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その日轟は入院している母、冷の見舞いの為に病院を訪れていた。以前よりも血色の良くなった母親の顔に胸を撫で下ろしながら互いの近況などを話し、次に会う日の約束を取り付けてから病室を後にする。扉を閉め、階段へと続く廊下を歩いていると、ほっと溜息が零れた。

「あれ、轟くん」

1階へ降り受付に面会カードを返却していると、不意に後ろから誰かに名前を呼ばれる。轟が振り返ると、そこには先日の対人訓練で戦った、担任である相澤の甥だという、相澤止が立っていた。轟は思わぬ所で思わぬ人物と遭遇したことに、顔には出さず内心で驚いた。

「相澤…」
「先日振り。どこか悪いの?」
「いや、母親がここに入院してて。見舞いだ。お前こそどうしたんだ」
「そうなんだ。俺は定期検査だよ。今終わったところ」
「定期検査?」

止から発せられた単語に思わず眉を顰める轟。

「昔ね、ちょっと大きな怪我をしたんだ。もうほぼ完全に治ってるんだけど、念の為定期的に検査しなきゃいけないらしくて」
「そうか…大変だな」
「まぁね。よく忘れて担当医に怒られるよ」

昔にした大怪我、の内容が気にならない訳ではなかったが、踏み込んで聞く内容でもないと敢えて触れなかった。

「なあ相澤、このあと時間、あるか」




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「それで轟くんは左側も使えるようになったんだね」
「ああ…。あの時、緑谷のお陰で、俺は今の俺になれた」
「緑谷くんはすごいね。まさに轟くんのヒーローってわけだ」

轟と止の2人は丁度木陰になっていた病院の中庭のベンチに、缶コーヒーを片手に座っていた。あの時轟に呼び止められた止は快く頷いたのだ。そして軽く雑談をした後、轟は自分の過去、そして体育祭を経ての現在を止に話した。別に求められたわけではない。でも何故か止に聞いてほしいとおもった。こんなことは初めてだったので轟は自分自身に戸惑いを覚えた程だ。

「俺も緑谷くんの言う通りだとおもう。お父さんはお父さん。轟くんは轟くん、君自身だ。全く別の存在だよ」
「…。止も、身内にヒーローがいるだろ。その、周りになんか、言われたりしねぇか…」

勿論、プロヒーローとしても活躍している担任の相澤のことだ。それは轟の、身内にヒーローがいるという自分と同じ境遇である止の話を聞いてみたい、という純粋な思いだった。

「…そうだね、色々言われたよ」
「!!」
「轟くんほどじゃ無いけどね。それなりには、あったよ」

苦笑を浮かべながら、止は空になった缶コーヒーの空き缶を斜め後ろのゴミ箱へと向けて投げる。空き缶は綺麗な放物線を描きゴミ箱へと収まった。

「俺は轟くんとは逆に、ヒーローになるのを諦めるよう諭された」

でもね。止は続ける。

「こんな身近に、あんなに格好いいヒーローがいるんだよ。憧れるなって言う方が無理な話じゃない?」

それは叔父であり、プロヒーローである相澤へ対する尊敬と憧れに満ちた、晴れ晴れしい笑顔だった。その顔に、轟は思わず見惚れてしまう。

「あれ、もうこんな時間。ごめん、そろそろ帰るね」
「あ、ああ。引き止めて悪かったな」
「俺も轟くんと話したいっておもってたから嬉しかったよ。じゃあ、また」
「またな、止」

止の言葉にはっと我に返った轟は、止と別れた後もやけに早く鼓動を刻んでいる左胸の存在に、ただ首を傾げるのであった。