「私、太宰くんのこと好きなの。貴方の悩みは私の悩み。ねぇ一緒に居させてよ。お願い」
私は太宰くんのことが好きだった。最初は彼の麗しい見た目に惹かれたのだけれど、段々内面にも惹かれていった。莫迦な私に聡い彼の考えていることなんて判らない。でも、理解できないなりに傍に寄り添い、彼と共に生きたかった。ずっと、ずっと好きだった。然し、彼は私の気持ちを無碍にするような行為を繰り返ししてきた。
私が彼に話しかけるとわざとらしく表情を歪めたり、私のお気に入りのピアスを壊したり、極めつけには他の女と接吻している処を私にこれみよがしに見せてきた。
正直自分のことを好いている相手にするような行為ではないと思う。それでも、私は彼のことが好きだった。一途に思い続ければ恋は叶うものだとひたむきに信じ、彼にアプローチを続けたが、その内私は太宰くんに恋することに疲れを感じてきた。一方的な想いで満足できたのは昔だけだった。矢張り、長年相手を思い続けているとな相手に見返りを求めてしまう。相手が倖せならそれで満足とよく云うが、それは戯言だ。でもこんな風に私が考えるようになったのは、幸せな時は一瞬で、想い悩み続ける時の方が長くなってしまったからだと思う。然し、どうしても諦め切れない。そんな期待しても無駄なことは既に知っているのに、いつかはこの想いは実るんだと自分に云い聞かせ続けた。

私はぽろぽろと涙を床に零した。なぜ、このようなことが起きてしまったのか私には理解できない。私の身に付けていた衣服は太宰に無理矢理脱がされて、頸には彼につけられた赤い痕が残っていた。つまり、私は無理矢理彼に……
「あんた最低ね」
私は彼を睨み付けた。彼はうんともすんとも云わず、ただじっと私を冷たく見つめるだけだ。まるで人ではなく無機物を見つめるような目をして……私はもう限界だった。
「あんたなんて大嫌いよ。私はずっとずっと好きだった、それなのに……あんたなんてさっさと死んでしまえいいのに」
彼の右頬を私は容赦なく打ち、心無い言葉を浴びせた。すぐに謝罪の言葉をくれれば私だってまだ赦せた。しかし、あのような視線を私に向ける彼を到底私は赦せなかった。こうして、私が大切に育てていた恋心はぐしゃりと音を立てて潰れた。好い加減この辺りで自分の気持ちに折り合いつけるべきではないだろうかと考えていた時に彼にこんな酷いことをされるなんて思ってもいなかった。
「ねえ、何で私にこんな酷いことしたの?
私のことが嫌いだから?」
そう私が感情的に問い掛けると、頬を手で抑え乍ら、太宰は挑発的な目で私に向けて云い放った。
「さぁ、君は何故だと思う?」
私は言葉を失った。そんなの判かるわけが無い。判らないことで長く苦しめられてきたのに、この男はどうして私に尋ねたんだろう。彼は私の答える前に耳元で囁いた。
「君を怒らせたかったからだよ」
そう云うと何処か妖しく笑う。この瞬間、彼は私にとって手の届かない存在なのだと感じた。いざ掴んだと思えばそれは空気で、彼は深い霧の中に姿を眩ませてしまう。
「あんたの気持ちなんて一生判らないわよ」
これが私の本音だった。

「よぉ、元気か?」
ピンポーンとインターホンの鳴る音が聞こえたので、宅急便かと思い玄関の扉を開けると帽子を被っているチビが立っていた。彼の名は中原中也。私が厭う上司である。上司とはいえ元は紅葉の姉さんの直属部隊で一緒に働いていた同期でもある。彼との関係をどう云い表せばいいのかというと一言で済ませれば所謂腐れ縁というやつだ。とはいえ、乙女の家にアポ無しで来るなんて最低だし、先刻云った通り私は彼を好いているわけではないので無言で玄関の扉を閉めようとしたが、その瞬間にそれはそれは長い御御足を玄関の隙間に入れられ、まんまと家に侵入されてしまった。
「これ、ケエキだよ。
エリス嬢御用達の店で買った」
とケエキが入った化粧箱を手渡された。エリス嬢の御用達ということは屹度味の美味しさは折り紙付きだ。やるじゃん中也と少し思ったが、家宅侵入罪であることは変わりないので赦してあげないことにした。
「手前が急に一週間も有給取るって云い出すから心配で来てやったんだよ」
