#4




「じゃんけんで勝った方がご馳走する、それでどう?」



『おーええね。ほんなら買ったるわ』



「うん!じゃんっけん、!?え!?!」



『セツナ、カエルとクマ、どっちにする?』



指を組んだ手の隙間を覗いて結果を占う○○をそのままに、アイスワゴンに声をかけた。












#4 Chameleon




















「…なかなか出て来うへんね」


『そうやな。夜行性なんかも。』


「…夜行性」





カップ入りのアイスクリームを手渡した。

隣をついてくるセツナは、スプーンで一口すくってアイスクリームを舐めた。






「…うん!!めっちゃおいしい、トモも食べる?」


『(笑)、あのなぁ、遊びに来てんちゃうで?』


「わかっとるよ、けど、くまさんが良かったんちゃうん?」


『なんで?』


「チョコやもん」





スプーンですくって渡してきた方を受け取り、口に含んだ。






『うん、うまい。あまぁ〜』


「…」


『…』







人で賑わう若者の街をふたりで歩きながら、本来の目的はここの誰とも違う。

雰囲気の違う男を見つけ、セツナに目配せをした。






『…アイツやな』




半袖の裾からチラッと見えた派手なタトゥーは昇り龍。




アイスクリームを食べるカップルに擬態しながら、ビルの片隅でタバコをくわえる男の傍を通り過ぎた。






「…」


『…』


「…っあ!!!」


『うっ、わ!?なに!!』



「もー、トモちゃーん!アイスクリームが手についたぁ〜」



『…』






え?






