君じゃないとダメみたい


...




『言いたい放題言うだけ言うてさ、お互いにプラスの関係でいられへんようになったら、もう終わりやと思うんやけど。』

「…それ、どういう意味?」




『終わりにした方が良くない?』






オレら。

と呟いた彼の前では泣きたくなくて、黙り込んで堪えた。




...







2週間前から、彼とは連絡を取ってない。



同じ会社の、パーテーション越しに隣合った部署にいるのにおかしな話。






「最近、重岡くんと話してないみたいだけど…なんかあった?」



書類に目を通しながらこっそり呟く上司は

さも、オレにはわかるという態度で



「…あぁ、…別に、(笑)」






もう、笑うしかない。



「まあ、何かあったらオレも話聞けるし。なんでも言ってよ。今日飲みに行く?」

「…えっ、」

「いいじゃん、金曜日だよ?それとも何かな、彼氏≠ェ怒るかな?(笑)」





ハハハ!と笑う上司のデスクに横から影ができた。










『失礼します。これ、昨日頼まれてた書類です。お話中にすみません。』






…彼だ。







「おぉ、ありがとありがと。重岡くんも飲みに行く?」





彼はイヤイヤ、とはにかみながらこめかみを掻いた。








『邪魔しちゃ悪いんで、オレは大丈夫です。失礼します。』


「…」








なにあれ。



わたしの方は少しも見ずに、

そう言って自分のデスクに戻る彼の様子をじっと見るわたし。




…本当、なにあれ、












当然、飲みになんて行くはずがない。

適当な理由を探すのも大変だったけど、何とかそのまま帰宅できた。




そもそも平気で飲みに行けるはずがなかった。






「…むかつく」



どうして何も言わなかったんだろう、






「…ばか!ばかばかばか!!!」





白々しく重岡くん≠ニ登録されたままの連絡先をどうするか。

さすがにそこまでは今のままではできなかった。




あれは別れようって意味なのかな。




毎日何かしら声をかけてきた彼が、

2週間も何も…となるとそう思わざるを得ない。





調子がいいように見えるけど根は真面目で、

時折わたしよりも大人に見えるのが不思議だった彼は、


2年ほど前に後輩から彼氏になった。







不機嫌な理由を問いただしても答えなかったくせに。

明確な言葉も言わずに勝手に終わりにするなんて、







「…わかりやすく言ってよ、」




わたしにも直球で、終わりを分からせて。













(ガタンッ…ドン、…ガチャガチャ、)



