忘年会藤白

12月中旬。自分の知らないところで、いつの間にか忘年会が自分の家で開かれることを聞かされた。しかも、当日の今日。いきなり来られて困るほど家が汚いわけではない。むしろ、いつ誰が来てもいいように毎朝掃除している。(別に誰かに来て欲しいというわけではなく、単に習慣づいてしまっただけだ。)〆切が1月上旬に迫っている中、姉さんを筆頭に大荷物を抱えていきなり忘年会を始めると言い出した時は首謀者の桔梗を人目を気にせず殴ったほどだ。正直な話、自分が煙草を吸っているところは見られたくないし、執筆中は特に家に来てほしくない。そんな事情を知っているだろうにこんな計画立てたもんだから桔梗を殴っても罰は当たらないだろう。
まぁ、そんな理由であっという間に我が家のリビングは忘年会の雰囲気だ。お互いに作ってきたおかずや買ってきた酒やジュース、メインには鍋。準備の良さに怒りを通り越して呆れるほかない。

「準備も終わったことだし皆飲み物持ったー?」

姉さんの声に各自返事を返す。

「ちょっと早いけど1年間お疲れさまでしたー!」
「「「「お疲れさまー!」」」」

各々近くにいる人とグラスを傾けあう。
この類いのイベントは壁際で誰にも関わらずにいるのが吉だ。人付き合いが嫌いな自分にとっては。
俺は誰とも乾杯しないまま賑やかになっていく忘年会を1人見ていた。

「あ、藤さん。」

俺より幾分か小さい探偵の少女─白夢がグラスを片手にやった来た。忘年会と言うイベントだからかいつもよりお洒落して、いつも以上に頬を緩ませながら笑っていた。気のせいかいつもより頬が赤いような気がする。

「1年間お疲れ、白夢。」
「はい、お疲れさまです。藤さん。」

そう言ってお互いにグラスを傾ける。
白夢はそのままどこかの輪に入るわけでもなく、俺の隣にちょこんと立った。

「藤さんはお鍋食べないんですか?」

ちらちらとこっちの様子を伺いながら白夢は聞く。
その姿をちらりと一瞥して答える。

「〆だけで充分。もとより腹はそんなに空いてないからな。そんな事より白夢は食べなくていいのか?俺よりも大食いだろ?行かないと無くなるんじゃないか?」

意地悪く笑って言ってやれば、案の定白夢は頬を膨らませた。

「余計なお世話です!お鍋以外にも持ち寄ったおかずとかありますから!!」

茹でたタコのように顔を赤くしてそっぽを向く白夢に思ってもいない謝罪をする。

「悪かったって」

笑ってそう言えば白夢は湯気でも出そうなほど顔を赤くして小さい声で「な、何か取ってきます」と言って賑やかな輪の中に入っていった。

「やっほーいっちゃん。飲んでるー?食べてるー?」

白夢の入れ違いでやってきたのは忘年会の企画者の桔梗。殴られた事を忘れたように話しかけてくる。

「飲んではいる」

一言そう告げると桔梗は「空きっ腹に酒は〜」と返してきた。そして、何かを思い出したように口を開く。

「そういや、いっちゃん眼鏡かけたままだね」

そう言えば、客が来るとは思ってもいなかったからかけたままでだった。桔梗は「それに〜」と続けて言う。

「煙草の匂いすっごいする」

俺の体に顔を近づけて匂いを嗅ぐ桔梗にならって自分も匂いを嗅ぐ。確かにいつも吸っている煙草の匂いがする。執筆中に煙草を吸っていたから当たり前なのだが、些か匂いがキツすぎる気もしなくもない。

「換気してたはずなんだが」
「いっちゃん書いてる時の煙草の数多いし、無意識でたまに窓閉めてるからじゃない?」

喫煙者だという事がバレて問題になるわけではないが変な印象がつくのは勘弁したい。

「着替えてくる」

一度風呂にでも入れば色々スッキリするだろうと思いその場から離れようとする。

「着替えなくてもいいと思うけどなぁ。殆どの人が煙草吸い始めてるから問題ないと思うよ?あ、それでも着替えるなら手伝おっか?」

語尾にハートマークでも付きそうな感じで喋る桔梗を輪の中に戻す。うるさいのがいなくなって静かになった壁際で騒がしい光景を眺める。面倒くさくなったので着替えには行かない。
すっかり出来上がっている白夢が新たに注がれたであろう酒を片手にやって来る。

「藤さぁ〜ん」

何も言ってないのにふふっと笑って隣に立っ白夢。

「お前酔ってないか?」
「酔ってないですよー?私もう大人なんですから!」

えっへんと言って胸をはるがどう見ても酔ってる。仕方なく自分の酒を持たせ白夢のグラスを取り上げて水を取りに行く。

「ほらよ、酒じゃなくてこれ飲んでろ」

そう言って自分の酒を受け取り水を渡すと喜んで飲んだ。これで少しは落ち着くだろう。

「藤さぁ〜ん」
「なに?」
「樹さぁ〜ん」
「だから、なんだよ」
「呼んでみただけですよ〜、ふふ」

何が楽しいのか分からないが白夢は幸せそうに笑っている。ふと腕にかかる重さと何かを引っ張られているような感覚に白夢の方を見ると、俺の腕に頭を預け服の裾を掴んでいた。

「今日だけ、今日だけでいいんです。心陽って下の名前で呼んでくれないですか?」

表情を見ようにも俯き加減にある白夢の顔は俺には見えなかった。何も持っていない手を白夢の頭に手を乗せる。

「……そんなの断れるわけないだろ。そう呼んでほしいならこれからそうやって呼んでやるよ、心陽」
「っ……ふふ、やっぱり今日の藤さんは少し変ですね。でも、今日だけでいいんです」

白夢は小さい声で「ありがとうございます」とだけ言うとまた輪の中に戻って行った。

「………確かに少し場の空気にやられたのかもな」

名前の付け難い。いや名前をつけてしまったら最後なんだろう。そんな名も無い気持ちを持て余しながら輪の中にいる特別になってしまう人に向けて俺は言った。

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