#2






気分転換に立ち寄ったネットカフェを出て、スーパーの袋を片手にリュックを背負い、アウターのフードを被った。


全身真っ黒で歩く、夜の広い通りの交差点。


縁石に登ってバランスを取りながら歩いた。





ごめん、セツナ。帰りにトマト買ってきて?


口の中で転がす飴はレモン味。

トモからのメッセージに既読を付けた。










#2 誰が為に









「GPS切り忘れてたんや」




別に、トモに把握されるのは良いんだけど。




「トマト、買ったよ。10個くらい持って帰るね」


「ありがと〜、助かる。あ、見たところ周りに対象おらんみたいやけど、早めに帰ってきてな。最近自由すぎやで(笑)」


「うん(笑)、ごめんなさい」


「ええよ(笑)、ほんなら気いつけてな」




この所は大きな依頼もなく、比較的平和に過ごしていたから気が抜けていた。




「うん!」



耳に付けたシルバーのイヤーカフと、中指に付けた指輪を触れさせると会話ができる通信機は、トモならではのアイデア。


これなら抵抗なくつけられると、付けっぱなしにしていた。





「…」



人のいない交差点の横断歩道、向こう側に見える学生は携帯に視線を落としていた。




「さむ、」




イヤーカフをそのままに首から抜いたヘッドホンを頭につけ、フードはまた被り直した。


青に変わった横断歩道を、トマトを抱えながら渡っていく。







「…、」

不意に、嫌な気配を感じて振り向こうとした瞬間だった。




「…っ!?!」

交差点に侵入してきた黒いワゴンを遠のく意識の中で見た。











…やってしまった。





「……」



グラグラ揺れる視界、オレンジ色の光。

嫌な予感は的中するもので、両腕共に後ろ手に拘束されている。







「…」




気配を探るため、まだ気絶したふりをしていた。







「コレです、あの女の荷物。」

「あぁこれか。…しかし、どんな風貌の奴かと思ったらこんなに若い子がねえ」

「僕も驚きましたよ。僕は自分で作ったこのセキュリティシステムに絶対の自信があって、完璧だった。誰にも破られたことないシステムに数分で傷をつけられるなんて。…僕としたことが、…絶対に、そのままにはしておけない」



…システム?


…破る…?








「アレにはオレ達の重要な顧客情報も詰まってる。ヒヤヒヤしたよ、本当に。君も首の皮がつながったね。」




コンクリートに靴底が擦れる音。



「…とでも、言ってもらえると思っていたのか」


「え、」


穏やかな口調で少し笑ったその男。




「君のことを信頼して、沢山、いい思いもさせてやったのに。あんな陳腐な小娘に暴かれるほどのセキュリティだったとはね」


「…そんな、…僕は」


「ここでお別れだ、残念だよ。お前も用済み、そのデータを全て渡してもらおうか」




カチャ、と重たい鉄が擦れる音がする。




…仲間じゃなかったの、…か?






