あまい、あまい、よる。








部屋の香りが変わる。



自分ひとりだけの時とは違う、慣れのない、とはいえ落ち着くその香り。



花の蜜のような甘い、甘い。

















「…起きた?」




体感、5分。




でも時計を見たら、うとうとしてから1時間近く経っていた。






目を開けると目の前に楓。






『、起きた(笑)』


「…おはよう、(笑)」






ぽん、と頭をふわっと撫でられると、


もう少し眠っていたい気持ちがわいてくる。







「…今寝たら、この後寝られなくなるけんあかんよ。」






じゅんたくん、と呟く優しい声。

柔らかそうな唇。


素肌。





『…シャワー浴びたんや?』

「…うん、お借りしました」





『…またや。(笑)』






前髪の先が濡れている、こういう所がちょっとズボラ。



そこがまたギャップでいい。






『ちゃんと乾かさなアカンやんか』

「このくらいやったら、放っておいても大丈夫」





ソファーの傍にちょこんとしゃがみ込む肩は細くて華奢。


それでいて、すべすべふわふわの肌。





メイクを落とした顔を見ると、



…あまり大きな声で言えへんけど、








『…』



この子はオレのって、一番実感する瞬間。







ソファーから降りるか、そのまま腕を引くか。






『…』


「…」


『……』







何の緊張感もない落ち着いた横顔に指先で触れると、すぐに振り向いた楓。












(ちゅ、)









「…ん、」


『…』







口端から漏れた声に心の奥からざわめいて、胸をキュッと締められる。


起き上がり、ソファーから落ちた片足。




前のめりになって片手で顎を捕らえると、

一瞬見つめたその唇に自分のそれを押し当て、そっと開いた。






「…待っ、!」

『…、…楓?』


「…、」





真っ赤な顔。






サッと背中を向けて、膝を抱えた楓。






「……まだ、」

『まだ?』



「……お皿、洗ったりする前にシャワー借りたから、

 …まだおわってない、の、…を片付ける」




『…、ありがと。ずっと寝ててごめんな』



「…ううん、お疲れさま。

 ベッドで横になっとってええよ、早く寝たほうが疲れ取れると思うし、」







立ち上がる後ろ姿。

ショートパンツのルームウエアに裸足で歩いていく。




ソファーに腰掛けたままそれを見つめ、視線だけで後を追う。







『…久しぶりやね、来てくれたの。』

「…そうかな?」


『楓の部屋が多かったし。シャワー、問題なく使えた?』



「うん、大丈夫」






もう慣れたから、と笑うのが可愛い。







暑かった今日、それでも夜は肌寒さが残る。

窓は閉まっていたけど、

ノースリーブから晒された二の腕を見ているうちに勝手に体が動き出した。








「…、えっ」


『…(笑)』



カーディガンを脱ぎながら歩いて楓の肩にかけたあとで、


後ろからそっと抱きしめた。









「…動きにくい」


『…(笑)えへへ。邪魔しちゃお』


「…やめえ、(笑)」


『あー、かわいい(笑)』





頬をすり寄せる。


少し背中を屈める感覚も、このときばかりは心地いい。




きみの背丈まで高さを合わせること。






「…、淳太くん」


『ん?』


「…」


『…もう1回』


「え、?」


『…もう1回、呼んでよ』


「…どうして?(笑)」


『…お、そうくる?(笑)』






伏し目で柔らかく笑った楓はオレを振り返って目配せをした。





「…でも、淳太くん」


『ん?』


「…前の彼女さんにもこんな風にしてたのかなぁって、ちょっと思った」





…え、










『…なんで急に?』


「だって、こういうのってパターンがあると思う」




ぷくっと頬を膨らませる。







「…わたしのどこが好き?」

『…どこから言おうかな?』



「…どこでもいいけん、はよ言うて。」






いつもはドライな楓から不満そうな顔を向けられたのは初めてで、


洗い物を済ませて振り向いた楓は腕の中で、正面からオレを見上げている。







『…おかしいな(笑)こんなつもりなかったんやけど』




「…なんで笑うのっ、」



『……(笑)、ごめんごめん。』







突然の、あまりに可愛いワガママに顔が緩む。


こんなこと言うんや、知らんかった。

そうやってきみのことを知れば知るほど、身も心もきみに夢中になっていく。







「…、」



『…そうやな、優しいところ。綺麗で、可愛くて、ちょっとドライ。

 頑張ってる姿をいつも見てるから、支えてあげたくもなるし。

 …あんまりさせてくれへんから、正直拍子抜け(笑)』




「…そんなことは、」


『ホンマにいうてる。…ひとりで生きていけると思わんくていい。

 もっと、オレにも甘えてよ。』





「…」





香りごとふわりと抱き寄せる。









『…大好きだよ。楓』










「…好きになると、どこか行っちゃうかもって思ったら怖くて」

『…うん』


「思うの、もしかしたらって」



『オレはどこにも行かへんよ。』






でもそうやな、と続けると腕の中から楓がオレを見上げた不安そうな視線。







『行くとしたら、一緒に行こ。(笑)』




髪を撫でると、きょとんと目を丸くした。










「…どこに行くの?」


『どこにも行かへん。(笑)仮に、って話。』


「…ほんまやね。」


『ほんまですよ。(笑)』






時折見せる、あどけない表情には驚く。


思えばさっき、ソファーで目覚めた時にもそうやった。





起きるのを、オレが気づくのを、

静かにじっと待つ姿は健気でとてもかわいい。





『…大丈夫だよ』

















「………きすして」

















『…ん?』

「…」






胸に隠すように顔を埋められ、

ぎゅうっと抱きしめられながらの一言。









「…淳太くん」


『……ん?』


「……きす、して?」



『楓』








名前を呼びながら、望み通りにしてあげたいのに。






『…(笑)、…楓。楓、』


「…」







背中をさすり髪を撫でてもずっとこのまま。











『…』








少し強引に体を離し、一瞬だけ目を合わせて口付ける。



指先を髪にくぐらせると、

オレの胸のあたりでシャツを握る楓の手が震えた。







深く、長く。






甘くてふわふわの唇に触れていると、頭の中も真っ白になりそう。










『…、』





初めてなんかやないくせに、いつまで経ってもきみとのキスは。













『…、っは』


「……じゅんたく、…んっ」






何度も交わすキス。






『…楓、』

「…?」



『……しー、(笑)』




ちゅっと頬に唇を落として一瞬震えた体を抱き支えたまま、その首筋に顔を埋める。




チュッと強めに唇で挟み吸い付くと、白い肌に赤みが差した。







「……これ、」

『…』




そこへ何度も口付ける。












『ここなら厳しい監督もおらへんしね、(笑)』

「…、!…望。(笑)」

『うん。(笑)』






フッと笑いあって、またキスを繰り返す。



柔らかい肌と、耳をくすぐる声に気持ちを高揚させられながら、







『…、大丈夫?』

「…」



ガクッとよろめいて口元を抑える楓を咄嗟に支えて抱き直す。








「…うん、」








何も言わず、きゅっと身を寄せた楓の髪を撫でる。




「…淳太くん、」


『…ん?』


「…普通が分からんけん、引くかもしれんけど」


『…なに?』















「…し、たい、」















不安そうに囁いた唇からの言葉に、慣れた要素は一切なく、

…ただ只管に心を掴まれただけ。









「…だめ?」




『…全然。(笑)オレもそう思ってた。』





ダメな理由を教えてよ。








***

2018.5.18