#3



「ネズミが2匹も掛かったって言うから見に来たんや。いつもならすぐに始末しろって言う所を、顔を出してくれはった。兄貴に感謝しろよ?」






そいつは薄ら笑いでしゃがみこみ、ギュッとオレの前髪を掴んだ。


まだ身体の奥から心臓の音が大きく響く。






…トモ、










#3 赤い侵食










「おい、変なこと考えんなや?撃つど」





後頭部やこめかみに当てられた銃口は複数。


ネズミといいながら、めちゃめちゃ用意してるやんけってちょっと笑った。





ここはひとまず素直に従いつつ、


隣で同じように抵抗しない意思表示を見せている、トモと別々の手枷に繋がれた。




おかげで殴る蹴るがまだないのが不幸中の幸い。





「なんか、腹減ったなぁ。おいお前、なんか買うて来い」


「はい」









情報端末を預けたセツナをアキトに預け見送った後、

まだ奴らの帰ってきてないアジトの中の情報全てを回収しようと留まっていたのが失敗やった。



腕時計の留め具が僅かに光る。

多分、番の中の誰かがこの状況に気づいて察したんやろ。




「残念やったな」



…トモ?




「あぁ?」


「オレらをどうしようが、何も起こらんで?」




ぽつりとつぶやくトモを見て、奴らは鼻で笑った。




「ネズミに用はない。分かってるやろ?さっき一緒にいたかわい子ちゃんや」





ハッとして口を結ぶと、オレの方を見て笑った。






「おぉ、こっちのネズミは察しがいいな。お前なら、たーんと吐きそうや。ほんならこっちから始末するか」






カチャリ、と手元で音を鳴らしながら、トモのほうへ銃口を向けた。





「お前、なんでそんなに淡々と物言いできんねん。怖ないんか?」


「別に」

「生きてたってしゃーない、死んだって構わん。そんな顔してるもんなァ金髪」




玉が入ったままの銃でトモの頬を叩くそいつが散々楽しそうに笑った後、低い声で呟いた。




「生意気な目ェしやがって、後悔しやがれ」



『!?』






躊躇いもなく引き金に指を掛けるそいつを真っ直ぐに見つめるトモ。






「お前の言う通りや」


『…!』


「だからよう聞け、オレを殺ったって何の得もないし意味もない。それでもってんなら殺れよ」



『…!?』



「でも。…代わりにこっちは解放してくれるなら」


『…何を、』


「…」



『トモ、』




「…」




『待っ、』





強い眼差しをなおも相手に向け続けるトモに、いよいよ気持ちがざわついた。






「つまらんなあ」



笑いながら、銃口をおろした。


「逆にもうちょっと見てたいな、命乞いどころか譲り合うなんて(笑)」


気持ちの悪い笑い声を響かせながら、ゆっくり腕を組んだ。





「なぁ教えてくれ」



『…』



「…」




「あのかわい子ちゃんの、生き別れの兄はどっちや?」











コイツは何を知っている?










『なんの事や』




「ハッ、なんやそれ(笑)