とずかずかと躊躇う様子もなく中也はリビングに向かう。そんな彼には是非とも遠慮という言葉を知ってほしいものだ。彼は多くはないが、何度か私の自宅に足を踏み入れている。そのため、もう家の間取りを覚えてしまったみたいだ。
「貴方に来てって頼んだ覚えないんだけど」
彼に聞こえないようにぼそりと呟いたのだが、残念ながら彼の耳は地獄耳。私の声をキャッチしてしまった。
「あ?」
「どうも、ありがとう。中也くん」
ぎろりと睨まれたので、厭味ったらしく私は礼を言った。アポ無しで中也が来たものだから、漫画やら服やらDVDやら色々な物が出しっぱなしでリビングはとても人様に見せられるものではなかった。しかも私の現在の格好は宅急便の荷物を受け取ることを想定しただらしのない格好をしている。具体的にいえば寝間着で素っぴん、髪も梳いていない……
「なんだよ。その格好。しかも部屋汚ねえし、こんな光景見たら男がドン引くぜ」
中也に当然そのことを指摘され、ぐうの音も出ない。部屋と私を交互に見る中也。何だかいたたまれない気持ちになった。
「うっさい。急に中也が来るからいけないんでしょ。今から片付けと着替え済ませるから適当に何処かに座って待ってて」
はぁと溜息を私は吐いた。大体折角の有給なのに、なぜ突如自宅に現れた上司を接待しなくてはいけないのか……まぁでも彼が私の有給申請を通してくれたから持て成そう。ケエキを一旦冷蔵庫にいれ、私は簡素な掃除と自身の着替えを済ました。そして二人分の珈琲と中也に貰ったケエキをお盆の上に乗せ、それをリビングのローテーブルに運んだ。
「どうぞ」
「有難う」
胡座をかいて、彼は無言でケエキを口にした。ケエキをもぐもぐと黙って食べる彼の姿は普段とは違って、何だか小動物みたいで愛らしかった。
「何俺のことじっと見てんだよ?」
と私に向かってガン飛ばす姿は猛禽類そのもの……訂正、矢張り彼は愛らしくなどなかった。
「私が昔飼ってたハムちゃんに食べる姿が
似てるなって」
「手前ぶち殺すぞ」
「あんたの優秀な部下が減るわよ。
殺せるものなら殺してみなさいよ、ドチビ」
「死ね、ドブス」
売り言葉に買い言葉。こうして何時ものように罵り合いそうになった。この通り私達はあまり仲良くはない。だって腐れ縁なのだから。否、或る意味仲がいいのか。慥かなことは聡明な太宰と違って、私達はどちらも頭に血が上りやすく精神年齢が幼いことだ。そういえば、なぜ首領がそのまま私を紅葉姐さんの部下にせず、中也の部下にしたのか……未だ理由が判明していない。
「私が悪かったわよ。ケエキが美味しくなくなるからやめましょう」
残念ながら今の私は彼と喧嘩する気力がなかったので、私は彼にそう切り出した。そして、静かにケエキを食べていると、中也は目を見開いて驚いた顔をしていた。
「手前本当になまえか?」
「中也、貴方私を何だと思ってるわけ?」
中也が買ってきてくれたケエキは矢張り美味であった。エリス嬢御用達の洋菓子店なだけある。高かっただろう。幾らしたのだろうか。お金を渡したいなと思ったが中也のことだからお金を出しても受け取らないだろう。中也はそういう人だ。ケエキに舌鼓を打っていると突然中也に尋ねられた。
「太宰と何か遭っただろ?」
フォークを動かす手が止まった。ああ、そうだ私は……先日の出来事が頭の中でフラッシュバックする。頸元が隠れる服を現在着ているが、そこにはくっきりと彼によって付けられた痕が残っている。私は服の上からその部分を撫でた。
「そうよ、貴方が何で知ってるの?」
「手前の様子が可笑しい時はいつも太宰が
関連だ」
“そんなに私は太宰くんに振り回されてない。”
普段の私なら強がってそう否定するだろう。ぽとりと私は珈琲にミルクを入れ、ソーサーで掻き回した。渦を巻いて次第に珈琲とミルクが混ざっていく様子を私は、ぼんやりと眺めながら自嘲気味に云った。
「
慥かに、そうかも」
そして、不本意ではあるものの私の恋愛を長く見届けてきた彼に私はあることを告げることにした。
「ねぇ、聞いて中也」
“私、太宰くんのこと諦めることにしたの”
其れを口にした直後ぷつりと何かが切れる音がした。