とかおらんの?暫く彼女おらんやろ、いつ誘っても来てくれるし、有難いけど」
『おらんわけないやん、おるよそれは』
「え?彼女?」
『彼女は居らんけど』
「っておらんのかい(笑)えーなんでかなぁ、やっぱり、肩ないからかな…」
その肩を撫でて、ストン、と落ちる動作を繰り返すと、ほんまやめろと笑った。
指先で灰を落として店員さんに声をかける。
『すみません、お冷くださーい!』
「え?なんで?」
『明日も仕事やろ。もうこのくらいにして、帰りましょ』
「肩いじりするといつもそう言うなぁ」
『気にしてんねん、結構困ることもあるから(笑)胸パッチンないリュックとかアカンし』
「(笑)ええやん、上向き矢印で」
『それええな、ポジディブ(笑)』
「普通に採用すなー!いじっとんねん(笑)」
ハタチの頃に再会して、薄らぼんやり気づいてしまった自分の気持ちに、しょーもないって思いっきりかぶせた蓋はもう自分の力じゃ開けられない。
付き合っていた人と別れる度にすぐに会いたくなるのはいつも彼だって、自分でも分かっているからこそ、余計に素直になれなかった。
「…崇裕、」
あの時、彼の彼女だったあの子に
わたしも少し、彼好みのカワイイを学びたかった。
***
『婚活さぁ、二次会、行けば良かったやん』
「ほんまは乗り気やないねん。何でここに居らなあかんのかなって思うこともあるくらい。日曜日のに参加するのは、仕事を言い訳に抜けられるから」
『そんな感じで望み通り行くかぁ?(笑)』
少し離れた駐車場まで歩く途中、3歩前を歩く彼の背中。
わたしの本当の望みなんて、知らないくせに。
「よっ崇裕!上向き矢印!」
『バッ、しー!(笑)住宅街やから』
焦って振り向いた彼を見つめた。
お店のある通りから一歩入ってしまえば、街灯も少ないこの通りで、気持ち大きめの声で振り向かせた彼の腕を掴む。
『…○○?』
「…、」
今更、教えてなんかやんないから
「…結婚、したいけどしたくない。誰でもいい訳ない、…それやのに、しなきゃって、何かに急かされてる気分になる」
『…』
「…好きになりたいと思う人もいる、でも、なられへんから」
『…智くんのことが忘れられへんか?』
「…」
首を横に振りながら泣きそうなわたしは幼児かってつっこみたい。
トンッと彼の胸をグーで叩くと、悔しいかな全然動かなくて逆に笑けてくる。
「…そこは、…リアクションやろ、(笑)」
『…』
わたしの顔を見て、驚いた顔をしている彼。
昔から感情を全部顔に出す彼が、わたしをどう思っているかなんて、その顔を見ればわかる。
「そろそろ鬱陶しいやろ、わたし」
あぁ、神様って本当にいるのかな?
「…もう少し、胸が大きくて。肌も白くて、顔も、メイクしなくても可愛かったり足が綺麗やったり、可愛げがあったら…違ったかもって、思う?」
彼が吐く、白い息。
『…そんなんは、相手によるやろ』
「わかっとる、そんなん」
『…分かってんねやったら、何でオレのことは気づいてくれへんの』
「…、え?」
思考が止まった時に、時間も止まったんだと思った。
大きく距離を詰めた彼が、わたしの肩に手を置いて少しかがみ、顔を近づけた。
1回触れた唇、ぴたっと止まった涙。
その間を埋めるようにまた、何度も確かめるように触れ直す唇。
「…ちょ、なん、」
やっと声を出し、彼を押したら抱きしめられた。
『好きや』
「…」
は?
『可愛いよ。可愛いって言ってるし、何かあったなら行ってやりたい、何かあった時に思い浮かぶのはいつも○○やった。』
「…何言うてん、」
『おかしいって、やめてって突き放されて、今の関係が無くなったら嫌やなって言われへんかった。○○が望む関係で居れたらそれで良かった。』
わたしが望む関係、
『でも泣かれるとさ、…オレがって、やっぱ思うよ(笑)…そんなん、』
ピタッとくっついた頬は冷たくて、暫くして温かくなる。
いよいよ溢れ出した大粒の涙が、彼のブルゾンを濡らして色を変えていく。
手を回し、触れるとすごく広かった背中に胸が苦しくなる。
『オレと、付き合ってください』
わたしの肩に触れた彼が口を開く。
『…ふっ、(笑)』
「な、…何、?なにわろてんの、」
『○○もまあまあ撫でてるやん(笑)』
「ってそっち?!なんで今?!タイミング最悪!ムードどころかデリカシーのかけらもない!!!」
冗談で告白されたのかと、と思わず口に出せば、そんなつもり全くない!と焦りまくった彼を見上げた。
『付き合って。って言うのは、ホンマのホンマ』
「そこまで言うんやったら付き合ったるわ、そこのコンビニまでな」
『(笑)、どーのーくーちーがー!(笑)』
可愛くない、とわたしの頭を撫でる彼の手。
苦しいくらいキュンとしながら、彼のブルゾンを控えめにつかむ。
「…付き合うって言う前に何っ回もキスしたこと、いつまでも語り継いでいくから」
『え、(笑)』
「あほ、すけべ、田舎もん」
好き、と呟いて背伸びをした。
***
2018.12.16