白昼夢

橙色の夕日が灰色の雲に包まれ淡く光る秋空。
銀杏並木のある公園で、男は1人ベンチに座っていた。
いつもの白衣を黒のコートに替え、缶珈琲を片手に男は目の前を通り過ぎていく人々を眺めている。

「束井、お前仕事はどうした?」

聞き慣れた男の声が後ろから聞こえた。
束井と呼ばれた男は振り向かず、口角を上げて答える。

「休憩ですよ。ここ最近ずっと忙しかったもので。」
「そう言ってそのままサボる気じゃないだろうな?」

「お前の言葉は信用出来ん。」と男は付け加えた。
束井は笑う。
男の言葉はいつも正直だ。その正直さが、裏表の無さが束井にはとても有難かった。

「仕事を押し付ける相手が居なくなったんですから、ちゃんと戻りますよ。」

喪失感が含まれた言葉に男は黙る。
男が言葉を発しようと口を開く。しかし、言葉は紡がれず無意味に開かれた口は閉じられた。
ひときわ大きな風が吹く。落ちた銀杏や枯葉達が音を立て地面を踊り、銀杏の木々が木の葉を揺らす。

「まだ、……まだ危ないことを続けてらっしゃるんですの?」

少女の声が後ろから聞こえる。
束井は片手に持った缶珈琲を揺らしながら答えた。

「お嬢さんには関係の無いことですよ。」
「またそうやって誤魔化す気ですね?私これでも心配していますのよ?」
「お嬢さんのような子どもに心配されるほどヤワじゃないですよ。」

「まだ子ども扱いですか。」不満げなでも呆れたような声が返ってくる。微かに悲しみを混ぜながら。
少女の真っ直ぐさが束井には眩しかった。夜に慣れきった目で朝日を拝むのは難しい。
束井は目を伏せた。
温かかったはずの珈琲はぬるくなっている。
夢から覚ますように珈琲を飲み干した。なんとも言えない温度が喉を通り胃を満たす。
近くのゴミ箱にカラになった缶珈琲を放り投げ、束井はその場を去った。

「烙」

立ち止まり後ろを振り返る。そこには誰もいない。束井はふっと口元を緩め何事もなかったかのように歩き出した。

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