#1








『手ぇ離して貰って良いですか?…その子、ウチの家出少女なんで。』









廃墟ビルの一室。


強い力で腕を引かれた時、もうダメだと思った。

泣きそうになって噛んだ唇に血が滲むほどの、怒号と交差する攻撃音。

ぎゅっと目を閉じていた。











#1 Lemon










『…んぁあーいってー、(笑)』

「…リュウセイ」





濡らしたハンカチタオルを手渡すと、荒い息を大きな一息で落ち着かせて笑った。







『…あのさぁ』


「…」


『…泣くんやったら、最初からひとりで乗り込むとか考えんといて欲しいねんけど(笑)』


「…だって」


『なんやねん』



「…」



『ジュンタにも何も言わずに出てったって言ってたけど』



「…役に立ちたくて」



『ッハァー、…それで?…役に立ったん?』



「………」





ぎゅっと握りこんでいたUSBを手渡す。







『…これが?』


「…組織が持っていた機密文書のデータ。振込先リストと、裏帳簿」


『…へえ、すご。』






リュウセイの口の端にタオルを当てようと手を伸ばした。




『部屋の鍵は?』

「…この、ヘアピンで」

『…ロックナンバーは?』

「3分でなんとか」

『……なんかやってたやろ、ワルイコト(笑)』

「……閉じ込められたことがあって、確率をデータ化したものとか仕組み、カギは解錠方法を少し勉強してる」


『……なるほど』








ため息混じりにわたしの頭を撫でる。






『いーこ、いーこ(笑)でももう、勝手に出歩くんナシやからな』


「…次はもう少しうまく、」


『アホ。面倒見係のオレがアキトに怒られんねん。…外に飴買いに行くだけでも、ちゃあんと言うてくれな(笑)』


立ち上がり、わたしの被るフードをのぞき込むようにして差し入れた手の指先で、わたしの頬をつまんだ。




「…いつまで子供扱いなんやろ」






『なんか言うたか?』




「別に。…あ、リュウセイ、」



『んー?』



「これ、あげる。…欲しかったんやろ、リュウセイの手柄にすればいい」



『…USBを使うような手柄、セツナのやってすぐバレるやろ(笑)それに、』



「…」



『…セツナが頑張ったこと、横取りする気は無いし。(笑)』




はい、とわたしの手のひらにUSBを戻す。






『これも。』




と、手渡された飴玉。






「…ていうか、家出少女て」


『え?(笑)』


「…飴もくれるしやな」




ついて行きたいと言ったのは確かに、7人とまた一緒にいたいと思ったから。

それでも、ただ一緒にいるだけでいいとは思ってなかった。






「…役に立ちたいねん」





一緒にいるならば、マスト。






「わたしやって、本当はちゃんとできるんよ」





ついて行きたくて、頼りにしてもらいたくて、必死に勉強した。


方法を間違えていると言われても、連れて行って貰いたくて。


施設に残されたあとも、その後を必死で追った。






『…ちゃーんとねー』


「…」






うん、と頷くとキュッと口角をあげた。






『ホンマは何もさせたくない』


「…でも、」


『気持ちはみんな汲んでる。…ダイキも、トモやノゾムも。表向きカフェ経営のあの店の裏で、何をしているかなんて教えるつもり無かったんやで』



「…」




『…それやのに、…アホやな、危険なことにわざわざ首突っ込むなんて。』




呆れたように笑う。



「…わたしも生まれたときのこと知りたい。」



『…』



「みんなのこと、全部はわからへんよ。でも力になりたい。傍にいたい。もし信用ならんのやったら…目に見える形で誓ったっていい。…わたしにも、…わたしの腕にも、入れて欲しい」




仲間の印を。


赤い、刻印を。




『…信用ならんって、本気でそう思っとるって?』


「ちがうん?」



生まれた時の記憶は何一つなくて、わたしはずっとひとりやった。


…みんなに、7人に出会うまでは。





「…何かあるなら、…その時は一緒がいい、」


『…』


「…もうひとりにしやんで、」






暗い夜道を照らす月、星の瞬き。


彼の歩く影に必死でついていくわたしは、飴玉を握りしめたまま。







『…セツナ』



「…、」



『それ、檸檬味』




「…、」








黄色い包みを見つめるわたしを振り返り、手のひらから奪われたその飴玉をあっという間に取り出す彼の指先。








『…あーん。』



「…」



『…ほら、セツナ。』



「…」







甘くて、苦い。





飴玉を口に含んで膨らむわたしの頬を見つめて、フッと笑った彼を見上げた。








『…、(笑)』





両手でわたしの頬を包み、くりくりと優しい手つきで撫でる。





『…ちっちゃい頃からぜーんぜん、変わらへんな(笑)身体が大人になったくらい?(笑)』



「…ちょっと、なに急に」



『…(笑)』






突然、ぎゅっと抱きしめられて固まる身体。

伝わる体温。







『…一緒に居りたくないんちゃうねん。…巻き込みたくなかった。だから、タカヒロは強く反対してたんや。一緒に暮らすこと。』



「リュウセイ…」



『…何もしなくていい、何も、……何も知らんでいい。危険なことにセツナを晒したくない。…手の届くところに居て、笑っていてくれればそれで、』





いつにない真剣な呟き。






「…」





大きな手で、フードの落ちた頭を撫でられる。





『……無事で、良かった。何も無くて、』






抱きすくめられて、わたしの中には昔とは少し違う感情が生まれていることに気づいていた。


背中に手を回してしがみつくと、胸が熱くなる。








「…ごめんなさい、」



『…何?』



「……助けに来なかったら、怪我することなかったのに、」






そう呟くと彼はわたしを見て、そんなことか、と笑った。






『…なんでもないわ、こんな傷(笑)』




「…」






胸に顔を埋めるわたしを少し離して、首筋に埋められる顔。







「…!」



『…』



「…リュウセイ、?」







触れた唇で噛みつかれたようにピリッと痛む首筋に少しの不安。







「…、」








彼のシャツをぎゅっと握る。






『しるし』


「…?」



『…なんてな。』












「…居らんなったって言った瞬間に血相変えて飛び出していって、それからずっと戻らんかってんで。リュウセイのやつ。」



「…」



「…心配やったんやろな。…あんまり心配かけたんなよ、(笑)」





ポン、と頭を撫でられる。





「…ノンちゃん」


「ん?」



「これって、どういう意味?」




「…へ?(笑)」





パーカーの襟ぐりをぐんと引っ張ると、ノンちゃんが目を丸くした。




「え!!!なにそれ!?独占欲の塊、キスマーク!(笑)」


「……き、きす?……噛まれたのに、?」


「…およ、……初めてされた?(笑)」


「…」






うん、と頷いて首筋に触れる。






「…仲間の印やなくて、それに関しては恋人の印やな♡」


「…こいっ、?!!!!」


「ったく、抜け駆けずるいな」




嬉しそうに笑うノンちゃんに顔が熱くなる。




とくん、と胸が高鳴る。





「リュウセイ、」



『…』




シャツの裾を捕まえて、彼の気を引いた。





「…あの、」


『…』



「…その、」



『……』

ギュッと唇を噛む。

「…」

見上げた先の彼は優しく微笑んだ。





***

2018.8.17