あぁ、そういうことな。







『お兄さん、このビルって…御手洗あります?』






タトゥーの男はセツナに怪訝そうな顔を向ける。







「っせーな知らねえよ」


「アイス、…手についちゃって(笑)…困るんですぅ、手、繋ぎたいからぁ〜」


「邪魔だ、どけ」






舌打ちをしながらタバコを捨て、足で揉み消してこちらへ向かって来た。






「…いっ、」


『セツナ、』






不機嫌そうに肩をぶつけセツナを突き飛ばしながら、人混みに消えていく男。






『大丈夫か?』





思いっきり飛ばされそうになったセツナを抱きとめて覗き込むと、うん。と頷く。









「完璧」



















ぶつかられ倒れかけた瞬間に、セツナの手によって男の背中に付けられたのは、チョコチップクリームに混ぜた超小型の発信機。






「…うん、ちゃんと起動してる。このまま集会に向かえば大丈夫。」





パソコンの画面で位置情報を確認するジュンタと、運転席からそれを覗き込むアキト。




「お疲れさん、二人共」


『それで?…男の素性は?もうわかった?』



「まだわからんけど、…奴ら絡みってことは間違いないみたいやわ。ターゲットは幹部やけど、とりあえずエサも撒けた。」



『そうか、』





後部座席に乗り込み走り出す車内で、セツナはふぅ、とため息をついた。





『ほんま、なんも言わんとあんなことして』


「…ごめん、でも、言ったら…勢いでなんてとても行かれへんって思っちゃって(笑)」





たまにこんな事があるから、危なっかしく思う。

バックミラー越しに目を合わせ、眉を下げて笑うアキトもきっと似たようなことを思ってんのかもしらん。





「芸達者やな、セツナは(笑)」


「あんなキャラちゃうしなぁ(笑)」


「でも、妙にしっくり来てた気がするで(笑)トモの彼氏っぷりも(笑)」




褒めるジュンタに照れ笑うセツナ。





「そう?」




食べかけのアイスを食べきれんかったのを後悔するのも普通の女の子。




でも




外を楽しそうに歩いていく子を眺めては、時折物憂げな表情を見せる。






『…後悔してる?』



「…え?」



『一緒に来てもうたこと。…オレらは普通で居られへんから、一緒におったら、セツナも普通じゃないモノを一緒に背負うことになる』



「…」



『…ごめん。』





黙って前を向いて運転を続けるアキト。


その横で、窓枠に頬杖をつきながら外を眺めているジュンタ。





『けど、…きっと死ぬまで変えられん。オレには明確な目的があって。…目的を果たせたら、オレも最後を決めようと思ってる』



「…」



『決めてから、それだけを目標に生きてきた。』






「…トモは、悪くないよ。少しも悪くない。わたしはみんなと一緒にいたいと思った。みんなの為って言ったら聞こえが良すぎる。…これは、わたしの為でもあるの」


『…』


「…みんなと離れたら、わたし、…ひとりぼっちになっちゃう」





『…』




「何も思い出せないの。施設に入る前のこと…何も。」






どこで、誰のもとで、どう生まれたのか。

他人のほとんどが知る普通のことが、オレらには普通ではない。


「それにみんなと居たら、怖いことなんて何も無い。みんなのことが好きだから、わたしも、…力になりたいし」


『…セツナ、』



「…(笑)」






なんてね、と呟いてニコッと微笑む。






「次はタピオカ、飲んでみたいなぁ」



ポソッと呟いたセツナの一言を拾ったジュンタが、手元のスマホでタカヒロに電話をかけた。
















人数分のタピオカドリンクの容器が、ノゾムによって綺麗にまとめられていた。





『……』







店を閉めたあとの店内で、ひとり、パソコンを見つめ続ける。




「…トモ」


『アキト』



「どうした?眠られへん?」





夜行性やもんな、と笑って向かいに座った。




『…いや、なんかさ』


「ん?」


『…気になって』






オレの話に耳を傾けるアキトが、黙って首を倒す。






『ダイキのこと調べてた』


「…え?」


『もしかしたら、オレらの親のことと何らかの関係性があるかもって』



「…それは、何か根拠があるんか?」



『まだ分からんけど、…もうひとつ可能性を思ったことがあって』



「…」






画面を切りかえて、アキトに向けた。








「…これって」


『そう。』






あるひとつの可能性を思った。


目的を果たすために、情報を漁るうちに偶然見つけたもの。





『これって、ダイキやろ』




「……」







過去に受けた依頼で処分するはずのデータの中に、ある家族の幸せそうな1枚の写真が出てきた。




手厚くフィルターが掛けられたデータの解析を進めているうちに見つけたものだった。





『さっき、似てると思った。』




「確かに似てる、…でもこんなん、子供の時の写真なんて」



『それもわかる。けど、記憶がないって一体何があったんや』




「…ダイキには見せたんか?」





『まだ。…もし、この男の子がダイキなら、親が子供を施設に送って消えたとして、なんでこの女の子はおらんかったんかって話になる。』




「そうやで、」



『でもこれ、大手銀行の裏帳簿絡みの依頼。もしダイキなら、この家族写真は何か手掛かりになるかもしれん』




仲睦まじい写真には少しの悲壮感もない。


仲のいい家族の、クリスマスの写真。

オレやアキトには到底縁のないものやった。






「なぁ、トモ」



『ん?』



「ダイキも、施設に来るまでの記憶がないって言うてたやんか。もし仮にこの子がダイキなら、幸せやった時の記憶だけをあえて思い出させる必要あるんやろか。…オレらみたいに、」



『けど、意味はあると思ってる。オレは、オレやったらちゃんと思い出したい。この人らが、自分をどんなにしたのか。』





物心ついて、真実を知ってから、心の中は復讐心でいっぱい。


「…」


『…アキト、…オレさ』



「…」



『あの時に生き残れたこと、ホンマに感謝してる。守ってくれてありがと。…そして、ごめん。…先に謝っとくわ』




「…」




オレの顔をじっと見つめ、表情を変えるアキトを見ることなく、口を開く。






『復讐が済んだら、ここを去る。』


「トモ、」


『みんなを巻き込みたくないねん』




あの日、オレやアキト、母親たちを狙って襲撃し一度に黙殺しようとした身勝手な父親を許すことは出来ない。




『…けどさ』



「…」



『なんであの人、生んだんやろって。それだけは思うわ。どう考えても、幸せになんてならんのにな』






カチッとパソコンの電源を落とす。


黙って聞いていたアキト。





『ダイキのことは、黙っておくつもり。けど、この前の仕事の時、あの男が言っていたことやダイキが動揺してるように見えたことが気になってる。何か掴んだら、アキトにはまた言うから。』









「トモ、」





『ん?』






「オレは生きてて欲しかった。」


『誰に、』




「トモに生きてて欲しかったから守った。生きていく理由が欲しかった。無我夢中で守ったのは本能やけど、…一緒に生きたいと思ったからや。」




『…』







ポン、と頭に置かれた手。






「巻き込みたくないなんて言うな。これはお前だけのことちゃうやろ」



『…、』



「その時はオレも一緒や。トモ」







この手に頭を撫でられるとき、あの頃のオレはどんなに安心したことだろう。



思わず奥歯を噛んだ。






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2019.9.10