※隣の席の怪しい今吉くん。



私は、みょうじなまえ。桐皇学園高校に通うちょっとビビりな高校3年生である。今日困ったことが起きた。

「みょうじさん?」

隣からいきなり声をかけられ、私は吃驚してびくんと肩を震わせた。

「……ひゃい」
「びっくりし過ぎちゃう?」

話しかけてくれた彼の名前は、今吉翔一くん。同じクラスの男子で、今日、新しく私の隣席になった人だ。そうこれが困ったことだ。実は私今吉くんのことを怖い人だなと以前から思っていた。一見今吉くんは、にこにこ笑っていて温厚そうにみえる。が、何かその、うまく言い表せないが、目の奥が笑っていないような気がしてーーちなみに友達にそのことを言ってみたこともあったが、「今吉くんめっちゃ良い人だよ。今、今吉くんと近い席なんだけど小テストの範囲教えてくれたし、消しゴムも貸してくれたんだよ〜。優しい人だよね」とのこと。その発言を耳にして私は騙されてるんじゃないと今吉くんと友達には失礼だけど思ってしまった。取り敢えず良い人であれ悪い人であれ、今吉くんのことを私は苦手だと感じている。

「さっき数学の授業でやってた問題解きなおしてるん?」
「うん。先生の話聞いてて理解したなと思ったんだけど、何か自分で改めて考えてみると理解できなくなっちゃって」
「あぁ〜そんな時あるよな。わかるわ」
「え、今吉くんもそういう時あるんだ」

私の中では今吉くんは賢いイメージがある。確か、生徒会に入っているらしいし。そのことを何故知っているかというと、何か行事があった時に生徒会として体育館のステージの前に立っていたからだ。

「ワシ、みょうじさんが思ってるより、そんな頭良くないで」
「えー、嘘。私より頭いいのは確実でしょ」
「まぁそんな風に思われてるなら安心やわ」

今吉くんは案外気さくな人なのかもしれない。
はっ……一瞬、気が緩んでしまった。

「あ、でも今回は分かるところやったから
良かったら教えよか?」

今吉くんはいつものようににこにこと笑っている。いけない。騙されそうになった?彼の真意を探るべく、その顔を私はじっと見つめた。

「……そんな見られると照れるわ」
「あ、ゴメン。ぼーっとしてた」

私は、一体何やってるんだか。普通に親切なだけだろう。否、親切には裏があ……どんだけ疑ってるんだ、私。実際何もされていないのに。純粋に厚意に甘えよう。

「あーじゃあ、教えてもらってもいいかな?」
「分かった。ちょっと自分の椅子移動させるわ」

こうして、私の机で問題を解くことになった。
何だか妙に距離が近いな。気の所為だろうか。

「こうやって立式したらこの数字代入して……」

説明が簡潔なのに分かりやすい。こんなにうまく教えられる人が頭悪いわけが無い。さっき私が思っているより頭良くないとか言っていたが、絶対あれは謙遜だ。予鈴のチャイムがなるまでには無事解き方を理解することができたり

「めっちゃ分かりやすかった。ありがとう。
今吉くん」
「あーまぁ、数学は得意な方やから。
また分からんところあったら聞いてや」

それは正直助かる。だが、私彼のことが苦手だし……あ、取り敢えず教えてもらったお礼をしよう。私は机のフックにかかっているスクールバッグの中からポーチを見つけ出し、更にその中から飴玉を取り出した。

「甘い物とか苦手じゃなかったら、
良かったらこれ」
「ありがとな。いただくわ」

会話終了。緊張した。矢張り今吉くんの何かが苦手だ。具体的にはどうとか言えないが。やり取りが終わり安心していたら、また話しかけられた。

「ちょっと一つ聞いてええか?」
「え、何?」
「あ、別に大したことちゃうで。
ただみょうじさんってワシのことどう思てるか、気になっただけや」

口元はいつものように笑っているが、目が笑っていない。その目はまるで猛禽類のような鋭い目だ。もしかして、今吉くんのこと私怒らせてしまったのだろうか。

「え、その今吉くん怒ってる?」
「別に怒てへんよ」

声はさっき談話してた時変わらないトーンだ。それがまた逆に恐怖である。さっきの質問の答えさっさと言え、ボケということだろうか。

「え〜と」

目の奥が笑ってなくてちょっと怖いひとかな、なんて口が裂けても言えない。さっき、問題教えてくれたし親切な人と言おう。あと友達が話してくれたエピソードも付け加えれば今吉くんが気分を害することはないだろう。よし、完璧。頑張れ、私。

「親切な人だなぁ〜って。友達が今吉くんの席近くになってお世話になった言ってたし。今日だって私に分からない問題教えてくれたじゃん」

ベストアンサーではないのだろうか。中々私は良い回答をしたと思う。私がそう今吉くんの印象を述べると、彼は突然脈絡のないことを口にした。

「あー、それはワシの努力不足やな」
「?」
「……まぁ、それはこれからどうにかなるからええやろ」

滅茶苦茶小さい呟きだったのに、私の耳はその声を拾ってしまった。正直、拾いたくはなかった。どうにかなる?全く意味が分からない。私が知らない間に今吉くんは着々と何かを進めていたり……そ、そんなことは。だって、知り合って間もないし。きっと、そんなことはないはずだ。多分。断定できないのが、怖いところだ。

「よろしゅうな、みょうじさん」

今吉くんは、爽やかな笑みを浮かべ、私に向けて、手を差し伸べた。握手をしようってことだろうか。何か握りたくないなぁ……だって、握ったら“何か”が変わってしまう気がして。考え過ぎかな。現実問題、そんな対応をするわけにもいかず、私はそんな感情が悟られないよう愛想良く笑い、その手を握った。

「うん。これからよろしくね、今吉くん」

ああ、握手してしまった。これで本当に良かったんだろうか。ふと窓の外を見ると、ザァーっと勢いよく雨が降り始めた。あれ?さっきは晴れだったのに……私の予感が当たりだとでも言うようなタイミングで降るもんだから、私は不安を覚えた。

“今吉くんと握手しちゃって良かったのかな”

――いや、あれで良かったんだ。気のせい。気のせい。でも、でも、やっぱり。私の考えを肯定するように雨は強く強く降るのだった。