アイの話

ほんとの最初は底辺の妖怪だった。
強いやつにへこへこ頭を下げて、何とか生き延びる。自分より弱い奴を食って、自分より少し強いやつを殺して食って、そうして少しずつ力をつけて、高い壁にぶつかって死にかけて、弱い人間を騙して食った。死なない程度に生きていければいい。
どこにでもいるような、なんてことないただの妖。俺はそんなものだった。


ある時、訳わかんねえくらい強くて、恐ろしい妖怪のくせに、人間が好きだという妖怪に出会った。
噂で聞いていたのとは正反対で、妖怪でもこんなに変わることがあるのかと不思議に思ったものだ。宝物のように自分の名を語り、頬を赤く染めて笑い好きになった女がいるという。
化け物中の化け物に好かれるなんて不幸な奴、なんて思っていたが、その女も充分、化け物だった。拳の一振で雑魚は塵すら残らない。

そんな化け物と化け物の間に生まれた、半妖の化け物。そいつが本当に厄介で、とにかく俺を玩具にしようとしてくる。
そのせいで、あのクソ妖怪は家族が増えると楽しいからと言って、俺に力を与えた。精々、中級かそこらの俺に、無理矢理自分の力を流し込んだ。勿論、消えかけた。
猫が日向ぼっこをしてる縁側で目を覚まして、前の姿より、ずっとしっかりした人の形をした自分にぞっとした。
小豆洗いに転職しようが、あれは化け物だ。簡単に他妖を強化出来てしまう。死なない程度、そんな考えが馬鹿らしくなるくらい、力が強まっているのを感じて、あの化け物一家から離れることを決意した。

恩恵を受けていた。強い者の周りにいることで、他の者に狙われないように、生きる術として、彼を利用してきた。俺以外の奴らも大抵そうだろう。でも、改めて、恐ろしくなった。
力を与えられ、縛られ、自由が無くなるんじゃないかと。

誰かのためなんて馬鹿らしい。人間が好きだなんて馬鹿らしい。妖怪なんて、自分の快、不快だけでいいのに。
出ていく時、露と名付けられた化け物の子に、声をかけられた。

「俺とお前は兄弟だ。困った時はいつでも俺を頼れ」

人間と妖怪が兄弟。
その言葉に鼻で笑った俺は、後で撤回することになる言葉を吐いて、立ち去った。


しばらくして、俺は俺を変える男と出会う。
始まりはよく覚えていない。そいつには俺が見えていて、話しかけられ、無視したり、話しかけられ、気まぐれに答えてみたり。
いつの間にか懐に入り込んできていた男に、俺はすっかり気を許していた。兄弟だなんて鼻で笑ったが、こいつとなら悪くないかもなんて考えたり。とにかく気のいい奴だった。
正義感が強く、馬鹿の一つ覚えのように人を助けたいと言っていた。

「手の届く範囲でいいんだ。俺の周りにいる人が、笑っていてくれるならそれでいい」

奴の口癖だった。

大規模な火災があった。
当然、そいつは中に取り残された人間たちを助けに行くと、走り出した。走り出したそいつの手を、気づいたら俺は掴んでいて、駄目だ。と言った気がする。
死んでしまう。人間は弱いから。中にいるやつなんてもう死にかけだ。お前が言ったところで無駄死にするだけだ。やめろ。
思ったことを全部吐き出した。
でも、

「……頼む。ここで行かなきゃ、俺が俺でなくなってしまう」

俺の手を離して、そいつは笑顔を浮かべ炎の中に飛び込んで行った。


炎の中で、焼けた柱に潰されかけている奴を見つけた。腕に抱えた人間達はまだ息がある。
全身に火傷を負っている奴は、俺の姿を見て、笑った。

「っこの人達、を…助けてくれ……お前になら、出来るっだろう」
「お前はもう、」
「あぁ!死ぬ!だから頼む!人を助けてくれ!」

ああ、クソ。

「お前の体、貰うぞ」





「お前になんか頼ることは無い。二度と会うことも無い。だったか」
「撤回するよ。治せるだろ」

包帯でぐるぐる巻きになった体を無理やり動かして、露を見上げる。
善人だ。無茶苦茶な奴だが、こいつは頼られれば、断りはしない。
お人好し、という言葉は似合わないが、今、この俺の状況を何とかできるのはこいつか、こいつの親くらいだろう。

