国木田は驚き過ぎて声が出なかった。真逆、ゴミ捨て場に人間が捨てられているなんて。眉間を押さえる。“ああ、太宰が俺に後始末ばかりさせるからこんな幻覚が見えてしまうのだ。これはきっと幻想だ”落ち着きを取り戻すため彼はベストの内ポケットから手帳を取り出した。
「お兄さん手帳逆ですよ」
はっと国木田は焦った。彼女の言う通り手帳は逆さまだった。何事もなかったかのように向きを変え、おほんと咳払いを国木田はした。
「私はお兄さんのような人を探していました」
段ボール箱の中で体育座りしている彼女はにっこりと微笑んだ。
「食べ物も服も家も私にはなくて。お願いです。どうか私を拾ってください。」
彼女は涙をハンカチで拭いながら国木田そう訴えかけた。胡散臭い。太宰と同じ臭いがぷんぷんする。彼女は幾つぐらいだろうか。制服を着ているからきっと学生で、恐らく十七、十八といったところだろう。艶やかな髪をした少女だ。制服にも汚れがなく、生活に窮しているようには国木田には一切見えなかった。最近話題の家出少女といったところだろう。ハァと短い溜息を吐く。
「家に帰れ」
「本当に帰る家がないんです。
私のこと家出少女と勘違いしてませんか?」
「そうではないのか?」
「違います。家出というよりは迷子という
方が正しいです」
彼女は立ち上がり、段ボール箱の中から出ると胸ポケットから何かを取り出し、国木田にそれを渡した。
「横浜市内の○×高校に通っているみょうじなまえというものです。下校していた際、激しい頭痛に襲われて気が付くと見知らぬ土地に私はいました」
渡されたそれは生徒手帳だった。名前、生年月日、血液型など彼女に関する情報が簡潔に記されており、造りがしっかりとしている。偽物という可能性は低いだろう。また、先程の胡散臭い表情とは一転して真剣な表情を彼女は浮かべていた。その表情には嘘がないようにみえる。
「この土地で頼れる人は誰一人としていません。宛もなく彷徨い途方に暮れていたら武装探偵社であるあなたに出会えました。これはきっと運命です。国木田独歩さん、私を拾って頂けませんか?」
国木田の手をなまえは握った。なまえの目はきらきらと眩しく輝いている。極楽の蓮池から垂らされた蜘蛛の糸を見つけた大泥棒はきっとこんな表情ををしていたに違いない。
「待て、なぜ俺の名前を知っている?」
「捨てられていた新聞紙に貴方の名前と手柄が載っていました。国木田さんの方からやって来るなんて思いもしなかったですけど」
「拾うと言った覚えもない」
彼女は何故か国木田に拾われる気満々だった。理由はよく分からないが。彼女は突然もじもじと手遊びをしながら恥ずかしそうに国木田に言った。
「正直に言います。実は記事の写真を見て一目惚れしてしまいまして……どタイプです。先ずは拾っていただけないでしょうか」
「断る」
「どうして?」
彼は手帳を見ながらくそ真面目に答えた。
「同棲は配偶者になる者のみと決めているからだ。そしてお前は俺の配偶者計画58項中34項と51項に当てはまらない」
なまえは、その言葉にめげる様子はない。彼女は国木田の前に跪き、舞台役者のように大仰な口調で国木田に語りかけた。
「私、大器晩成型ですから。いずれ、あなたの配偶者計画の条件を満たす理想の配偶者になってみせます。是非、私を育てて下さい。国木田さん」
「却下する」
「良いんですか。私は今は名もないベンチャー企業的ポジションですが、将来的に優良株ですよ」
「のしを付けて返却する」
「どんなに断ってもこれは必然なんです。
大人しく私を拾って下さい。かくなる上は……」
彼女が姿を消した。嫌な予感がする。顔を下に向けると、しゃがみ込んで国木田のズボンに手をかけるなまえがそこにはいた。
「離せ」
「断るってとこは私にズボン下ろされる覚悟がおありなんですよね。ズボンをこのまま私に奪われるか、私を拾うか。さぁ選んでください」
滅茶苦茶だ。何でそうなるのか国木田にはそれがちっとも理解できなかった。しかし、なまえはやると言ったらやる、ギャングのような目をしていた。冗談ではなく本気らしい。
「3秒あげます。
その間に返事を聞かせてください」
「ちょ、やめ」
「いーち、にーい」
悪魔のカウントダウンが終わる前に、またもや国木田にとって想定外の人物が気取った歩き方をしてやって来た。
「よォ、武装探偵社の眼鏡。久しいじゃねーか」