ラブミーテンダー
彼に抱きしめられながら眠る夜、隣で目覚める朝。
彼の寝顔を見て、いつも思いを馳せる。
本当にここにいていいの?
わたしに…彼に大切にされるだけの、価値があるのかどうか。
わたしを選んだ彼が後悔しないかどうか。
***
もそっと動いた。
目を開けると、視界いっぱいに彼の胸板。
ぽやぽやした頭で目を擦りつつ、少し身体を寄せて暖をとる。
右半身に感じる控えめな重さで、昨夜に抱きしめられたままの格好だと気づく。
いくつもほくろが散らばる特徴のある首筋を見ていると、彼とその話をした時のことを思い出す。
同じ会社にいながら、社内ではまだ誰にも関係性を話していない。
話して欲しいわけでも、隠して欲しいわけでもない。
全ては彼次第で、彼が思うようにしてくれたらいいと思っていて、
「…」
こういう感情は昔から、誰に対してもあったものだと気づいた。
相手のペースに委ねていれば必要以上に傷つけることも、傷つくこともないから。
好きになってしまった分、嫌われることがどんどんこわくなる。
こんな事を言ったら、わたしの事なんて見切りを付けてしまうだろう。
彼の見ているわたしが本当のわたしなのかどうかなんて、わたしにも分からない。
「…」
おでこに彼の吐息が抜ける。
今日は目が覚めたらまず、キスしてほしい。
「…、」
『……』
彼の顔を見上げると、伏し目の視線とぶつかった。
「…」
『…おはよ。…(笑)』
抱きしめてくれていた腕を動かし、彼がベッドの中で動く。
それから秒もないうちに重なった唇。
鼻がぶつかって掠れた声で笑った彼。
『…寝てるとこ見られると恥ずかしいねんけど(笑)』
「え?」
『起きたんやったら、オレの事も起こして?』
「…」
『…(笑)』
ちょっと甘えたような、はたまたリードするような口調に胸の奥がキュンとする。
「崇裕くん、」
『ん?』
休日の彼は、1日部屋で過ごす日には寝癖を直さないことすらある。
会社ではいつもキチンと整えている姿しか見ないから、新鮮。
愛しいものを愛でるような優しい目線には複雑な気持ちになる。
『…また目ぇ逸らした。…昨日の夜は出来たのに。それに今は恥ずかしいこと何もしてないんやけど?』
「…その言い方は、」
『ん?』
「…ず、ずるい」
『ずるい?(笑)』
余裕そうな彼を見ると、これまでの彼の恋人の存在を思う。
どんな素敵な子と、どんな恋をしていたの?
「…」
彼の大きな手がわたしの頬を包んで、髪を撫でた。
耳の端にも触れる手のひらにドキドキしながら目を閉じる。
キャミソールの肩紐が落ちているのもそのままに、彼がまたわたしを引き寄せた。
「……あ、」
『ん?』
「…朝ごはん、作る、…ね。」
『嫌です』
「えっ、」
『…嫌です。』
「……」
耳元で聞く彼の声に心臓が跳ね上がる。
「…お腹すいてないの?」
『…オレは、ほんまは聞き分けが悪いんですよ。末っ子で、家の中ではそれなりに甘やかされて育ったんで。…だから、嫌って言ったら嫌なんです。』
「…」
理不尽な理由で開放は先送り。
『もう少しこのまま、居って』
○○、と前髪に口付けられる。
「…」
こんなドラマの中の素敵な女の子のような扱いが、とても身に余ると思ってしまう。
「…崇裕くん、」
『…』
「わたし、…本当は崇裕くんが思ってくれているような人じゃない、」
『…え?』
「…そんなに大切にされたら勿体ない。
素敵なお店で記念日お祝いしてもらったり、なりふり構わず求めて貰えるような、…そんな価値、わたしには無いよ」
『…』
「…勿体ないよ、…もっと素敵な人が、崇裕くんのこと好きかもしれない」
黙ってわたしの話を聞こうとするから、わたしも今までの複雑な想いが次から次へと溢れ出る。
「愛されるような人じゃない、」
自信が無い。
ごく普通で、地味で、その空間に居るかどうかわからないようなわたしを、何故見ていてくれたのかも分からない。
彼の隣に居ても良いのかと、ことある事に思ってしまう。
彼の隣にいるために一生懸命頑張った背伸びは、いつか疲れてしまうだろうと、
『…そんな言い方をされると、まるで僕の想いまで否定されたような感じですね』
「…そんな、」
『嘘ついてるって?』
「…」
『…コンプレックスがある人にはかなわへんな』
少し力を抜いて笑った彼に胸が痛む。
『充分魅力的やのに、自分だけで思うコンプレックスどうにかしようとするでしょ?』
伏し目がちに見つめられると、何も言えなくなった。
『…素敵ですよ。ずっと好きでした。…無理をさせてたなら、気づかなくて申し訳ないです。…でも、。僕はあなたと居ると心の底から休まるから』
「…」
『…もう、あなた以外は考えられません』
オフィスの片隅で、いつも滞りなく仕事をこなせることばかり考えていた。
笑顔が少なく、地味な存在。
それがわたし。
『何でも丁寧に、ちゃんと向き合ってくれるところ』
「…」
『…誰も気づかないようなことに気づくのに、黙ってフォローしてくれてるとこ。…優しさですよね』
「…」
『…ずっと見てたから、○○のことは○○より、オレの方が分かるかも』
へへっと笑った彼。
彼の照れた笑顔に泣きそうになった。
『この人をいつかオレが心の底から笑かしたい、って思ってたのがだんだん、あぁオレはこの人を幸せにしたいんやってなって、想いに気づいた。』
「…」
『愛されるような価値がないって言ったけど、そんなんは自分が決めることやないと思う。愛す側が思うことで、決めることやから。だから僕は、あなたを愛しています。』
「…、」
『愛してる。…他の人なんか、考えられへんくらい。』
「…」
『誰にも取られたくない。僕だけの○○で居って欲しい。』
「…」
『もっといっぱい笑かしたいし、もっともっと、オレを好きになって欲しい。』
「…崇裕くん」
『……っていうセリフも、ドラマでは二枚目が言うことですけどね(笑)』
照れくさそうに笑う姿に、胸がいっぱいになった。
「…好きよ、」
『…』
「好き、崇裕くん」
瞬きをして溢れおちた涙を彼の指先がそっと拭う。
「…いっぱいじゃなくても良いから、…少しだけでも、長く愛して、…?」
こんなふうに、大切な誰かに、心の奥底からの思いを言えたことはあっただろうか。
感じたことの無い思いが胸に広がっていく。
言いながら涙が止まらないわたしを、困ったように笑いながら見つめ何度も涙を拭う彼。
『いや、』
「…、」
『長く、いーっぱい、愛します。…(笑)』
「…」
『もおええわって言われても、愛します』
「…」
『泣くのも笑うのも、オレの隣におる時はいつでも、素直で居てください。あなたを隠す必要はありません』
近づいてきた彼の顔に目を閉じると、目尻に触れた唇。
少しずつ視線を上げて目が合うと優しく笑った。
『…内見の時間、間に合うかな(笑)』
「…え?…っ、きゃ?!ちょっ、」
もぞもぞと動くベッドの中、彼に見つめられ、まるで全身が心臓になったみたいに脈打つ。
『でも、ごめん』
「…え、?」
『もう1回』
***
2018.12.15