「お前…受肉したのか…」
「ただ食っただけだ。妖怪らしくな」
「随分荒っぽいことをしたんだな…ミイラ男のアイデンティティを取るなよ」
「好きで取ったわけじゃない。で、どうなんだ」
「お前の中にある力を治癒の力に変えてやることは出来る」
「全部だ。殺す力も、騙す力も、いらない。これを治して、こいつを……」

静かに頷いたのを見届けて、目を閉じる。暖かい光が体を包み込む感覚がして、俺の、意識は落ちていった。




「アイ局長ー!あっまた煙草…」

紙の束をもってひょっこりと顔を出した少女に、火のついていない煙草を見せびらかす。

「噛んでるだけでーす!今は。ちゃんと喫煙所に行くよ」
「身体に悪いのでやめて欲しいんですけど……」
「大丈夫大丈夫!煙草は脳のお薬だから〜〜!!」
「もう…!」

持っていた紙の束を机の上に置いて、「肺炎になってもお見舞いの品持っていきませんよ!」なんて可愛いことを捨て台詞にして去っていく少女の背中を見送り、先程の台詞を思い出す。

「品はなくても、お見舞いには来てくれるのかな」

悪になりきれない少女に、ついつい笑みがこぼれる。
噛み跡のついた煙草に火をつけ、深く、深く吸い込む。煙が肺を満たしていく感覚が心地よい。人間の体にとって悪質とされる成分が、身体の中で分解されていくのも、集中すれば分かる。

「病気なんてありえないし、死ぬこともないんだけど……」

あの日頼った力で、俺は変わった。
無理矢理与えられた力は、ほとんどが露の力で治癒する力に変わり、妖力などで攻撃するといったことがほぼ出来なくなった。ほぼなので多少はできる。もしかすると、始まりだったころ、産まれたばかりの俺の方が、妖怪としての力は強いかもしれない。
攻撃力人間並み。防御力も人間並み。多少鍛えてるから普通の人間よりは強いかもしれないけど。治癒力カンスト。ってのが今の俺のステータス。
体を1発で消し炭にされない限り、この体は再生する。ゾンビみたいなもんだ。

「あとやっかいなのは──」

野暮ったいサングラスを外して、瞬きを数回繰り返す。海の色のように青い瞳。
与えられた力は、呪いのようなもので、あの化け物が患っていた呪いへの対抗策が、俺の中にも流れ込んだらしい。呪いのことはよく知らんから、露から聞きかじった程度だ。
宇佐見はよく人を惹きつけ、惹き付けられる。
俺があいつの手を掴んだのも、そのせいなのかもって思ってみたり。

「なんて嘘嘘。ちゃんとアイしてるさ、兄弟として」

アイは藍。哀。愛。適当に名乗り始めた名前だけど、結構気に入ってる。

ビーッビーッ!

「あっ」

火災報知器の音にしまったと思った瞬間、スプリンクラーが作動して天井から水が降ってくる。

「また怒られるなぁーーー」

ああ、もう足音が聞こえてきた。
サングラスをかけ直して、火の消えた煙草を咥える。あれ?そういや煙草ってあいつも吸ってたな。
生前からそうなんだから、煙草を求めてしまうのはもう。

「しょうがないなー!」
「何がですか!もうー!」

手の届く範囲でいい。俺の周りにいる人が、笑っていてくれるならそれでいい。

「俺もそう思うよ」


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