今日よりきっと明日のきみ





結婚して初めて迎えるクリスマス、今夜は23日だから、イブイブだね!≠ニ嬉しそうにオレに反応を求めてきた陽菜子。





『イブイブってなんやねん…』



アウターのポケットに手を入れボソッと呟く声は、繁華街の人混みに消えた。




4号サイズのホールケーキ。

有名チェーンのフライドチキン。



小分けになっているファミリーパックのお菓子も買った。


スヌードに顔を半分埋めて歩く淡色のチェスターコートの後ろ姿は、耳の高さに結んだポニーテールがふわふわ揺れている。




『なあ、陽菜子』

「んー?」

『ホンマにそれいけんの?』



オレの声に、はた、と動きを止めた陽菜子。




「うん、大丈夫だと思う!」





両腕で酒瓶を一本抱える陽菜子。



年末の福引で3等が当たり、強めの日本酒を合計で10本。

周りで指をくわえて見ていたおっちゃんたちに配って、1本だけ持って帰ってきた。




『どうせやったら、ワインかシャンパンのがよかったんちゃう?(笑)』

「調理酒にも使えるから、いいかなぁと思って」





蚊帳の外になる感覚

大げさやけど、ちょっと感じた。良い意味で。



陽菜子には自然と人を引き寄せる魅力があるんやと思う。



福引の3等を当てた瞬間、周囲がザワッと湧いた。

愛想の良い笑顔で当たりくじの景品を配り、見ず知らずのおっちゃんにもう名前で呼ばれていた。




『…(笑)』



何でもない、というような雰囲気で白い息を吐く陽菜子の事、




去年の今より、

確実に愛しく思っていることに気がつく。







「てるしくん、」


『ん?』


「プレゼント、何が欲しい?」




『オレ?(笑)…なしにしよって言うたやん、結婚式もまだやし、先々のことがあるからって。』




欲しいもんもないしな、と答える。


でも、と食い下がった。






「何かプレゼントしたい」

『それやったら』

「欲しい物、ある?」

『でも(笑)1回ホンマに考えたけど、別に今はさ』

「そうなの…?」


『陽菜子は?オレだけ貰うのはちょっとアレやし、あるんやったら言いや?』


「…」




真剣に考えているのか、一度黙る陽菜子。



「…じゃあ、」

『ん?何?』



片手を空け、笑顔でオレに差し出した。





…え?




『…ホンマに?(笑)』


「ほんまに。…(笑)」








ミトンの手袋越しに伝わる温もり。

力加減を少し間違えると、勢い余って痛めてしまいそう。



確かめるように数回握り直すと、陽菜子が振り向いた。




「わーいっ(笑)」



ぶん、と大きく振って笑う。




『安上がりやな*(笑)』

「いいの、お家にいたらこういうことしないもん。お出かけだけ、特別だよ」





手袋越しに握り合う手は滑りそうにもなって、陽菜子はぎゅっと力を入れてくる。






「てるしくん」

『ん?』


「…てるしくんって呼ばれるの嫌じゃない?」

『今更!?(笑)』

「…うん(笑)」




『…ええんちゃう?別に、あだ名みたいなモンやろ』

「てーるしくんっ」

『陽菜子だけやけどな、そう呼ぶん(笑)』

「お家に帰ったら、ふたりでイブイブパーティーだね(笑)」

『(笑)、ハイハイ』




プレゼント、手袋にしようかな?と手袋のないオレの手を見て言う陽菜子。

陽菜子の手を握ったまま、アウターのポケットに手を入れた。



寒くて、何度もかかとを上げたり下げたり落ち着かないオレを隣で真似する陽菜子。








可愛かった。












***





福引で当てた日本酒を小さめのグラスに入れて乾杯。

フライドチキンを頬張る陽菜子こっそり指をなめて、おいしいね、と笑った。




「…大阪に来て、一緒に住み始めた頃…1回、家出しようとしたの覚えてる?」

『あったな(笑)』

「結局、そこの隅にいたの。行くあてもなかったし怖くて」




少し眉を下げた。





「てるしくんのこと、困らせちゃおうかなって思ったの。でも、居なくなっても探してくれないかもって思った。ひとりで寂しくて、ホームシックみたいになっちゃって、…ワガママも沢山言いました、…ごめんなさい」



『…未遂やろ(笑)』


「でも思ったの、…てるしくんの傍が、いちばんいいな」







ちょろちょろとグラスへ流れる透明な雫。

陽菜子はその縁に柔らかい唇をつける。





『…』

「…だからもっと、てるしくんといたい」

『…』

「…てるしくん」




カチン、とグラスを寄せあって微笑む。

何杯飲んでもほとんど変わらない陽菜子はオレを見て、顔に手を伸ばしてきた。







『…え、』


「真っ赤だよ」



頬に触れる手。








「ぎゅーっ(笑)」

『わっ(笑)』



その後すぐに、むぎゅっと抱きつかれて慌てて受け止めた。





『…何?もう(笑)』

「てるしくん」

『…』




じっと見つめあえば、チュッと唇が触れた。



頭がぼんやりするような、…柔らかい唇を何度も追いかける。

両手で包むように頬を撫で、陽菜子を抱きしめ直した。




『…陽菜子、』

「てるしくんのお嫁さんになれてよかった」

『…』

「…大好きだよ」





後ろにパタッと回された両手で、優しく背中を撫でられると、何故か泣きそうになって鼻をすすった。




『アホ、なんやねん(笑)』



絞り出した声で笑ってみたけど、そんなことはオレの方が思ってる。


「なんでもないもん、(笑)」




でもね、と続けた。


「思ったことは、その時に言わないと」




『頭の中で考えてることまで、呟いてたもんな(笑)』

「…だってそれは、…」



オレの肩に顎を乗せ、頬を寄せる陽菜子。




「…」



『…何?』




「いま、わたしが考えてることわかった?」



『言わな分からへんよ(笑)』

「んー、そっかぁ(笑)」




笑い声が耳を擽る。








「てるしくん、…」







耳元で、小さい声で呟かれた言葉。




『…え?』

「…だめ?」



酒を飲んでもほんのりしか赤くならなかった顔を真っ赤にして、恥ずかしがりながら見つめる陽菜子。




「照史くん…、」

『…わかった、ええよ?』

「…ほんと?」


『…うん、(笑)』



昨日より今日、今日よりきっと明日のきみ。

***
2018.12.23