「…!?」











時計は深夜0時半を回る。


こんな時間に揺れる玄関のドア。




怖くなって声を潜め、ソファーに顔を埋めた。











『…開けて、』

「…大毅…、?!」








『……開けて、っ』






辛そうな声色に無我夢中で施錠を解いて、ドアを開けた。




『…、』





インターホンの上に腕を付いて、肩で息をする彼がズルズルと腰を落としていく。






「…、え?ちょっと、…なに?大丈、」


『…はぁ、…はぁ』


「…ちょ、ちょっと!…ねぇだい、…飲んでるの?」





彼の肩に触れて、顔を覗き込んだ。




「…っきゃ!」






なだれ込むように玄関に押し倒されるように転び、彼もその横に倒れた。



ぐったり倒れ込む彼の様子を見ながら、

自然に閉まったドアに手を伸ばして鍵をかけ直す。






「…飲みすぎ。何考えてるの」

『…』


「…ねえ、大毅、!」




うっ、と嗚咽を漏らした彼に慌てて背中をさすりながら前髪を避けた。



うつ伏せで倒れ、眉間にシワを寄せた彼の背中をさすり続けると、

少ししてから徐々に仰向けに体勢を変えていく。







『…』





はぁー、とため息をつく傍に座り込んで、彼の頬に手の甲を当てた。






「…飲みすぎだよ。水持ってくるね」



すぐ側のキッチンで、と思って立ち上がろうとしたら、腕を掴まれた。







『…それ、要らんから』


「…え?何言ってんの、」


『だから、水要らんって!』





酔ってるくせに力だけは無駄に強い。


そのまま座らされたわたしと、

目を閉じたまま邪魔くさそうにネクタイを解く彼。






「……」

『…』

「…家に帰れば良かったのに」

『……』

「会社からなら、自分の部屋の方が近いじゃん。ばかなの?」


『…、るさいねん、』

「…?」


『うるさいねんて』





顔が赤くなるほど飲むのを見たことがない。

彼はそもそもお酒に強いはずなのに、

その上でどうしてこんなになるまで飲んだのか




「…いい加減にしてよ、夜中に押しかけてきて…

 怖かったし、2週間も口きいてないのに、

 連絡もなしに突然こんな状態で来るなんて酷い」











『………っ、』














「…え、」





2週間前には気丈に強気な言葉を何でもバンバン言葉を投げてきた彼に、

わたしも言いたいことを素直に言おうと思ったのに、


小さく肩を揺らした彼は嗚咽と共に両腕で顔を隠した。









『…っんで、』

「…」

『…全然、平気そうな顔するし、…オレは全然、平気やなかったのに、っ…んで』




「…泣いてるの、?」

『…!』







彼に手を伸ばすと、バッと体勢を変えて背中を向けられてしまう。





「…」

『…、ぅ』






ズッと鼻をすする音、伸びてきた黒髪が揺れる。







『…飲みに行くとか言うから、』

「…え?」


『アイツと!…行くって言うから、

 ふたりで、…そんな、んさぁ、ふたりで行く必要ある?』






「アイツって、」

『…』




はぁ、と息を吐くのがとても苦しそうで腕に触れて宥めるようにそっと撫でた。





『…杉浦、』

「…!」





上司だ。






『…何かされたらとか、思ったら無理やし、

 そもそもさぁふたりになりたがるのおかしいやんて、』





ふにゃふにゃ呟く彼の背中を、腕に触れながら見つめるわたし。







「…何かあったと思ったから、別れようって言ったの?」

『…そんなこと言うてへんやんけ、!』




振り向いて体を起こした彼の目は真っ赤に濡れていて、

悔しそうに唇を噛みながら首を振った。





『言ってへん、のに、…そんなつもりなかったのに、勢いであんなこと、』

「…終わりにしようって、大毅が言ったんだよ。」


『…嫌や、絶対別れへん。別れたくない、別れたくない、別れたくな、』

「落ち着いて、大毅…、っ!」







少し強引に触れた唇が熱くて、わたしまでクラっと視界が揺れる。








『……、○○』

「…、」









ぎゅうっと抱きしめられて、頬を寄せられる。




『…ごめん、…思ってもないひどい事言って、…オレ、





 …別れたくない。』







ぐすっと泣きながらわたしを腕の中に閉じ込める、

限界まで酔っ払った彼は腕の力をそのままに、わたしの肩にそっと頭を倒した。






『…ごめん、』

「…大毅」

『……』


「鍵は、?」




あるんだから使えば良かったのに、と背中を撫でると首を横に振る彼。






『…』




必至に体を寄せる彼を安心させたくて、優しく抱きしめ返した。








「…おかえり、」




















「…」

『…、』




寝起きすぐに、隣に寝転ぶ背中にチョンっと触れた。

ぴくりと肩を揺らした彼が起きていないはずがない。




「大毅」

『…。』





もぞもぞとわたしの抱き枕を抱える背中をじっと眺めていると、

ふとんが擦れる音とともに、一瞬振り向いた彼。







「…おはよう、大毅。」

『…はよぅ』





「昨日のこと、覚えてる?」

『…』

気になって問えば、こくりと頷いた。






「2週間も何してたんだろうね、わたしたち」

『………ごめん』


「…ううん、わたしもごめんね。

 わたしのほうこそ、ごめん。」



首を振る彼の髪をそっと撫でると、

恥ずかしそうな顔で照れ笑ったの。





心はずっとすぐ傍で隣合っていたのに、すれ違った数日間。

その期間を埋めるように、そっと背中に寄り添った朝。








『やっぱオレ、○○やないとアカンわ』


***

request. 2018.05.13