ズダァン!銃声が鳴り響いた。

広くて暗い、倉庫のような場所やったと思う。


声が出そうになるのを、唇を噛んで必死に耐えた。






「あぁ、汚れてしまった。おい、君でいい。片づけておいてくれないか。」


「はい」


「手間のかかる子だったよ」




ふっと笑ってそう言った男の視線がこちらに向いたのが、背中越しにも分かった。







「…」



もう、



だめかも、





「本当は、こんな趣味ないんだがね」






強い力で二の腕を引かれ、体勢を変えられた先で真っ赤な液体がどんどん広がっていくのが見えた。







「…っ、」



「おや、意識が戻っているようだね。初めまして、かわいいお嬢さん」



「…」




「聞こえちゃったでしょ、…ダメだよ。見られたり、知られたら生かしておけないから」


「、…う、ふ」






「死んでもらわないとね」

















『誰が、生かしておけないって?』







「いっ、…」






横から飛んできたものに、張り倒されるようにアスファルトに崩れた男。


わたしの目の前で頭を抑えて倒れ込む。






口を塞がれていたタオルをそのままに、上を見上げた。








『…ったくも〜(笑)、セツナ!心配したんやからな!?』


「…ん、んっぅ」



『トモのGPSがあったからよかったものの、コレ気づかれて壊されてたらと思うとやなぁ…』



口にはめられていたものがやっと解かれた。



「あの人、…あの人、撃たれてる」



『え?』


「撃たれてるの、…息、してるかな、」






赤いアスファルトを見る度に泣きそうで、何度も言葉が詰まった。



わたしの手を解放しながら一度見た彼。







『あれは大丈夫やろ。まずはこっちからやな』





笑いながら手のひらの埃を払い、周りを囲んでいた十数人を眺める。






『久しぶりやから、ちょっといつもより時間かかるかも(笑)動かんと、…って言いたいとこやけど、危なかったらこれ使って』






ほい、と預けられた鉄の棒をギュッと握って立ち上がった。



どう考えても不利やって思う状況でも、いちばん怪我が少ないのが彼で、ダイキやリュウセイがいつもは一緒に笑いながらも本当はずっと尊敬しているのを、わたしは知ってる。




何も使わず、決して殺めず、時間とともに体力を奪うようなこれが優しさなのか、鬼畜さなのか、






『セツナ!』


「あっ、」




彼の声に振り向き、襲い掛かってきた相手に咄嗟に棒を向けて抵抗すると、別の男が寄ってきたところに彼が手を貸した。



突き倒された男達はみんな苦しそうに倒れて転がっている。



「…、」




振り向いた先、運ばれかけて倒れたまま真っ赤に染まるさっきの学生を見た。






「…」



守ってあげられなかった。




「…起きて、」


『…セツナ』


「起きてよ、…ねえ、」





目深に被ったキャップから見える黒髪、落ちて、レンズが粉々に割れたメガネ。





「……え、」

『ん?(笑)』




口元に、見覚えがあった。





「ちょっと、」


「……」


「起きて」


「………」


「……起きろ!」



「いったぁ!ちょっ、なんやねん、乱暴やって!!」










転がったキャップから覗いた素顔。






「ダイキ!?」







「タカヒロ、本気でぶん殴りすぎやって…手加減とかあるやろ普通さ…」


『必要以上に、セツナに気絶薬嗅がせてた気がする』


「はぁ?そんなん気のせいやって…いったいわもう…ほっぺ腫れた…」


「…」



状況が理解できないわたしの前で、どんどん話が進んでいく。







『…実は、この前の依頼の続き。』



「この前の、?」



『命を狙われているみたいで怖いから、抜き取った情報ごと始末してくれって。ホンモノの学生くんは顔を見られていなかったから、ダイキが学生役、オレは少し前から組織に加入したフリをしていたってことで』



「…撃たれて、ないの?」



「あぁコレ?トマト」



「…!!!」




「すごない?完璧(笑)」



『やばいな(笑)意外と』



「や、けどあと数秒タカヒロが遅かったら、なんやこの酸味?ってなったと思うでw」





笑いそうになったわ、とケラケラ笑ってるダイキと、いつものほっこり顔で微笑むタカヒロ。



「…心配して損した!トマト勿体ない!!」


「助かったんやから、ありがとう〜やろ(笑)」





うり、と頭を小突かれて膨れながら彼を見た。






『よかった』




「…タカヒロ、」




『オレはセツナが一緒に居るの反対やったんやけど、トモもダイキも、セツナを信じてるし絶対うまくいかせるからって聞かんかったんや。』



「…」



『怖い思いさせて、ごめん。…もう大丈夫やで』






ポンポン、と優しく頭を撫でられ、ホッとして一気に涙が溢れてきた。





「もう〜!だいっきらい〜!!!」










「なぁトモ、オレはピアスないし指輪と何か他のモンであれ作れへん?」


「あー、…腕時計とか?」


「ええやん!!欲しい欲しい!(笑)」

「…」

不貞腐れるわたしの前に、そっと置かれたいちごショートケーキ。




『ジュンタから。今日もよく頑張りました、ありがとう。やって(笑)』



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2018.12.18