お前らのいた施設に、アイツの子供…兄と妹のうち、兄が預けられたことは分かってるんや。…それを始末しないことにはオレらも安心できへんねん」




『…』



「…」




「覚えてるんやろ?親の最期。見てるんやろ、あの時、テーブルの下で震えてたガキはどっちや?」







真っ白に抜け落ちていた記憶が、



所々に点が落ちていくように赤く染っていく。







「どこから聞いてん、その話」



「そんなことを聞いてどうする?」



「それが嘘やって教えてやらなアカンから」



「…嘘?(笑)そんなわけないやろ、証拠だってこの目で確かめたからな」





誰もいなかったはずのアジトで何故、







「…ダイキ」



『…』



「ダイキ、惑わされんな」






トモの声が遠くに聞こえる。










おにいちゃん、














『…オレ、』



「…え?」




『…オレや、…』









心臓がドクドク脈を打つ。


抑えが効かないほど震えて、汗が滲む。







「…何を、」


『…、』







この記憶がオレのものやったら、…コイツが言う子供はきっと、









「オレや」













震える唇を結ぶのと同じタイミングで、その声は響いた。










『…!』






「動くな、抵抗したら撃つ」


『…ジュンタ、!』






いつの間にか囲んでいた男達は倒れ立ち上がる気配もない。

リュウセイは両手の埃をはらって、ジュンタと同じようにそいつの頭に銃口をかざした。






「どうしてここが…いつの間に呼んだんや」






さっきまで楽しそうだった奴らが悔しそうに呟くのを見て、隣でトモが笑った。






「教えるわけないやん」






それは笑っているようで、まったく笑っていない冷たい目。






「さぁ、逝く前に全部吐いてもらおうか。…おっさん。」




手枷はトモの持っていた薬品で溶け、両手の自由が効くようになっていた。







『…いっ、』




激しい頭痛に襲われて視界が歪むその中で、屈服したように膝まづいたそいつにトモが銃口を向ける。








「……残りのぜーんぶ、どこにあるん?」














「…あ、ダイキ」





目を開けると、見慣れた天井が見えた。





『……ノゾム?』



「やっと起きたー(笑)手伝って」




ほら、とサヤエンドウを見せられる。





『え、何?…のさぁ、オレ今目覚めたばっかやねんけど(笑)』




「何って仕込みやん。…てか、何?はこっちのセリフやねんけど(笑)」





オレは、あの後丸1日眠っていたらしい。




「タカヒロに言わな」


『…待って』


「ん?」


『…もうちょい寝とくわ(笑)頭ぼーっとしてんねん』






手伝えや、と笑いながらも、分かったよと言って部屋の扉を閉めてくれた。


大きく溜息をついた。





あの時頭の中に流れた映像はなんだったのか、…でもそれを考えると滲むように痛みが広がる。





下のカフェから音がする。

声も聞こえる。




…何ら変わりない日常をフェイクにして、オレらがやっとる事ってなんの意味があるんやろって時々思う。


薄い絵の具が画用紙に落ちたように、


まだ白くぼんやりとしたの記憶に本当の意義があるのだとしたらオレは、





「ダイキっ」

『…?』




顔を上げ足元を見た。





『セツナ…何?(笑)』



「おせんべい、食べる?」



『なんでやねん(笑)病み上がりやぞ』




「虹たべよ、だから大丈夫やとおもう」





どこからか椅子を持ってきて、ベッドサイドで腰掛けるセツナはファミリーパックのソフトせんべいの袋を開けた。



「起きてや」

『痛いねん』

「やればできるって」

『てかなんでせんべい?こういうときって、おかゆとかなんちゃうん。しょっぱいし喉渇くやん、こんなん…』




「ええから、早く」




はい、と1袋2枚のうちの1枚を口に詰め込まれる。




『…ふぉい、ひふほ』


「死なん死なん、だって撃ち抜かれそうになっても生きてるやんか」



『…』






パリパリ、と咀嚼音が響く気持ち狭めの部屋で、セツナも残りの1枚を口につめた。






「んま」



『んまいね』





ベッドの上でやっと胡座をかいて、口に詰められかじったせんべいを持った。





『…バウムクーヘン型やな』


「虹や」


『え?』



「にーじー!」



『けどさ、お前ほんまこれ好きよな(笑)素朴でうまいし、わかるけど』



「懐かしい味がする」



『ん?』




「懐かしいねん、多分小さい頃に食べてたんかなって」




せんべいを食べる横顔を見つめた。






「まあ、記憶ないねんけど」


『…オレも』



「…(笑)」





うん。と頷いて笑うセツナの耳の横、もみあげのあたりにある小さなホクロ。





『…』




パリ、とまたひと口。





「…よかった、無事でいてくれて」


『…え?』


「…ダイキも無事で、ほんまによかった。」


『…、?』






おもむろに伸ばされたセツナの手。






「もう無茶せんといてね」





ポンポン、と頭を撫でられて…笑ってしまった。


セツナの顔に手を伸ばし、むにっと頬をつまむ。




『…おらっ(笑)』



「!?なんなん、人がめっちゃ心配してた時にぃ!!」



『(笑)あはは、サンキューな』






暗い闇にこの身を沈め染まっても、お前のことだけは守りたいと思った。










***
2019.4.3